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間違ってはいない、私は間違ってはいないのだと、信じている私もいました。
生まれてこの方、世に背いてばかりの私でしたから、ここが間違っている世なのだとしたら、正しい世でさえ正しいと呼ばれるのは、私のような存在なのではないかと思えたのです。
それは愚かな勘違いでしょう。それこそ間違えなのでしょう。
ですが天に殺められようとしている私には、それくらいの愚かさもあったのです。
「あんなに楽しみにしていらしたのに、今年は桜が見られないのではありませんか? それではお悲しいでしょう? 桜をご覧になってきたらよいではありませんか」
彼の腕に抱かれて死にたい、自らそう願って頼んでおきながら、寝ても覚めても彼が傍にいるのが怖くて、私はそんな思ってもいないことを言ってしまうのでした。
まさか私は、彼の楽しみを奪ってしまったことを認識していても、それで申しわけないだとかましてや心苦しいだとか、そのようなことを思う質ではありません。
それで、嬉しいと思えるような外道なのです。
今更になって、全てを曝け出して語ってやったのに、未だに逃げたがっているのですね。
怖いんです。怖いんですか。私はまだ、恐れているのですね……。
「今年だけは、桜よりももっと綺麗で立派な花が春を彩っているから、桜なんてものはどうだっていいんだ。来年からはその座を奪還するんだろうが、今年ばかりは、春の主役は桜じゃないんだ」
そう仰った彼の意味、わからない私ではありませんでしたけれど、わからないふりをしました。
わかってしまった答えが、気恥ずかしくて、馬鹿らしくて、悔しかったからです。
「お前だけ見ているから。だから、惜しむことなく咲き誇ってくれ。お前の全てを、俺が受け止めてやるよ」
「無理ですよ。あなたには、それはできません」
今すぐでなければその機会は永遠に失われてしまうと思って、私は即答で否定をしました。
きっと彼ならば、その大きな腕でならば、小さな私のを全てを受け止めることくらいは容易だったでしょう。
私はそれをされたくなかったのです。
だから彼を否定した。自分のために、敬愛する彼を否定したのです。
……私というもの、わかっていたつもりでしたけれど、これほどまでに醜いことを平然と、堂々とやってしまうだとは、それには苦しいものがありますね。
心より小さな人間です。
薄く短く浅い生涯を、もうすぐ私は終えます。
どうしてかまっすぐなはずの彼の眼が、曲がり曲がった私の姿を捉えてしまったものですから、魅せなければいけませんね。花の真似事をしなければなりませんね。
烏の集団に紛れ込む鳩のように、異なった色でも怯むことなく啼きましょう。
桜よりももっと綺麗で立派な花だと、私がいなくなってからも、間違えなく誇りをもって彼が言ってくださるように。
それは私の願いではなく、私の使命でしょう。
怠惰な私が望むはずのない、面倒で、辛く苦しいことでしょう。
かつ、それは儚いとも無駄とも言えるような、芸術でしょう。
それに、彼にお言葉に間違いはないのです。
強引に正だと言い張る事実を捻じ曲げる私の意見などとは違って、彼は卑怯な手などない本物の正なのです。
だからいくら曲がった私だとしても、彼のまっすぐさまでを曲げてしまうわけには参りません。
彼を悲しませることを望む最低な私でも、彼に仕える気持ちは本物なのですから。
「直線状のあなたに、湾曲の私は入りません。形が違っているので、押し込んでも、どちらかが壊れてって終わります。ああ、それで私が負けて、私が壊れるということなのでしょうかね」
こうして彼に暴言を吐くような、私なのです。
「背筋の話をしているならば、お前の言葉はそうだな。俺は直線状だし、お前は湾曲だ。けれど精神としての話であれば別だ。俺もお前も、ここには馴染んでいない、球状だろうな」
ここ。それは何を指しているのかわかりませんでした。
彼は否定しましたけれど、確かにまっすぐに見えます彼の瞳によりますと、ここというのはここなのでしょう。
舞台の全てをそう呼んでいるのでしょう。
球状とはまた首を横には振りづらいものですね。
そうできなければ、私と彼とが同類だという、悪のない世界でも正真正銘悪となるような大悪でしょうけれど、そうできないものはできないのです。
厄介な言い方をしてくれたものですね。
仕返しとでもいうつもりでしょうか? その卑怯さは彼らしいものだと私も思いますし、そういった面で考えてしまうと、私と彼が近しいものというのも、強ちおかしな話ではないのですか?
ただの私の欲望ではなくて、そういう面もあるようなのですか?
求めることも恥ずかしい話ではありますけれど。
思いついたままに、失礼なことだとも思いながら、私は問いました。
「卑怯なのは、臆病さですか?」
彼の名を出すはずはありませんけれど、珍しく私は隠せませんでいたに決まっていました。
「そんなところもあるだろうな。ただ、臆病さが卑怯さと言った方が、合ってるんじゃないかとも思う。両方、賢いとでも言ってくれ」
その理論は以前の私なら肯定できたものでした。




