22. 夜がせまる〈1〉
それから3ヵ月が過ぎた。
ある時は農村へ、ある時はものづくりの街へ、またある時は低山地帯の温泉街へ。
クライセンの各地を回った私たちは、そのつど猫の数を増やし続けた。
身近にも、いくつかの変化があった。
まず、港街からやって来たキジトラちゃんだ。
陽気で食いしんぼうの彼は、再度シュテッケンプフェルトを訪れた際に、小さな女の子のいるご家庭に迎え入れられた。
お父さんは船乗りで、お母さんはお店の仕事で忙しい。そんな生活の中、このふわふわの小さな動物が娘の心の慰めになれば、とのことだった。
結果は大成功。親御さんの予想に反して猫はかわいいだけのぬいぐるみではなかったけれど、「やんちゃな所も含めて最高の友達」とのこと。届いた手紙を、ヨハンナさんも嬉しそうに読み上げてくれた。
次に、私は有志による愛猫団体を旗揚げすることに成功した。その名も「にゃんにゃんネッツ」、略してNNNだ。
これはひとえに、さくりふぁいすエマの協力が大きい。彼女が大々的に宣伝してくれたことで、猫は信徒たちの関心を集めた。
ほどなく「実際に見てみたい」という人が現れ、それが「猫かわいい」「猫ちゃんサイコー!」「猫ちゃんさまのお世話をさせていただきたい」に変わるまで、それほど時間は掛からなかった。
このNNNの目的は、猫のお世話をしながら譲渡希望者を募ることだ。希望者は猫についての説明を受け、不安があれば「お試し期間」を設けたあと、猫を家族として迎え入れることになる。
「猫のしおり」も完成間近だ。
実用的なノウハウの部分については、すでにレオン君による翻訳が完了し、NNNの皆に知識が共有されている。残るは、私の趣味みたいな部分だけだ。
しおりの完成は楽しみな一方で、少しさびしいようにも感じる今日この頃。レオン君との転記作業は、私にとって癒しの時間でもあるからだ。
そしてそして、――ベビーラッシュだ!
教会堂で暮らしているサビちゃんとハチワレちゃんが、揃ってお母ニャンになった。
合わせて4匹のベビニャンを迎え、教会堂はさらにてんやわんやの大賑わいだ。
司祭であるマッスルさんはすっかり困惑していたが、ある瞬間に突然ふっきれたのか「ネコは愛なり」と書かれた横断幕を玄関先に設置してしまった。神が猫に取って代わられた瞬間であった。
さて、教会堂生まれの第二世代だが、一般的な子猫よりもずいぶん大柄なのだ。もちろん怪獣ほどではないけれど、通常ポミィの倍くらいはある。
……とはいえ、その行動は普通の子猫ちゃんだ。さかんにぴゃあぴゃあ言いながら、元気にちょこまか動き回ったり思わぬ場所で寝落ちたりしている。
なお、お父ニャンはおそらく件のキジトラちゃんだ。あいつは本当にちゃっかりしたやつだ。
現時点では、近親交配のおそれはない。第二世代の成長を観察するため、またNNN団員のスキル向上のためにも、今年いっぱいは自由恋愛の方針を取ることにした。この期間のうちに専属の獣医師も見つけておきたいところだ。
――とまあ、最近の様子はこんなところで、私は慌ただしくも充実した日々を送っている。
今後は「猫」という存在の認知にともない、元が猛獣フェレンゲルシュターデンであることから、反発の声が挙がることも予想される。恐怖心や嫌悪感を抱く人も現れるだろう。その辺りの対策が課題のひとつだ。
「ちなみにあかり殿、少しばかり謝らなくてはならぬことがあるのだが」
「えっ、何でしょう?」
『猫のしおり・転記版』に目を通しつつ、領主さまはついでのように切り出した。
モリッツさんに目配せをし、互いにウンと頷きあってから、
「あかり殿は、フェレンゲルシュターデンを猫にすることが出来るであろう?」
「はい」
「我々は疑念を抱いていたのだ。――貴殿が現れたその日、我々は1日に2度もフェレンゲルシュターデンに出くわした。これは非常に珍しいことなのだよ。
