5. 魔力測定って聞いたんですけど⁉
「落雷脳天直撃司祭5号起動っ☆ ハレルヤ~~!!」
「ちょ待っわっ、うゎあああ――⁉」
私は死を覚悟した。
というか、昨夜から生命の危機に瀕しすぎでは⁉
(わーん! ヨハンナさんの嘘つき!)
ゼロコンマ秒で非難する。
心配要らないって言ったじゃないか! 私まだ十六だよ?
花と散るには早すぎるよね⁉
(ああ、おうちに帰りたかったよ!)
時間が無いので、走馬灯もダイジェストだ。
お父さんやお母さん、友達の顔が浮かんでは消えていく。
そして、愛するうにたんのもっふりした姿――。
(――死ねない)
そうだ、死ぬわけにはいかない。
何があろうと、私はうにたんを置いて死ぬわけにはいかない。
私を待つ、私の最愛のうにたん。
(絶対に帰らなきゃ、もとの世界に!)
『ほんとうに?』
しかしその刹那、ひどく冷たい声が聴こえた気がした。
「うあっ! あ、……っあはははははは‼」
私の全身に激痛が走った。
――と、言いたいところだったが、私は爆笑した。
くすぐったい‼ 全身がハチャメチャにくすぐったい‼
「やっあっ、やめて! 無理! ムリだから本当っ……ひひひひひひ‼」
マッサージ椅子かと思ったら、くすぐり椅子だった!
しかし拷問であることに変わりはない。
「あ、わすれてた★」
エマさんが呟く。
そのとたん、ピコン☆というあざとい音が響き、私の視界にノイズが走る。
「すぐにラクになりますからねぇ☆」
気楽な声に誘われるように、なにか映像が浮かび始める。
『♪てってれてれてれ ポロポロ~ン‼
新世紀あいどる神話、さくりふぁいすエマ☆
その奇跡の半生!(ふわ~お)』
なんだこれ。
なんだこれは! こっちは死を覚悟したというのに、ふざけないでほしい。
しかし私の憤りもむなしく、電波っぽいBGMと怪奇映像が脳内に土足で踏み込んでくる。
なすすべなく、全神経が持っていかれる。
ああっ、ダメだ……、持っていかれ、ポロッ。
♪て~れ~れ~れ~ん……
女の子が、分厚い本に向かっている。
豪華なドレスを身に纏い、きらめくアクセサリーに飾り立てられた、お人形のような女の子だ。
「こら! 女の子が勉強なんかしてどうするんだ!」
「許嫁のご令息のために、礼儀作法のお勉強でもなさい!」
そこに投げかけられる大人の声。
少女は凛として顔を上げる。
キラリと輝く丸いメガネ。――あっ、これエマさんじゃないですか。
彼女は椅子を降りると、ミュージカル女優じみた歩みでこちらに向かってくる。
「お父さま、お母さま、
♪エマは~ 知~り~たいの~で~す~」
歌い出したんですけど。
どこからともなく、BGMがインしてくる。
「なぜ~ 昼と夜は巡るのか~(トゥンク)
なぜ~ 鳥は海を渡るのか~(トゥンク)
そしてなぜ ツクツクボーシの鳴き声は~
ある瞬間に『ツクツクイーアー』にな~る~の~か~‼」
(ッオイ‼ オイ‼ オイ‼ オイ‼)
絶妙なタイミングで、合いの手まで飛んできた。
「こんな家、出ていきますわ!」
そう叫んで、エマさんは走り去る。
待って、ツクツクイーアーの謎はちょっとだけ気になる!
一瞬の暗転のあと、パッと風景が切り替わる。
「あら! 美しい教会……。
♪こちらに~ わたしは身を寄せ~(トゥンク)
世界の真理~ 追い続けましょ~(トゥンク)」
しかし、背景の質が急激に低下していた。
いかにもペラペラのベニヤ板に、荒々しいタッチで教会堂が描かれている。
なんで突然絵になったんだ。
そこに、マッスル神父さんが登場してきた。
しかし、ウンともスンとも言わずに仁王立ちだ。
動かざること山の如し。演技指導、何とかしよう?
「こうして、名も身分も捨てたワタシは、
教会に身を寄せ、思う存分勉学に励みましたわ」
直立不動のマッスルさんを舞台に残したまま、エマさんの独白が始まってしまう。
「しかし、研究費はかさむ一方。
持参金も底を尽き、魔が差したワタシは
教会の金に手を付けてしまい」
えっ、何しちゃってんの⁉
「あわや破門の危機っ★」
いや懲役の危機だよね⁉
マッスルさん、優しすぎない⁉
「しかーし!
ワタシは画期的な金策を思いついたのです!
