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15. さっそくお外へ行きましょう!


「ふーむ、そう来ましたかあ」

 膝の上のサビちゃんを撫でながら、エマさんが唸る。


「なーんか裏でもあるんですかね、あの昼行燈(りょうしゅ)さま?」


 昼下がり、私たちは教会堂の応接室を訪れていた。

 歓迎してくれたのはエマさんと、それからサビちゃんとハチワレちゃんだ。


「ま、たしかにココだけがクライセンじゃないですからね。地方ライブの気分で、いろんなトコを見て回ればいいですっ。

 けど、くれぐれも気を付けてくださいよ、あかりん!」

「ニャン!」

 サビちゃんの鼻先をつつきながら、エマさんが嘆息する。


 ちなみに、サビちゃんはエマさんのお膝の上でくつろいでいるが、ハチワレちゃんは私とヨハンナさんの間に挟まるようにして、お行儀よく座っている。

 「わたしもおはなしにさんかしております」と言わんばかりの頼もしげな顔だ。


 この二匹の猫は、教会堂で預かってもらうことになった。

 少し心配していたが、ごはんもおトイレも問題ないとのこと。ひとまず安心だ。


「えっと――そもそも『外』って何でしょうか?」

 それはそうと、私は質問する。

「それに、危ないんですか? 外って」

「ふむ」

 ヨハンナさんは軽く頷き、紙とペンを求めて、説明を始めた。


「われわれの住まう()()、領主邸を擁する一帯は、クライセンにおいて最も安全で生活水準の高い地区です。特区と言っていいでしょう」


(……あ、やばいぞ)

 私は察した。これはテオ君の言う、「死ぬまで終わらねー」話になる流れだ。


「特区の周辺に広がるのが新しが――」

特区(ココ)の外側は、ひっくるめて『外』ですっ★」


 あっ、お見事!

 なんとも鮮やかに、エマさんがまとめてしまった。


「でしょ? せーんせ☆」

「……まあ、はい。そうですね」


 未練がましい相槌を打つヨハンナさん。


「ヌァーアン」

 おはなしにあきてしまいました、そんな顔でハチワレちゃんはあくびをすると、トコトコと部屋の外へと出て行く。

 この応接室もまた、一昨日ドアが大破したので、非常に開放的な空間となっている。建物がちょくちょく大破するのは、異世界あるあるなのだろう、たぶん。


「ね――、ま―だ―?」


 廊下から、不服そうな大声が飛んできた。


「あ、テオ君」

「あら! テオくんも入ってくればいいのに☆」

「いいです!」


 顔だけをひょっこり覗かせて、テオ君はエマさんの誘いをばっさりと断る。


「なんかこの部屋に入ったら、必死で光合成したり根を張ったり冬に耐えたりしなきゃいけない気がするから……」


「あらあら、ヘンなテオくん☆ そんなの気のせいですよぉ?」


 それは気のせいではなくて、間違いなく木のせいだろう。

 そう思ったけれど言わないでおく。


「……そうですね」


 ヨハンナさんが、ソファから立ち上がる。


「たしかに、今日はお天気もいいですし。日の高いうちに行きましょうか」


「へ?」

 行くって、どこに?


「いってらでーす。こっちもそろそろ、修繕工事のヒトが来るハズですし」


 にこやかに手を振るエマさん。

 えっと、なんだか私だけ話に付いていけないのだけれど、


「もしかして、今日行くって話でしょうか? え、――今から?」

「ええ。行きましょう、外に」






 そして数十分後には、私たちは馬車に乗っていた。

 そう、馬車に乗っているわけなのだが。


「ひょえー! はっえー!」

「こら、窓から手を出さない。手首が飛んでっちゃいますよ」


 客車の窓から見える景色が、すさまじい速さで後方に吹き飛んでいく。


(な、な、なんで?)


 あたりまえに自動車くらいの速度か、ややもすると、特急列車くらいの速度が出ているのではなかろうか。

 私の知ってる馬車じゃない。なんなんだこの乗り物は。


 ちなみに「カボチャの馬車」に想像されるような、王冠型の客車にでっかい車輪のついた、メルヘンな感じの二頭立ての馬車だ。とんだメルヘン詐欺だよ!


 というか、馬。大丈夫なのか馬は。

 こんな速度で走らされて、いきなり血を噴いて倒れたりしないのだろうか?

 シートベルトなんか、――はい! ありませんね!


 もちろんアスファルトではなく石畳の道なのだけれど、不気味なほど揺れは感じない。

 ばつぐんの安定感が逆に怖い。

 いや、そもそもシートベルト以前に、


(窓ガラスが……ない……)


 その事実に気付いたとき、私は戦慄した。

 客車の窓には、高級そうな厚手のカーテンが掛けられている。どういうわけか、それが微塵も揺れない。だからガラスが無いことに、最初は気が付かなかった。


 いや、テオ君が腕なんか出さなければ、ずっと気付かずにいられたのに。


 ――ブヒッブヒッブヒッブヒツ‼


 走行中の振動や外気は遮断されているかわりに、お馬さんから伝わって来る臨場感はハンパなかった。

 荒々しい息遣いや、絶え間ない筋肉の躍動や、蹴り上げた小石が客室の外装にぶつかる音は生々しく感じられる。シンプルに怖い。

 ぜひともここらへんの騒音もカットしてほしかった。


「寝ててもいいですよ、だいたい30分ほどかかりますから」


 いや、それどころじゃないです。

 しかも30分て微妙に短いな。寝ていいほどの時間かな?


「ねーヨハンナ、変な虫とれた」

「もう、手を出さない! ……って、イヤァア!!」


(無だ。心を無にするしかない)


 私は静かに目を閉じ、30分間瞑想することにした。

 ――いや、ちょっと待って!


「私たち、どこに行くんですか⁉」


 私はカッと目を開けて叫んだ。

 具体的な行き先を聞いていないじゃないか!






「……出発したようですね」

「そうか、出発したか」


 目をこすりながら執務室に向かうと、執事と父が、なにやら窓辺で会話をしていた。


「さて、どうなりますかね?」

「うーん、()()なるのかなあ?」


「おとうさま」


「おお、レオン。起きたのか」

 声をかけると、父は笑顔で振り返った。しかしその一瞬前には、なにか別の感情があったような?


 けれどその違和感も、まだ眠気の残る頭は「まあいっか」と判断した。


「あかり、は?」

「ソノリ様でしたら、ヨハンナとともにお出かけになりました」


 執事の返答を聞いて、レオンハルトは、とぼとぼと廊下を引き返していった。


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