――で、あるから、実はあかり殿がそれらを出現させているのではないかと」
私は言葉に詰まった。
けれど、思い返せばたしかにそのような仮説も成り立ってしまう。結果的に、私は行く先々で必ず大きな猫に出会うのだから。
「――もしかして、だから私に『外』を見てこいと言ったのですか? この新市街から、私を遠ざけるために」
「否定はせぬよ」
返事とは裏腹に、しおりから目を上げて、領主さまは人懐っこい笑みを浮かべた。
「けれど、それだけではないぞ。
楽しい所だろう? このクライセンは!」
「……そうですね」
上手くしてやられたような気もするが、楽しい所だというのは間違いない。
もちろん日本には帰りたい。けれど我ながら、ずいぶんこの国とこの国の人達に愛着を持ったものだ。
この気持ちはきっと、知らない土地で過ごす長いお休みに似ている。この特別な時間が終われば、もう二度とここを訪れることはない。けれど、この思い出はたしかに私を形づくるものになるのだろう。
「それにしても素晴らしい。よくこれだけ書いたものだ。レオンもたいしたものだなあ……」
領主さまは満足げに、歌うように呟いた。
吟遊詩人の話題が出たのは、そんな折だった。
「ぎんゆうしじん?」
「各地を放浪する歌うたいですね。よほど腕に自信があるのか、是非とも当クライセン侯のお耳に入れたいとのことで。……まあ正直なところ、あまり素性の知れない者を屋敷に上げたくないのですが」
「構わんぞ。見事な歌声だと噂に聞いておる。それに素性の知れない者ならば、現にここにおるしな」
私の質問にモリッツさんが答え、さらに領主さまが会話を引き取った。
「おうた、ききたい!」
「おおレオン、そうかそうか。では呼ぼう!」
そんな調子で吟遊詩人の招致があっさりと決まり、室内コンサートは、2日後の夕刻に開催されることになった。
ダイニングホールは、あの一件以来すっかり堅固に改装されていた。私は席に着いて、吟遊詩人の登場を待った。ヨハンナさんとテオ君も一緒だ。
「テオ君、騒いだり居眠りしちゃダメだからね」
「おいおい。そこまで子供じゃねぇわ」
テオ君はやれやれと肩をすくめてみせるが、フォーマルな服に「着られている」感満載で、いまいち格好がついていない。
「だいたい坊ちゃんなんかさ、ほら」
そう言ってテオ君が視線で示した先には、――おお、やっぱりレオン君の正装は絵になるなあ……じゃなくて、レオン君のお膝の上に、ちょこんと同席したワッフルちゃんだ。
「……まあ、いいんじゃない? 演奏の邪魔さえしなければ」
よっぽどワッフルちゃんにも聴かせてあげたいんだろうなあ。
だけど、途中で騒いだり歩き回ったりしないだろうか? 猫にとって演奏会が有難迷惑なのかどうかは、フタを開けてみるまで分からない。
(シュレディンガーのワッフルちゃんだなあ)
そんなことを思っていると、入り口の扉が静かに開き、聴衆の前に本日の主役が姿を現した。
黒い髪に、褐色の肌。かぼそい身体を覆い隠すような、ゆったりとした黒いワンピース。
それは身長ほどもある竪琴を身体の正面に構えた、小柄な女の子だった。
「吟遊詩人」の思わぬ姿に、私は釘付けになる。
きっと私やテオ君と、同じくらいの齢だろう。控えめにうつむいた彼女は、前髪で片方の目を隠しているらしい。
竪琴に軽く沿えた細い腕で、何かがチラチラと輝いている。褐色の肌に蛇のように絡みついた、細い銀細工のアクセサリーだ。
「小夜啼鳥と申します」
そう名乗った声は、まるで闇夜に尾を引く流れ星のように、儚くも鮮やかだった。
温泉街のくだりとかNNN結成のくだりとか、話数を設けて書くべきだろ、という事柄がある気はしてます。
後日割り込み投稿でシレッと追加するかもしれませんが、ひとまず展開を進めていきます。




