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14. 猫は何の役に立つのかね?


「あかり殿の能力は、地味ではないか?」


 猫じゃらしを指先でぴょんぴょん弾きながら、領主さまは直球すぎるコメントをぶつけてきた。


「フェレンゲルシュターデンを小さくできる、となあ。なんともニッチと言うか。――もっとこう、触れたものを何でも小さくできるとか、不死にできるとか、何かものすごく爆発するとか、そういうのは無理なのかね?」


 異世界生活は3日目に突入し、私は朝から領主邸に呼ばれていた。

 ここは「執務室」。ちょうど校長室のような雰囲気の、偉い人が格好よく座っているための部屋だ。


 苦笑する私の隣では、ヨハンナさんが密かに肩を震わせている。

 彼女はなぜか領主さまの言動がいちいち笑いのツボにハマってしまうらしい。

 いたって真顔で座っているように見せかけて、時々ぷるぷる震えているので、私はさっきからヒヤヒヤしている。


 幸いにも、領主さまは何ら異変に気付くことなく話を続けている。――なぜか猫じゃらしを嗅いでみて、臭っ、とか独り言を交えつつ。


「確かに、あの毛玉生物のおかげで、息子が喜んでいるのは有り難いことではある。

 しかしなあ。ええと――なんと言ったか、あの『全身を柔らかな毛に覆われた生物』」


 そんな「全身を強く打って死亡」みたいな言い方はやめてほしい。それはともかく。


「『猫』ですね」

「そう、猫だ。

 あかり殿、猫はいったい、何の役に立つのかね?」


(――来たか)


 私は膝の上でこぶしを握った。

 遅かれ早かれ、その質問が来ることは予期していた。


 そして私には、力説したいことは山ほどある。

 猫がいかに素晴らしい生き物であるか。

 そして猫と暮らす毎日が、いかに豊かなものであるか。

 しかし、領主さまが期待している回答は、そういうことではないだろう。


 この目の前のおじさんが、――ひいてはこの国の住人たちが、いずれは猫の魅力にメロメロになるにしても、


(最初は何らか、「猫の有用性」を打ち出していくべきだろう)


 そう私は踏んでいた。

 まあ、すぐに骨抜きのメロッメロになるんだけどね!


「わっふる!」

「おい、こいつすげーぞ!」


 ふいに、廊下から歓声が上がった。

 勢いよくドアが開かれ、レオン君とテオ君、それからソマリちゃんが執務室に駆け込んでくる。


「わっふるわっふるー!」

「こらこら、お前たち、あんまり騒ぐんじゃな――」


 そこまで言いかけ、ヒッ、と領主さまは息を飲んだ。

 ソマリちゃんの口元に、黒々とした虫が咥えられている。


「こいつが見つけて取ったんだぜ!」


 テオ君が得意満面で説明する。

 ソマリちゃんは獲物を口から落とすと、例のニッコリ笑ったような顔で、ドスドスと追いチョップしてみせる。

 みなに自慢しているのかもしれない。


 なお、驚いたはずみで領主さまは猫じゃらしを鼻の穴に吸いこんでしまい、ヨハンナさんは瞬間的に爆笑したが、幸いドタバタでかき消された。


「わっふる、つよいこ」

 レオン君はしゃがみ込んで、ソマリちゃんをわしわし撫でる。

 どうやら無邪気な少年たちは、すでに猫に落ちたも同然だ。


(――ヨシ!)

 そして私にとっても、これはまさに絶好のタイミングだった。


「見てましたか、領主さま!

 このように、猫は虫を取ります! 嫌な虫を、やっつけてくれるんです!」


 私は高らかに宣言した。ヨシ、決まった!


「…………」


 あ、あれ?

 思いのほか、皆のリアクションが薄い。


「……まあ、ニッチですね」


 これまで影のように気配を絶っていたモリッツさんが、ぼそっと呟く。

 手際よくGの死骸を回収しつつ、彼は皮肉げな笑みを浮かべた。


「わが国のソノリガチャは爆死ですね。ウケる」

「うむ。ウケる」

「な、な、なんですかー! その言い方はー‼」


 恥ずかしさも相まって、私は大声を上げてしまった。


「だいたい爆死じゃないです、大当たりですよ! だって、猫は最高なんですから!」


「まあ、かわいいっちゃ、かわいいがなぁ……」

 ゴニョゴニョする領主さまに、私は胸を張ってみせる。


「私はこの世界に、猫のすばらしさを知らしめるためにやって来たんですよ‼」


「え、そうなの?」

「左様ですか?」

「そうなんですか⁉」

 おとな三人の声がハモった。


「そ、そうですとも!」


 ちょっと気圧(けお)されつつも、あえて私は断言した。

 そう。この二日考えたすえ、私は自分の存在をそう意味付けることにしたのだ。


「あちゃあ、こりゃ本格的に爆死かな」

 領主さまの独り言は、聞かないフリをしてあげよう。


「ふふん、今に見ててくださいよ。人類の生活に『猫』が加わる、これは歴史を塗り替える大事件なんですから!」


「ほーお?」

 領主さまの返事はいい加減だ。


 ついに私は切り札を叩きつけることにする。

 カラオケガチ勢よろしく、私はソファーからおもむろに立ち上がり、高らかに述べる。


「たとえば、猫は虫だけじゃなくネズミも捕ります!

