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23. 夜がせまる〈2〉

お久しぶりです


小夜啼鳥(ナハティガル)と申します」


 そう名乗った少女の声に、私は心を奪われた。


(もっと、聴きたい)

 私は彼女の顔を食い入るように見つめた。虜になるとは、まさにこのことだった。それも、たったの一言で。

 間髪入れず、弦を爪弾く音が響いた。


 その一音に、身震いがした。


 彼女の奏ではじめた竪琴の音色は、まるで夜空に銀の尾を引く流星のようだった。白く輝く音の粒が、天から雨のように降りそそぎ、一瞬の鋭い閃光を放っては儚く燃え落ちていく。


 彼女が唇を開く。

 それは、歌詞の無い歌だ。


 心臓をきゅっと握られたようだ。胸の底に種火が落ちて、炎がじわじわと広がっていく。私はその歌に、なすすべなく焼かれるしかない。


 なにか、私の目の前にありありと思い出される景色がある。

 寒々とした、晩秋の真夜中だ。

 満月はこうこうと冴えわたり、天のはるか頂から私を冷たく照らしていた。



「――あいつ!」


 そのときテオ君が声を上げなければ、私は完全に我を忘れていただろう。


「テオ君?」

「間違いねえ。あいつ、シュテッケンプフェルトで、ヨハンナを付けてやがったんだ」


 テオ君がふらりと席から立ちあがる。それを留めようとして私はハッと気付く。


(みんな、眠ってる?)


 テオ君の隣に座るヨハンナさんも、ワッフルちゃんを膝の上に乗せたレオン君も、領主さまも。

 ダイニングホールに詰めかけた観客の全員が、魔法に掛けられたかのように眠り込んでいた。


 ナハティガルと名乗る少女は、歌の一節を美しく終えると、ふいに演奏の手を止めた。

 彼女は竪琴をステージに置き、静かに客席へと降りてくる。

 褐色の肌に黒いワンピースを纏った彼女は、まるで影そのもののようだ。


「……おい、おまえ。何の目的で嗅ぎまわっていやがった」


 おぼつかない足取りで、テオ君が駆け寄る。

 ナハティガルはそっと片手を伸ばし、あたかも前髪を撫でるように、その額に静かに触れた。――とたんに、テオ君がガクリと膝から崩れ落ちる。


「テオ君⁉ ――しっかりして!」


 さいわい、私のほうもなんとか動けた。

 膝に抱き起すと、テオ君の表情は思いのほか穏やかだ。スヤスヤと眠りこんでいるらしい。


(なに、これ? なんなの、あの女の子?)


 ナハティガルの視線の先は、眠りこむレオン君だ。


(――とめなくちゃ!)


 ナハティガルの右腕で、銀細工の蛇がチラチラと輝く。彼女はその細い両腕を、レオン君の膝の上で身をすくめる、ワッフルちゃんへと伸ばした。


「なぅん!」


 ワッフルちゃんが猫パンチを放つ。

 その弾みで、レオン君が目を覚ます。しかしナハティガルは構わず、その膝からワッフルちゃんを強引に抱き上げた。


「やぁっ、やめて……!」

「あなた、何のつもりなの⁉」


 レオン君が黒いワンピースの裾を握りしめたのと、私がふらつく足で駆け付けたのは、ほぼ同時だった。


「うるさいわね」

 ナハティガルは私を一瞥し、銀色の声で囁く。

 ひどく無感動な、けれどやはりゾッとするほど美しい声だ。



「ヨルカ、帰るわ」



 彼女はうつむくと、床に視線を落としてそう告げた。

 その言葉を合図に、ぐにゃりと足元の床が歪む。


(引きずり込まれる!)


 まるで、足元が泥の沼に変わってしまったかのようだった。ぐらつく中で、私はレオン君を庇って抱きしめる。

 ひどい耳鳴りもする。この感覚は、空気を操る類の魔法だ。


(ダメだ、沈んじゃう)


 私はレオン君を抱きしめたまま、足元に開いた底のない闇へと落ちていった。




◇ ◇ ◇




 どこか遠くで、知らない猫の鳴く声がした。


 その夜は、とても寒かった。私はパジャマにパーカーをはおって玄関を出た。足元を吹き抜ける風の冷たさに、クロックスで出たことを少し後悔した。


 外は静かで、思ったよりも明るかった。見上げてみるとちょうど満月なのだ。


 さっきの猫は、どこで鳴いていたのだろう?




「なぁん、なぁん」


「う……」


 猫の声に、私は意識を取り戻した。ひどく冷たく、硬い地面の上に倒れている。


「あかり、あかり」

「……レオン君!」


 慌てて身を起こすと、ふいにバランスが崩れた。自分が寝転んでいた場所の正体に気付き、私はギョッとする。


(これ、――お墓だ)


 視界を埋め尽くす石の十字架の群れ。

 私の正面に建つ巨大な塔。

 私たちは、陽の落ちた墓地に置き去りにされているのだった。


「あかり、おきた」

「うん。レオン君も、ワッフルちゃんも無事でよかった」


 それでも、ふたりの安否を確認できたことに安心する。私はワッフルちゃんの柔らかな背中を撫で、それから同じようにレオン君の髪を撫でた。

 不気味なところに来てしまったけれど、私が怖がっていちゃダメだ。


(ここから、どうやって帰ろう?)


 とにかく方法を考えなくちゃ。

 けれど、むやみに歩き回るよりも、レオン君に魔法でのろしを上げてもらって助けを待つほうが安全だろうか?


(あの子、ナハティガルはどこに行ったんだろう。領主さまの屋敷に入りこんで、みんなを眠らせて、……どういうつもりなの?)



「これは、とんでもないお客様を連れてきたものね」


 私の思考は、突然の声にさえぎられた。

 私はレオン君を背中にかばい、さらにレオン君の足元にワッフルちゃんが巻きつく。

 私たちの正面に建つ慰霊塔の元に、闇に紛れるように、二つの人影が現れていた。


 そのひとつは、あの歌うたいの少女ナハティガル。


「ヨルカ、あれを欲しがっていたでしょう?」


 彼女は傍らに立つ人影を見上げ、かすかな甘えを含んだ調子で問いかけた。


「……そうね。ありがとう、ナハト」


 ヨルカと呼ばれた人物が、穏やかに応じる。

 少女よりも少しだけ背の高い、女の人だ。



(「死神」だ)



 漠然と、私はそう思った。

 彼女が身に纏うドレスは、まるでこの墓地の夜そのもののような冷たく乾いた黒だ。目深に戴いた黒いマリアベールが夜風に揺らめき、それが彼女を聖職者(シスター)のようにも、あるいは死者に嫁ぐ花嫁のようにも見せていた。


 思わず目を奪われた隙に、私の耳元に銀色の声が響いた。


「ねえ、ヨルカのために、それをちょうだい」


 闇夜を飛ぶ鳥のような速さと静けさで、ナハティガルはレオン君に肉薄していた。



◇10/22追記

閲覧、ブクマありがとうございます。

とつぜん閲覧数が伸びて驚きました。どなたかが紹介してくれたのでしょうか?

ありがとうございます。これからも頑張ります!


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