4. 教会堂へようこそ☆
「魔力の測定にあたっては、教会堂にしかるべき者を待たせてあります」
そんなわけで、私たちは教会堂へと向かっていた。
私たち、と言っても、私とヨハンナさんの二人だ。
つい先ほど固い三角握手を交わしたにもかかわらず、テオ君はお留守番中だ。
部屋に留まって、サビ猫ちゃんを見ていてもらうためだ。
「やだ! 行く! 俺も行きたい!」
テオ君は、床の上を転げまわらんばかりの勢いで駄々をこねた。
「『ねこ』なら大丈夫だって‼
このオリに入れときゃ、絶っ対逃げねーって!」
「駆除対象の猛獣を、無断で匿っているんですよ。
万が一にでも何かあれば、わたくしの首が飛びます」
「飛んだってさぁ、自分で治せばいいじゃん‼」
ハチャメチャなことを言う。
「はあ、困りましたね。
そしたら首から胴体が生えて、胴体からも首が生えて、わたくしが二人になっちゃうかもしれませんね?」
ヨハンナさんも大概だった。
しかし、そのセリフの一体何が肝だったのだろうか。
「ちっ、しゃーねぇな」
と、テオ君は渋い顔で承諾したのだった。回想おわり。
庭園の花木にうずもれるように、教会堂はひっそりと佇んでいた。
白い壁は祝福のような春の陽ざしを受けて、ひときわ慎ましく清らかだ。
まるで、絵のように静かな光景だった。
だから、そこから現れ出た人たちとのギャップに、私の頭がエラーを吐いた。
「も~っ★ おそいですよぉ~‼」
「…………」
美少女メガネっ娘と、益荒男。
脳みそがバグったのかと思ったが、現実だった。
「ヨハンナせんせっ! エマたち、ず~っと待ってたんですよっ★」
美少女のほうが不満を訴える。
まるで鈴を転がすような愛らしい声に、「ぷんすこぷんすこ」という擬態語が見えそうな愛らしい怒り顔だ。
齢は中学生くらいだろうか。まっすぐに切り揃えられたツヤツヤの髪。大きな丸いメガネ。その奥で利発そうに輝く琥珀色の瞳。
――なんと言うか、劇場で会えそうな女の子だ。
本来ならば地味に見えそうな黒いワンピースさえ、かえって「そういうコンセプトのアイドル」感を醸し出してしまっている。
しかし、それよりも。
美少女の隣に屹立している、巨岩のような男性は何だ。
スタンドカラーの神父服に、2メートルはあろうかという体躯をぱっつんぱつんに押し込めた、おそろしく屈強な男性は一体何なのだ。
(こ、こわすぎる……)
お父さんの本棚にあるマンガの、荒廃した近未来で戦う漢みたいな風貌だ。
この人だけ世界観がおかしいよね?
「それでそれで、ソノリさまはどこですかぁ?」
一瞬思考を放棄していたが、私は危うく我に返る。
「えっと、私です……」
「エ~ッ! うっそ~⁉ 女の子じゃないですかぁ~~‼
神秘と悪夢の理想郷、クライス記念教会堂へようこそですぅ~☆」
初対面にもかかわらず、美少女からの親密なハグ。
文句なしの神対応だ。けれど私は彼女のファンではないので、ただテンションとお星様に笑うしかない。
――と思うや否や、美少女は急に声のトーンを落として、
「なぁんだ、てっきりヨハンナ先生の、新しい従僕かな~って思っちゃいました★
せんせ、若い子を躾けるのがお好きですもんね?」
「誤解しか招きませんね」
ヨハンナさんは、何の感情もない顔で応えた。
そんなこんなで教会堂に通されたわけだが、案内されたのは、なんとも殺風景な小部屋だ。
なんとなく「お仕置き部屋」という表現を連想させる、窓もなければ家具もない、用途不明の部屋だ。
剥き出しの石壁が、なんとも寒々しい。
しかし次の瞬間、私は目を疑った。
(――うわ⁉)
灰色の石壁一面に、なにかがびっしりと彫刻されている。
幾重にも重なり合う、装飾的な多角形や円。
その縁を飾る小さな文字の列。
ものすごく複雑な紋様だった。――いわゆる、魔法陣というやつだろうか?
