6. 嵐の予感
前回のあらすじ:一体何を見せられていたんだ……
「……はぁあああ」
温かい紅茶を前に、私は大きなため息を吐いた。
「ま~ま~、そんなにショゲないでくださいよぉ、あっかりん☆」
スコーンを頬張りながら、エマさんが適当きわまりないフォローを入れてくる。
「あかりんはカワイイんだからぁ、エマとユニット組めばいいですっ。世界を狙えますっ! もぉ、ガッポガポですよぉ?」
「いい加減なこと、言わないでくださいよ……」
応接室のふかふかのソファーで、私は完全にぐったりしていた。
ソノリだとか何とか言われたにもかかわらず。
そして、昨夜からの散々な憂き目にもかかわらず。
私に突き付けられたのは、「無能」宣告だった
『ソノリさまの能力は、なぁんにも、ありませ~んっ★
以下概要っ!
・ 所有元素属性: 火土風水(比率1:1:1:1)
欠乏元素なし 他特記事項なし
・ 精気循環量 : ---(スリーマイナス)
極めて少ない 常時一定量の補助が望ましい
―― 国家認定魔力測定 総合判定 ――
F-(ごく簡易な魔法の習得・行使が困難である)
以上っ、おわり~~~★』
なにが「おわり~~~★」じゃ。
オカルト科学ワードを駆使した異世界特有の悪口、という感じだった。
(まあ、分かってたけどね!)
だから何のタシにもならないって、言ったじゃないか。
――いや、言ってはいないけど、とにかく。
分かってはいても、こうハッキリ言われると凹む。
「ほらほら~、お菓子でも食べてくださぁい。自信作なんですからっ」
エマさんが勧める大皿には、チョコチップスコーンが盛られている。かわいらしい一口サイズで、色よく焼きあがっている。
気が進まないながらも、ひとつ頂くことにする。
「わ……!」
口の中で生地がホロリとほぐれ、チョコとバターの風味が豊かに広がった。
少し遅れてやってくる、チョコチップの食感と甘さも絶妙だ。
「おいしいでしょ? 自信作ですよぉ、――ウチの神父の、ですけど☆」
「えっ、マッスルさんの?」
「ええ! 彼ってば本当に器用なんですよぉ。
まあ、信徒に配るときには、エマのお手製だってコトにしちゃいますけどね☆」
そう言って、エマさんは無邪気にウインク。
……マッスルさん、何者なんだろう。
ヒグマと格闘している姿ならまだしも、お菓子を作っている姿はちょっと想像できない。
しかし、作り手の正体を知らずに歓喜しているファンの姿ならばなんとなく想像できた。お気の毒である。
「……そんなはず、ありません」
ヨハンナさんが、ぽつりと呟く。
「えっ、ホントにうちの神父が作ったんですよ?」
「そっちではありません!」
ヨハンナさんは顔をあげて、真剣なまなざしで主張する。
「あかりさんに何の力もないなんて、そんなはずがありません!
この子は、――この方は200年前から予言されていたソノリであり、実際に『神託の塔』においでました!
なにより昨夜のフェレンゲルシュターデン騒動だって、彼女が未知の力で収めたのですよ!」
で、出た! 異世界特有のオモシロ予言!
――じゃなくて、私は内心動揺する。
肩を持ってくれるのは有難いけれど、それはそれで荷が重い。
ヨハンナさん、申し訳ないですが、私は無能でもいいんですよ。
だってそのほうが、早く帰れそうだもの!
「ああ、そっちの件ですかぁ★」
エマさんは手元のスコーンをもぎゅっと口に押し込むと、
「神は与え、神は奪う」
ごく当たり前の調子で、意味深長なことを口にした。
「……とは?」
「あかりんの結果、注目すべき所が、あると言えばありますぅ。ココですね、『精気循環量、極めて少ない』。
本来ならば、補助具でも身につけないと生きていけないレベルです。でも、どういうわけか、本人はピンピンしてますっ」
な、なんだって?