 だから穀物の倉庫なんかも守ってくれるし、伝染病が広がるのも防いでくれるんですよ!」


「ああ、うん、そう」


 ――リアクション、うっす⁉


 え、えええ――‼

 私の切り札が、まさかの一瞬で切り捨てられてしまった!


「あ、それはすごいですね! 港街や農村では重宝されますよ!」

 かろうじて、ヨハンナさんが表情を明るくしてくれる。

 とはいえ、それは「ちょっと役立つ豆知識」を聞いた程度の反応だ。


『残りがわずかになった歯磨き粉のチューブは、キッチリお尻から絞るのではなく、空気で膨らませてお尻をつまんで振ると良い』


 せいぜいその程度の「すごいですね!」なのだ。


(こ、こんなはずでは……!)


 私の予想では、もっとこう室内が水を打ったように静まり返って、「あれ? 私知識チートかましちゃいました?」みたいな流れになるはずだった。すっごい頑張って、世界史で習ったことを思い出したのに!


 中世ヨーロッパと言えば、ペストと宗教とダヴィンチと、あと虐殺とペストじゃないの?


「んんなぁんん!」

 うなだれる私に、ソマリちゃんが励ましの声をかけてくれる。


「……そんなひもあるよ、って」

 レオン君がおずおずと通訳する。

 まじか。ソマリちゃん、大人だなあ。


「おほん!」

 そして、領主さまがわざとらしい咳払いを一つ。


「まあまあ、詳しい話は後ほど聞かせてもらうとしよう。

 とにかくアレだ、そろそろ昼食の時刻だから、――解散!」





 大きなバスケットを提げて、私たちは中庭に出た。

 私とヨハンナさんとテオ君、それにレオン君とソマリちゃんだ。


 バスケットの中には、メイドさんが持たせてくれたサンドイッチと、飲み物の入ったボトル、それに人数分のマグカップ。

 そしてソマリちゃんのために、茹でササミと卵をほぐして和えたもの。


 素敵な中庭だった。

 手入れの行き届いた芝生の中に、レンガで舗装された小径が伸び、その先にパラソルとガーデンテーブルが据えられている。

 おしゃれなカフェのテラス席みたいだ。

 ガラスが大破したままのダイニングホールは、あんまり見ないでおこう。


(そうだ。ここは夢と魔法の国なんだった……)


 おいしいサンドイッチを味わいながら、私はしみじみと感じていた。

 生活水準、めちゃくちゃ高いのだ。

 

「あかりさん、冷たい紅茶とオレンジジュース、どちらがいいですか?」


 しかも目の前に座っている女の人、こともあろうか治癒の魔法をガンガン使う。

 治癒魔法ってさ、もう、何でもありじゃん。

 まさかこの世界の人、死なないとかないよね?


「もしもし、あかりさーん」

「あ! じゃあ紅茶で。……シロップありますか?」

「ありますよ。――あ、すごい。

 シャインフェイスシルバーカバの一番搾りですって」

 ほら! またそういうのが出るし!


「かふかふかふ!」

 足元では、気持ちのいい食べっぷりで、ソマリちゃんが自分のお皿にかぶりついている。


「ゆっくり、ね」

 その様子を、レオン君がニコニコして眺めていた。






「いやあ、猫! 結構結構、じゃんじゃん増やしてくれたまえ」


 お昼を挟んだ後、領主さまは態度をコロッと軟化させていた。


「数が増えたあかつきには、繁殖も期待できるなあ。うむ、子どもの猫はさぞや可愛いことだろうなあ」


「はい! それはもう、想像を絶するかわいさで……」


 意外に思いつつも、私にとっては喜ばしい限りだ。

 領主のお墨付きを得られれば、私の「クライセン総愛猫家計画」は大きな一歩を踏み出したということになるが――


「それはそうと」


 領主さまは声音をあらためて、提案を持ちかけてきた。


「『外』に行ってみないかね?」


「外、ですか?」

 問い返すと、領主さまはもっともらしい笑顔を浮かべた。


「この国のいろいろな場所に足を運んで、ぜひとも見聞を広げてほしいのだ」




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