それがごく浅い溝で、そして途方もない手間と執念でもって、壁一面に隙間なく彫り込まれている。
うっ、鳥肌が立ってしまった。
見つめていると、なんだか気が変になりそうだ。
「お~らぁい☆ お~らぁい☆」
その奇妙な空間に、場違いに明るい声を響かせて、美少女がマッスルさんを廊下から誘導してくる。
マッスルさんは、マッサージチェアを抱えている。
(……って、ええ⁉)
私はそれを二度見する。
うん、マッサージチェアだ。お風呂屋さんに置いてある、座った人を揉んでくれるあのイスだ。
それが部屋のど真ん中に搬入され、設置される。
「ささ、どうぞ~☆」
美少女に促され、私はおそるおそる座ってみる。
あ、でもこれは結構いい感じだ。
「両手はここ、両脚はそれぞれ、そこのくぼみに置いて、……そうそう☆」
手足もマッサージしてくれるらしく、ちゃんと所定の位置がある。
結構お高いマシンなのかもしれない。
私の着席を確認すると、美少女は椅子の背後に回り込み、なにやらゴソゴソと調整を始めた。
「な、なんでしたっけ、この状況……?」
私は小声で、ヨハンナさんに尋ねる。
「魔力を測定します。
貴方の持っている属性元素の比率や、特筆すべき能力の有無が分かります」
分かるような分かんないような回答ではある。
「これでですか?」
「これでですね。わたくしも、最近では三ヵ月くらい前に」
「したんですか?」
想像すると、結構シュールだ。
「まあ、心配は要りませんよ」
そう言って、ヨハンナさんは少し笑う。
なんだか含みのあるような、ちょっとため息まじりみたいな、ひっかかる笑み。
「ああ見えて、ドクトル・エマは優秀な技師ですから」
「ドクトル? 『シスター』ではなく?」
「ええ、ドクトルです。
――それに彼女は、れっきとした大人です。
きっと貴方が思っているよりも、軽く十は年上ですよ」
「えっ?」
「や~だぁ★ エマは永遠の十四歳ですっ!」
衝撃的なことを聞いた気もしたが、背後からすばやく美少女――ことエマさんが現れ、有無を言わせぬ勢いで、私の頭に何かをかぶせた。
「びゃっ⁉」
顔全体がスポッと覆われる。
どうやらヘルメットのようだ。
その目元部分はガラス製かと思いきや、液晶画面のようなナニカらしい。
ブン、というかすかな音を伴って、眼前に幾何学的なロゴが表示される。
(なんかこれ、ロボットアニメみたいな……)
突然のSF展開だ。
ここに来てから世界観の様子悪くない? などと思ったけれど、その余裕もつかの間。
――うぃーんがしょん、がしょん、がしょん!
妙にアナログな音が間近に聞こえた。
「ちょっ、ちょっと――」
思わず椅子から降りようとするが、不可能だ。
待って待って、ちょっと待って!
なんで私の両手両足胴体、拘束されたの?
「さ~あソノリさまっ、心の準備はイイかなぁ~⁉」
よくないんですけど⁉
――私は察しつつあった。これはマッサージチェアではない。
ヘルメットを被せられて拘束されるって、なんか嫌な予感のするやつだ。
具体的には死の予感っていうか、絶対これやばいイスだ!
具体的には電気イスっていうか‼
「落雷脳天直撃司祭5号起動っ☆ ハレルヤ~~‼」
エマさんの高らかな声と共に、壁一面に描かれた紋様がカッと青白く発光!
「ちょ待っわっ、うゎあああ――⁉」
私は叫んだ。こんな意味不明な死因は嫌だああ‼
「ねこー、ねこー」
一方そのころ、テオは床のカーペットに身を伏せ、ケージの中のふわふわを間近に見つめていた。
べつに、かわいいなーとか思ってないし。
テオは思う。自分はただ退屈が嫌いな性分なのだ。
手持ち無沙汰で一時間待たされるくらいなら、棒っきれでも振り回して無意味にそのへんを走り回っていたほうがマシなのだ。
だけど今、たまたま手頃な棒がなくて、たまたまふわふわした生き物がいる。それだけなんだ。
ねこはケージの奥にうずくまり、半目でこちらを向いている。
脚が見当たらない。もこもこした胴体の下に収納してしまったようだ。
「かっわいいなあ、おまえ。……いや」
つい独り言がこぼれたけれど、あえて否定しておく。
見られていると気まずいのか、ねこはゆっくりまばたきして、わずかに身体の向きを変える。
もさもさの毛並みが、なんとも魅力的だ。
(……さわってみたいな)
ささやかな誘惑を感じる。
何だってこんなに、ふわっふわなのだ。
この毛並みの感触は、どんなに素晴らしいことだろうか。
しかもこの生き物、ものすごくかわいい声で鳴くのだ。
なんなんだよ、「にゃ~」って。
「いかに愛らしく見えようとも、野生動物は総じて凶暴である」
それくらいの認識は、テオにもあった。
しかし、彼がフェレンゲルシュターデンなる動物を実際に目にしたのは昨夜が初めてだったし、だいたい今は、この小動物サイズだ。
かよわい少女にだって、やすやすと抱き上げられる。
うん、触ってみたい。あわよくば抱っこしたい。
(――いやいやいや!)
テオは頭を振る。
よくよく監視しているよう、ヨハンナに命じられている。
人目に触れれば処分は必至。
けして逃がすな、ということだろう。
(あれ、……ってことは!)
『逃がさなければ、好きにしてもいい』のでは⁉
都合の良い抜け穴を発見し、テオは嬉々としてケージの扉に指をかけた。