またしても私、勝手なことを言われている。
「だから、――これはあくまでエマの憶測ですけどね。
あかりんは外界から、必要最小限の量を『吸い取ってる』んじゃないかな? それが、ヨハンナ先生がご覧になったという、彼女の能力なのかな~って」
「吸い取っている……」
ヨハンナさんが、思案顔で反芻する。
私にも、心当たりが無いでもない。
私に触れるなり、巨大なサビ猫ちゃんは縮んでしまったわけだし。
「あるいは、もっと突飛な憶測ですけど、あかりんはキノコみたいな存在で……」
「ね――こ――が――……」
「そう、ねこが。……って、んん?」
エマさんが首をかしげる。
私たちも同様だ。なにか遠くから声が聞こえて、……いや、今まさにものすごい速さで近づいてくる。
「テオドール?」
ヨハンナさんの表情が、ぱっと「保護者さん」に切り変わったその瞬間、
「ヨハンナ――――!!!」
バキャァアン‼ と、応接室のドアが勢いよく開かれた。
いや、「開かれ」ずに閉じたまま大破した。
闖入者の激突により、木製のドアはあわれ上下にまっぷたつ。破片が周囲の壁に突き刺さった。どうするんだこれ。
「ヨハンナ‼ やっと見つけた‼ どうしよう⁉」
台風のような勢いのまま、テオ君はわめきたてる。
「どうしよう、ヨハンナの首がもげる‼」
「落ち着いて。もげません。どうしました」
テオ君は真っ青な顔で、すーはーと大きく深呼吸。
いや、本当に真っ青なのは教会堂の人たちなのだが、次の一言で、ヨハンナさんもまた青ざめた。
「ねこが、逃げた!!!」
今日は本当に良い天気だ。
レオンハルト・フォン・クライセンは、バラの茂みの中に座っていた。
その場所が、彼のお気に入りなのだ。
彼は膝を抱え、目を閉じて、ただ静かに呼吸をしていた。
四月のバラは、命そのもののようだ。
しなやかに伸びていく若い枝。
青く匂い立つみずみずしい若葉。
その輝かしい重なりの奥には、まだ小さくかたくななつぼみが隠れている。
そして、邪悪なものを静かに拒むような、やわらかな刺。
「レオンハルト・フォン・クライセンは、厄介な子どもだ」
自分がそのように評価されていることを、彼は知っていた。
しかし、だからどうだという気持ちもなかった。
まぶたの裏でゆれる木漏れ日。
そよ風。
蜂の羽音。
ここでは、すべてが美しかった。
(……ん)
レオンハルトは耳をそばだてる。
風に乗って、なにやら本堂のほうから慌ただしげな会話が聞こえてくる。
彼はゆっくりと目を開ける。
(わっ⁉)
彼のすぐ隣に、なにか茶色い、もこもこした毛玉があった。
なんだこれは?
少年は困惑する。ここに来たときには、こんなものはなかった。
気配を察したのか、毛玉はムクリと身を起こした。
小さくまとまりのよい体躯に、ちょこんと乗っかった形のよい頭。
そこからぴょこぴょこと生えた、えもいわれぬ造形の耳。
ウサギでもイタチでもない、見たことのない動物だ。
(わああ……!)
この不思議な毛玉に、レオンハルトは強く心惹かれた。
そして、この出会いを天からのささやかなギフトだと思った。
今日は、彼の12回目の誕生日なのだ。
動物は背伸びをする。
小さな口をかぱっと開けて、前足は大きく前に踏み出し、おしりは後ろに突き出して三角形。その後、今度は頭を前に突き出し、後ろ足をびょん、びょんと片足ずつ伸ばす。
動物は楽しげな足取りで、茂みの奥へと駆けていく。そうして向こう側に向かって、
「あ――お、あぁ――――お」
大きな、長い声で呼びかけた。
レオンハルトは、身をかがめて動物の視線を追う。すると思いがけず、茂みの隙間から巨大なクリームパンが見えた。
いや、「クリームパンのような形の、ぽわぽわした白い巨大な何か」だ。
それがふたつ、隣り合って並んでいる。
レオンハルトは、手を伸ばして触れてみる。
もふっ、と素敵な感触がした。
しかし想像したようなモチモチ感はなく、中になにか硬質な、骨のようなものがある。
なんだろう、これは――。
「ヌ゛ァ゛ン」
彼の頭上から、鳴き声が降ってきた。




