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12. 長い1日の終わり


「ウルルルル! はぐっ」

「うぎゃああああああ‼」


 室内にどよめきが走る。ものの数秒もしないうちに、領主さまが噛まれてしまったのだ。

 いや本当に何してんだこの人!


「おとうさま!」

「待って!」

 レオン君を捕まえる。

 振りほどこうとする彼をしっかり引き寄せ、抱きしめる。


「いでぇええええ‼」


 あたかもネズミのように、領主さまは胴体を咥えられながらもギャアギャア叫んでいる。

 なんであの人、妙に元気なんだろ?

 なにか特殊なダメージ補正でも働いているのだろうか。ギャグ担当補正とか?


(いや、そんなこと考えている場合じゃない!)

 いかに領主さまがしょーもない人物であろうと、人命は人命だ。

 使命感とテンションを上げていかないと。


(うにたん)


 私は目を閉じる。

 どこまでも水平に広がる白い空間に思い描く、うにたんの丸いシルエット。


 ちょこんと座るまっ黒の中に、月のように輝く両目がぱちりと開く。

 その一瞬に、そこから光と色がほとばしる。

 世界が塗り替えられていく。


 確信する。――ああ、これが私の神様なのだ。


「モリッツさん!」

「は」

 呼びかけると、すぐ後方で応答があった。

 私はそれを確認し、レオン君を軽く突き飛ばす。

 その反動で前に駆け出す。

 目の前では、ちょうど領主さまが、ぽーいと放り投げられたところだ。


(うにたん、どうか、私の気持ちをあの子に伝えて)


 ソマリ怪獣の目が、私を捉えた。

 ニコッと笑ったような表情で、ねこパンチを繰り出してくるのがスローモーションで見える。


(この子には、これまでの猫生があるだろう)

 その琥珀色の大きな目に向かって、私は祈る。


 あなたには、あなたの猫生がある。

 私には知りえない、あなたの素敵な世界がある。

 そして、今日の先に来たるべき未来がある。

 私は今から、人間(わたし)のエゴでそれを変えてしまうだろう。


 けれど、約束させてください。

 あなたが飢えないよう、おいしい食事を与えると。

 あなたが凍えないよう、温かな寝床を用意すると。

 あなたが寂しくないよう、一緒に居ると。


(だから、人間(わたし)の声を受け入れてください)


 あなたが土に還るその日まで、――その日の後にも、あなたを愛し、あなたを敬い、一緒に生きていくことを認めてください。



 ソマリ怪獣のねこパンチが接触する。

 抱きとめるように、私は両腕を差し伸べる。

 これで死ぬなら、ただ私はそれまでだったということだ。


 運命だとか因果だとかは知らないけれど、猫に裁かれたということなんだ。






 とてつもなく風通しが良くなったダイニングホールの床に、紳士淑女の皆さんはションボリと体育座りをしていた。


「……とまあ、ご覧の通り、これが彼女のチカラということですっ☆」

 エマさんの強引なまとめに、ぱちぱちぱち、とまばらな拍手があがった。


 ご来場の皆さんは大半が呆けた顔をしているが、みな無事だったのは不幸中の幸いだ。

 それぞれお迎えが到着次第、お土産を持ってご帰宅いただくとのこと。


「ふわっふわ、ふわ」


 ソマリちゃんは、レオン君に撫でまわされていた。

 もともと大らかな性格の子なのか、抱き上げられてもされるがままだ。


「いやはや、本当に助かりました。深謝いたします」

 私の前に歩み出て、モリッツさんが微笑んだ。

 おお、ようやく「無」じゃない表情を向けてもらえた気がする。


「騎士団への時間外手当てを払わずに済みました」

 あ、そういう意味の微笑みですか。


「主人の軽率な行動に関しては、よくよく言い聞かせておきますので……」

「そぉですよっ!」

 エマさんが横やりを入れる。


「領主様、あんなムチャなことしてっ!

 あかりんがいなかったら、今ごろ天使とお花畑でキャッキャしてるトコですよっ! 猛省してくださいっ★」

「そうですね。その道のプロを呼んで、念入りに折檻でもさせましょうかね」

「なに言ってんの⁉ 私領主だよね⁉」


 モリッツさんは親指を立て、領主さまは情けない悲鳴を上げた。


「ま、まあまあ。それはとにかく」

 私は場をなだめて、領主さまに向き直る。


「なぜ、あんなことをしたのですか?」


 責めるつもりはなく、ただ疑問だった。

 なぜあの時、ソマリ怪獣に突撃したのか。

 まさか打ち倒そうと思ったわけでもないだろうに。


「そう! それだよ!」


 領主さまの表情がパッと明るくなる。

 彼は『待ってました』とばかりに胸を張り、上着の内ポケットに手を突っ込むと、得意満面に何かを取り出した。


「おーい、レオンハルト!」

 レオン君が立ち上がる。

 ソマリちゃんが膝の上から、ぴゃっと逃げていく。

 向き合ったレオン君に、領主さまは柔らかな声で告げた。


「誕生日おめでとう」


 領主さまが差し出したのは、銀色に輝く小箱だった。

 レオン君の目が、その箱に劣らず輝いた。

 彼は両手を伸ばし、それを大事そうに受け取った。



 領主さまは、レオン君へのプレゼントを取りに戻ったのだ。

 ソマリ怪獣の前足が突入してきた際、テーブルの上に置き去りにしてしまったそれを、取りに戻る機会を伺っていたとのこと。


「お気持ちは結構ですが、後日あらためて用意すれば宜しかったかと」

「ぐぬぅ、あいにく替えの利かない物でな」

「ならば何故、肌身離さず持っておられなかったのです?」

「ぐぬぬ、やかましいわ! 誰が宴席で猛獣に襲われると思うか‼」


「おとうさま!」


 レオン君が、領主さまに抱きついた。

 モリッツさんが驚いた顔で押し黙り、それから小さく苦笑する。

 レオン君のやわらかな髪を、領主さまは大きな手でわしわしと撫でた。


 レオン君の笑顔を見て、私は少し反省していた。

 私は疑った。領主さまは我が子を恥じているのではないかと。

 そして酷い親だと憤慨した。――だってレオン君は素直で、好奇心いっぱいで、自分の気持ちを表現することを恐れない、魅力的な子なのだから。


 だけど、そんなレオン君を育てたのは、あのお父さんなんだ。


 私の胸にも、切なさがこみ上げてくる。

 むかし読んだ少女マンガの主人公みたいに、私も最後には帰れるのだと信じるしかない。

 私はぐっと唇を引き結んだ。

 

 私には、帰るべき場所があるのだ。

 それは喜ばしいことであって、けして私の心を弱くするものではないはずだ。





 領主邸には、私のために部屋が用意してあるとのことだった。


 あらためて簡単な夕食の後、――『簡単な』と言いながらファミレスで奮発したくらいには豪華だったけれど――そのまま休んでいいとのことだったが、今日はエマさんたちと一緒に戻ることにした。


 ヨハンナさんに預けてきた、サビ猫ちゃんとハチワレちゃんが気がかりだった。



 案の定、戻ってみるとわちゃわちゃの室内でヨハンナさんがすすり泣いていたし、テオ君はまだ樹木気分が抜けないのか直立したままウンともスンとも言わなくなっていたけれど、一応は「みんな元気にしていた」の範疇に収まると思うので、くわしくは割愛する。


 二匹の猫はぴったりとくっついて、複雑なガラのかたまりになって眠っていた。


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