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11. パニック晩餐会


「ひゃあ!?」

「ああ、これは失礼」


 スポットライトが当たったかのように、私たちの周囲がパッと明るくなる。

 私たちの正面に現れたのは、砂色の髪をオールバックにまとめた、きっちりした印象の男の人だ。

 彼はうやうやしくお辞儀をする。


「わたくしは当クライセン家の執事、モリッツと申します」


 ダイニングホールで、領主さまの後ろに控えていた人だ。そう思い当たり、私はあわてて弁明する。


「ごめんなさい、すぐに戻りますから……」

「恐れながら、お連れ様は『さくりふぁいすエマ』様では御座いませんか?」

「へ?」


「先月の公演は、控えめに申し上げて神、最高オブ最高で御座いました」


 なんだ、この人。

 私の言葉を完全にスルーしたと思いきや、穴のあくほどエマさんを見つめている。


「よろしければ、握手などしていただけたら……」

「え、ええ! 喜んで☆」

「おっほ」


 エマさんの両手をがっつり握りしめ、しばし頬を染めてフリーズ。


「……きょうえちゅ至極に存じます。不肖わたくし、この手は一生洗いません」


 えっ、本当に何なんだこの人……。

 めちゃくちゃ噛んだし。


「あの……?」

「ああ、そうでしたハイ。ソノリ様にお尋ねしたいのですが」

「はあ」

 私のほうを向いたとたんに、表情を失うのはやめてほしい。


「先ほど伺いました、フェレンゲルシュターデンを何とかできるとかなんとか。

 その辺りを、詳しくお聞かせいただければと」


「それでは、ホールに戻りましょ?

 立ち話もなんですから」


 エマさんが助け舟を出してくれる。


「うぉっ、そうですね戻りましょう。

 実際にご覧にニャって頂ければ、状況もお分きゃりいただけるかと!」


 ……モリッツさんと言ったか。

 『さくりふぁいすエマ』はこういったファンに支えられているのだろう。それはともかく。


 言い終えるなり、モリッツさんは廊下を猛ダッシュで駆け出した。






 ダイニングホールは修羅場と化していた。

 

 小麦色の柔らかな毛並みの、一本の巨大な前足。

 それが中庭から室内にヌンと突っ込まれ、ぶんぶんと荒ぶっている。

 どうやら巨大な猫の手が、窓の一部を突き破り、侵入してきた様子だ。


「この有り様で御座います」

「いやいやいや!」


 もっと早く呼んでよ! と胸中でツッコむ。

 握手してる場合じゃなかったよね⁉


 あたりは騒然としていた。

 床にはガラス片が散らばり、テーブルは豪華なお料理ごとひっくり返されている。


 ご来場の皆さんは、反対側の壁際に身を寄せ合って震えている。そんな彼らを一応は庇うように、領主さまが一歩進み出で、ねこ怪獣を睨みつけている。


「カカカカカ!」


 ねこ怪獣はよほど室内が気になるのだろう。お手手をびょんびょん振りながら、頭を窓ガラスにぐいぐい押し付けている。

 小麦色のもふもふ感が魅力的な、ソマリ風のねこ怪獣だ。


 ヒビの入ったガラスが、ミシミシと軋む。

 どう見ても、長くは持ちそうにない。


 中庭に面した、壁としての大窓なのだ。景観は素晴らしいけれど、「ここから攻めてください」と言わんばかりの造りではある。


「あっ、モリ君!」

 領主さまが、モリッツさんに呼びかける。


「ねえ何これ⁉ なんで⁉ この建物、硬化のスクリフトとか入れてないの⁉」

「は。入れてあるはずですが、昨年この部屋を改装いたしました際に」

「うん⁉」

「かなりの低予算でゴリ押ししたので、業者に手抜きされちゃったかもしれません。ウケますね」

「ウケないよ⁉ ばかなの⁉」


 一方で、マッスルさんが部屋のど真ん中に倒れている。

「神父!」

「マッスルさん!」

 エマさんと私とで駆け寄り、引きずって回収する。


「しっかりしてください、神父!」

「大丈夫ですか? どこかケガは……」


「そちらの神父様でしたら……」

 上品なご婦人が、控えめに声をかけてくれる。

「お怪我はありませんが、一発芸『死にかけのセミ(セミファイナル)』が盛大にスベって、心が折れてしまわれました」

「マ、マッスルさああん‼」

 なんということだ! 軽率な無茶ぶりによる犠牲者が――。


「まあ、ご覧の通り大惨事で御座いますよ。

 ただいま騎士団を呼びにいかせておりますが、ソノリ様が解決してくだされば手っ取り早いかと存じまして。

 余計な時間外手当も出さずに済みますし。ね?」


「ね? って……」

「よろしくお願いいたします」

 腹立たしいほどスマートに頭を下げるモリッツさん。

 しかし、腹を立てている場合ではない。


「もふ! もっふるくりーむぱん!」

 天使も何か訴えているが、それどころでもない。


「……っ!」

 私は巨大な猫の手を見つめる。

 私がこれと握手でもすれば、この子を小さく愛くるしい「猫」にできるだろう。

 ――ただし、おそらく条件があるのだ。

 ただ闇雲に突撃するだけでは、ダメなのだ。


「ねえモリ君! きみ防御系いける人? シールドとか!」

 領主さまが叫ぶ。


「シールドですか、恐れながら門外漢では御座いますが、今ご主人様が出しておられる程度のお粗末なモノであれば可能かと」

「なんでついでに悪口言うの⁉ まあいいや、交代してくれたまえ!」

「は」


 モリッツさんは短く答えると、素早く領主さまの隣に並び、姿勢よく前方を見据える。

 白手袋の指をきっちり揃えて、片手を突き出す。


「〈お断り致します〉」


 そのとたんに、ひどい耳鳴りがした。


「わたくしの前面に、空気の壁を設置いたしました」

 モリッツさんが淡々と説明する。


 そうか、部屋の気圧が変わったのか。

 唾を飲み込みつつ理解する。承知したのかしないのか、紛らわしい呪文ではあるけれど。


「ただし、壁は前面のみで御座います。

 側面はカバーできませんので、皆様できるだけ身を寄せ合っ、

 ……え?」


 モリッツさんの言葉が、不自然に途切れる。

「おとうさま!」

 かわりに、レオン君のかぼそい叫び声が聞こえた。


「うぅおおおおおお‼」


 なんと、猛烈な雄たけびを上げて、領主さまが窓際に向かってダッシュしていくではないか。


(うわあああ、何してんだあの人⁉)


 驚愕する私の横を、さらにすり抜けていく人影。

 レオンくぅん‼


 なぜこの世界の人たちは、脅威に向かってダッシュしてしまうのか!


(かと言って、見過ごすわけにはいかないし!)

 私もその後を追う。


 ――ガシャアアアン‼

「ニ゛ョワ゛ア゛ァァァアン‼」

(あっ)


 まさに絶妙なタイミングだった。

 窓ガラスが盛大に大破し、キラキラと破片の飛び散る中、ソマリ風のねこ怪獣が突入してきた。


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