10. もやもや晩餐会
「やあやあ、君が『ソノリ』か!」
領主さまは両手を広げ、ざっくばらんな調子で話し始めた。
高級そうな衣服に身を包んだ、大柄で恰幅の良い「いかにも」という風貌の人だ。
しかしその仕草や表情に厳めしさはなく、むしろ朗らかで平和そうな雰囲気を醸し出している。
「いやあ、随分若いなあ。大丈夫かなあ」
「す、すみません」
「ん゛んっ!」
私がなんとなく謝ると、領主さまは咳払いをした。
もしかして独り言のつもりだったのだろうか。丸聞こえだったけれど。
とくにリアクションを返せずにいたけれど、領主さまは独りでに気を取り直してくれたのか、はっはっはと楽しげに笑う。
「ようこそ我がクライセンへ。
そして、我が息子レオンハルトを助けてくれたことを心から感謝する! 君が滞在している間は、最高のもてなしを約束しよう」
まあ実際のところ、レオン君を助けたのは私以外の人たちでは……という気はしたけれど、ちらっとエマさんを窺うと『のっかっておきなさい』という表情。なので、頷いておくことにする。
それにしても、なんとも大げさな場所だ。
私はダイニングホールをさっと見渡す。白いクロスを敷いた長テーブルが二列。そこに着席するお客さんたちは、目算で20人くらいだろうか。
左右の壁にはメイドさんたちが待機しているし、それから領主さまの背後にも、影のように控えている男の人が一人。
「領主さま」が怖くない人でよかった、と安堵する。こんな所でお説教でもされようものなら、公開処刑だった。
「レオン、こちらへ」
領主さまはレオン君を呼びつけ、わしわしと頭をなでる。
「いやはや、不思議なこともあるものだ。
今日はちょうどこの子の誕生日でな、実に喜ばしい日となった。――12歳になるのだが」
「そうなんだ、おめでとう」
こちらを上目遣いに窺うレオン君に小声で伝えると、彼はぱっと目を伏せて、恥ずかしげにニコッと微笑む。くう、天使。
12歳なんだ。もう少し幼いように見えるけれど、まだ小学生だと思えばこんなものだろうか。
なにはともあれ、親子の仲が良さそうなのは微笑ましい。私も自然と頬がゆるんでしまう……。
しかし、その和やかさは一瞬で霧散した。
「なにぶん、ちょっとばかし無口な子でね。
正式なお披露目は、もうしばらく後になりそうだ」
――「無口」?
突然降ってきたその言葉が、胸に引っかかった。
(たしかに、言葉こそ拙かったけど……)
昼間のレオン君の姿が思い出される。彼は目をキラキラさせて、むしろ一生懸命に私と話そうとしてくれた。無口な子だとは思われない。
――けれど、今のレオン君はどうだろう。
流暢な挨拶を述べたあとは一言も喋らずに、端正な微笑みを浮かべて空気に徹しているだけだ。
そして、お父さんの口から発せられた「無口」という表現。
なんだろう、胸がもやっとする。
「……ご主人様」
領主さまの背ろに控えていた人が、スッと進み出て何事かを耳打ちする。
「あ、うん。――レオンハルト、座っていなさい」
レオン君は頷いて、優雅な足取りで自分の席へと戻っていく。
そういえば、その隣に領主さまの席はあるけれど、お母さんの席がない。
「朗らかで平和そう」だという、領主さまの印象にヒビが入る。
かわりにふつふつと湧き上がってくるものは、漠然とした不信感と憤りだ。
「して、ソノリ殿。君はどんなことができるのだね? 聞かせてくれたまえ」
目の前の人は、のんきそのものの表情で語りかけてくる。
「私は」
言いかけて、視界の端にエマさんの不安そうな表情を捉える。
けれど憤りのほうが勝った。
「私には、何もできません。
何かできたとしても、あなたのために働きたいとは思いませんけれど」
私はそう、刺を含ませて言った。
「い、意見具申―!」
エマさんが叫んで立ち上がる。
「失礼ながらっ、彼女はまだこちらの作法に不慣れでして! それに何もできないワケじゃないんです! いまだ謎が多いというだけで!」
「お、おお」
「たとえばその、彼女は! フェレンゲルシュターデンを! 小さくできますっ‼」
「お、おおお……?」
(――あ、やばかったかも)
エマさんの慌てぶりを目の当たりにして、私は察した。
あらためて会場を見渡すと、お客さんたちもざわついている様子だ。
でも、嘘はついてない。正直に言っただけだ。
「えっと、えっとぉ~★
このフーゴ神父がですね、とっておきの一発芸があるので是非とも皆様にご披露したいと!!」
「⁉」
おそらく、マッスルさんが無茶ぶりという流れ弾を受けた。
「ね! 頼みましたよ★」
エマさんは喋りながらもズンズンこちらへ近づいてきて、私の腕をぱしっと取ると、
「そいではいったん休憩入りま~す★」
流れるようにテヘペロをキメて、私を連れてダッシュで部屋を飛び出した。
「あかりん、あれはちょっとマズいですよ!」
ため息とともに、エマさんは一人がけのソファにどさりと腰をおろす。
「いくらなんでも、言い方ってものがあるでしょうよ……」
ダイニングホールを飛び出した私たちは、無人のラウンジで足をとめていた。
「すみません、だけど……」
私は釈然としない。
エマさんやマッスルさんに迷惑をかけたことは申し訳ないと思う。
けれど、領主さまに対する漠然とした不信感は拭い去れない。
「レオン坊ちゃんのこと、ですか?」
「……はい」
「坊ちゃんが、不当に扱われているとでも?」
思いのほか鋭く、エマさんは核心を突いてきた。
「……えっと、まあ、そうです」
「すべての人間には事情があります。一見で判断するモノじゃありませんよ」
「でも!」
――たしかに、私はあの家のことは知らないけれど、と前置きをしてから、私は言葉を選びつつ訴える。
「たとえば、うまくお喋りできないなら、それでいいじゃないですか。レオン君はあんなに素直ないい子で、あんなに魅力的な子なんだから。
それを変に取り繕おうとするのは、なんていうか、違うと思ったんです。
レオン君にも失礼だ、ていうか」
そこまで訴えて、私は自分のつま先に視線を落とした。
いわば、余計なお世話かもしれない。非常にセンシティブな問題だとは思う。
けれど、――たとえば私が家族だとしたら、あんなふうには言わない。
だから領主さまだって「うちの自慢のかわいい息子です!」って言えばいい。言うべきなんだ。
人気のないラウンジは、あまりに静かだった。
中庭に面した大きな窓から、月の光が青白く差し込んでいる。月光は水のように大理石の床を浸し、私の足元を重く捕らえる。
エマさんが、ため息をついた。
「あなたの気持ちは分かります。
あなたが、大切に育てられてきたということもね」
私は視線を上げる。
まるで子どもに言い聞かせるように、エマさんの表情は穏やかだ。
「だからと言って、ケンカ腰になってはいけませんよ。ましてや子どもの目の前で、親を詰るのはね」
「……はい」
私は頷いた。
正直、胸のもやもやは晴れない。肝心なところはスッキリしないままだが、ひとまず私はホールに戻って自分の非礼を詫びるべきだろう。
「よし、いい子ですね!」
エマさんは笑って、ソファから立ち上がる。
そうして晩餐会へ戻ろうと、私たちが踵を返したその瞬間、
「どうも」
目の前に、男の人の顔がボンヤリと浮かび上がった。
その頃のヨハンナ
「ねこ(×2)が大あばれで寝ていられない」
その頃のテオドール
ケヤキとして72年目の春を迎えるところ




