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彼がそう立派であることは、桜の立派さを見ているためであり、反対に彼が桜をずっと見ているのは、その立派さを手にするためであるように見えました。
どちらの方向へも向けられている因果関係が、今度は桜を彼と結びつけることに思えて、急に私と桜とが遠い遠いものになってしまったかのように感じられたのです。
それが私にとっていかに哀しかったことか。
これ以上は桜が怖くって、私は目を背けるばかりでした。
桜の花は完全に散りきって、華やかだった色は全て緑に変わってしまいました。
若く茂るその色が、悪いものだとは思わないのですけれど、花咲く頃が華というのは、それが花なのだから当然だと言えました。
ですが花はああも儚く見えたのに、今はどうしてこんなにも、桜は未来に向かって輝いているのでしょうか。
私に見せつけているつもりでもあるのでしょうか。
とある事件が起こりました。
大規模なデモンストレーションが各地で行われたのです。それは彼の政策に対する民の盛大な反対でした。
私の提案ではなく、それは正真正銘の彼の政策、彼から出た案でした。
「国民一人一人の情報を書物に登録したい。そうしたら、管理がしやすくなるのだから、犯罪も今よりは明らかになるようになって、少しは数が減るんじゃないだろうか」
彼が私に語った気持ちはそのとおりでしたし、それで問題があるとは私に思えなかったので、どんな問題点も私は指摘しませんでした。
犯罪率の高さに彼が頭を抱えていたことを知っていたのに、取り合わなかった私にも問題があるでしょう。意見を求められたのに、何も進言できなかったところは、完璧に私の責任がありましょう。
正真正銘の彼の政策ではありましたが、それは彼のせいにしてしまう理由にはなりませんでした。
いつだって彼は国民のことをよく考えております。
それなのに、人々は、民のことを何も考えていないのだと、自分本位で民の重要さがわかっていないのだと非難しているようです
管理されるということに、拒絶反応を示したのだろうとは思いますけれど、その先にある彼の想いを全くもって考えていないようでした。考えていないのはお前らだとも気付かずに、自分本位なのはお前らだとも気付かずに、集まって抗議の声を上げているのです。
許せませんけれど、だからって怒りやら不満やらをこちらが少しでも見せたら、抗議は高まるばかりです。
どうしてだれも彼を理解しないのか、私は悔しくてなりません。
けれど私が、冷静に支えるべき立場である私が、感情的になって彼の邪魔をしてしまうわけにはいきません。それは何よりも私が許せないことでした。
ここまで民が反対しているのに、強引になるわけにもいきませんし、どう説得しようか道も見えておりませんでした。
詐欺師のように民衆を導くことをする自信も私にはありました。
それを私が行わないのは、それを彼が望まないことを知っていたからです。
ですが他の方法で私が彼のために何ができるか、少なくとも私が納得する案は見つかっておりませんでした。
もどかしさのような感情でした。
彼の想いも、優しさも完全に誤解されてしまっています。
「どこかで感じていらしたでしょうが、国外では既に悪と呼ばれています。けれどここで慎重にならなければ、国内ですらそうなってしまいます。対策も十分でないのに、いかがなさるおつもりですか」
訴えを知りながら、彼は予定どおり決行しようとしておりました。
気付いていないはずはなかったでしょうが、止める意も込めて、性格の悪い言い口で私は彼に尋ねました。
やはりさすがに悩むところはあるようで、彼は迷いを見せました。
「ごめん。それが皆のためだって、俺には思えるんだ……」
揺らぐところはある様子ながらも、彼の決意は強かったようです。
正しいと思ったことを本当に信じられる人でしたから、謝りながらも彼は答えました。
「わかりました。それなら私は従います。私にとっての唯一無二の正義に、従います」
政治で強行突破は罪と知りながら、どうしたって彼を否定することが私にできるはずがありませんでした。
それが私の正義なのですから。
桜の葉が茂っております。
ちらりとそちらを見て、私はまっすぐ前を見ました。
それが正しいと押しきれるほど、堂々としなければなりませんでした。勢いに負けたらそこで敗北でした。
彼には果たせない役目なので、それはこちらから見ても悪になることでしょうに、あちら側から見たら私が行った方がまだましに見えるというのですから、正も悪もどちらもどちらなものでした。
とにかく、皆のためならって彼が微笑んでくださっているうちは、せめて私だけでも疑わずに頷きたかったのでしょう。
自ら悪と思うような内容でも、私さえを詐称してでも。