そう。平信徒から、合意の上で金をむしり取ればいい。
このワタシが、偶像になることによって――☆」
ドシュンドシュン‼
私の視界の両端から、水蒸気と銀テープが吹き上がる。
驚いた隙を突いて、背景はまばゆいばかりのライブステージに早変わりだ。
キメ台詞みたいに言ったけど、エマさんの発言は人間としてダメだ!
会場の人たちも、沸いてる場合じゃないからね⁉
そんな私のツッコミもむなしく、ご機嫌なチューンが始まる。
「いっくよぉ~☆ 『いとらうたき神の子羊よ』!
裁きの日はぁ~?」
「「「チカーーイ‼」」」
(ッオイ‼ オイ‼ オイ‼ オイ‼)
絶好調で歌って踊るエマさんから、宴たけなわの会場へとカメラはルーズで引いていき、流れ始めるスタッフロール。
流れども流れども、すべての名前は『さくりふぁいすエマ』。
ぐうの音も出ないほど、純然たる自作自演だった。
ふわ~お!
「ハァイ‼ 結果でました~~ん★」
現実世界のエマさんの声で、意識が呼び戻される。
くすぐり型洗脳マシンは、いつの間にか運転を停止していた。
「お疲れさまでした、心から」
「……私、なにしてたんですっけ?」
「まあまあ、ヨダレ拭いてください」
ヨハンナさんは至って通常運転だ。
えっ……、これ日常茶飯事なの?
ちなみに、立ち上がる際にマッスルさんがそれとなく手を貸してくれた。
マッスルさん、やっぱり優しい人だ。
「え~とえ~とぉ、ソノリさまの能力はぁ、……まーじで~⁉」
エマさんの歓声に、頭がキーンとなる。
映像のショックが抜けないので静かにしてほしい、そんな思いをこめて見つめると、エマさんは力強い眼差しで大きく頷いた。これ絶対に意味伝わってないやつだ。
「こほん☆」
もったいぶった咳払いのあと、エマさんはキリッと表情をあらためる。
「ソノリさまの能力は……」
「あははは‼ うわははは‼」
一方、テオは画期的な発明をしていた。
その名も『ヒモの先に羽ペンを結んだやつ』だ。
これを、ねこの頭上で旋回させる。
ねこ、目を輝かせてじゃれついてくる。
すばやく動かす。
ねこ、ダッシュで追いかける。
振り上げる。
見事な大ジャンプを見せてくれる!
「おまえ、すっごいなあ‼」
バネのような動きで、ねこは部屋中を跳びまわる。
ぬいぐるみのような姿からは、想像もつかないダイナミックさだ。
テオは笑いが止まらなかった。なにか机の上のものが落ちたり、置物が倒れたり、くずかごがひっくり返ったりしたが、すべて些細なことだ。
結局、羽ペンはむしり取られた。
「よしよし、ちょっと休憩な。俺も笑いすぎて疲れた~」
テオはベッドに腰を下ろす。
ねこは床に転がって、羽をガシガシ齧っている。
大事そうに両手で抱えて、満足そうな顔つきだ。
ねこの毛並みは、なんとも不思議な色合いだ。
神様はこの生き物を、よほど適当に塗ったに違いない。
それとも「この個性的なガラが良いのだ」と、自分で望んで生まれてきたのだろうか?
色とりどりの毛皮を前に、どれを着ようかと首を傾げているねこの姿を想像してみる。
自然と頬がゆるんでしまう。
思いがけず、ねこが彼を見上げた。
「お?」
ひょい、とベッドに飛び乗ってくる。
――ふみ、ふみ、ふみ。
生地をこねるような動きで、ねこは前足でベッドの感触を調べはじめた。
眠いのかもしれない。
「そっかそっか」
呟いて、その背中を、そっと撫でてみる。
思った通りふわふわで柔らかく、そして小さい。
(……なるほどなあ)
あかりの入れ込みようが、分かる気がした。
不思議なことだが、ねこに触れていると、何かを思い出しそうになる。
それは暖かく、柔らかく、そして壊れやすい、無条件に「守らなくては」と感じさせるようなものだ。
「ふあ」
テオはあくびをした。
あえて難しいことを突き詰めるほど、彼は思索家でも感傷的でもなかった。
ただ、ねこにつられて眠くなった。
テオはベッドサイドの窓を、少し開ける。
今日は天気がいい。そよ風を受けて昼寝できたら最高だ。
ちょっとだけ寝よう、ねこと一緒に。
「……って、ああっ⁉」
しかし、と言うべきか、案の定、と言うべきか。
ハッとしたが時すでに遅し。
滑らかに窓辺をすり抜け逃げていく、下半身としっぽ。
「うわあああ――‼」
うららかな陽気の下、少年の悲鳴がこだました。




