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10-1


 間違ってはいない、私は間違ってはいないのだと、信じている私もいました。

 生まれてこの方、世に背いてばかりの私でしたから、ここが間違っている世なのだとしたら、正しい世でさえ正しいと呼ばれるのは、私のような存在なのではないかと思えたのです。

 それは愚かな勘違いでしょう。それこそ間違えなのでしょう。

 ですが天に殺められようとしている私には、それくらいの愚かさもあったのです。


「あんなに楽しみにしていらしたのに、今年は桜が見られないのではありませんか? それではお悲しいでしょう? 桜をご覧になってきたらよいではありませんか」

 彼の腕に抱かれて死にたい、自らそう願って頼んでおきながら、寝ても覚めても彼が傍にいるのが怖くて、私はそんな思ってもいないことを言ってしまうのでした。

 まさか私は、彼の楽しみを奪ってしまったことを認識していても、それで申しわけないだとかましてや心苦しいだとか、そのようなことを思う質ではありません。

 それで、嬉しいと思えるような外道なのです。


 今更になって、全てを曝け出して語ってやったのに、未だに逃げたがっているのですね。

 怖いんです。怖いんですか。私はまだ、恐れているのですね……。

「今年だけは、桜よりももっと綺麗で立派な花が春を彩っているから、桜なんてものはどうだっていいんだ。来年からはその座を奪還するんだろうが、今年ばかりは、春の主役は桜じゃないんだ」

 そう仰った彼の意味、わからない私ではありませんでしたけれど、わからないふりをしました。

 わかってしまった答えが、気恥ずかしくて、馬鹿らしくて、悔しかったからです。

「お前だけ見ているから。だから、惜しむことなく咲き誇ってくれ。お前の全てを、俺が受け止めてやるよ」

「無理ですよ。あなたには、それはできません」

 今すぐでなければその機会は永遠に失われてしまうと思って、私は即答で否定をしました。


 きっと彼ならば、その大きな腕でならば、小さな私のを全てを受け止めることくらいは容易だったでしょう。

 私はそれをされたくなかったのです。

 だから彼を否定した。自分のために、敬愛する彼を否定したのです。

 ……私というもの、わかっていたつもりでしたけれど、これほどまでに醜いことを平然と、堂々とやってしまうだとは、それには苦しいものがありますね。

 心より小さな人間です。


 薄く短く浅い生涯を、もうすぐ私は終えます。

 どうしてかまっすぐなはずの彼の眼が、曲がり曲がった私の姿を捉えてしまったものですから、魅せなければいけませんね。花の真似事をしなければなりませんね。

 烏の集団に紛れ込む鳩のように、異なった色でも怯むことなく啼きましょう。

 桜よりももっと綺麗で立派な花だと、私がいなくなってからも、間違えなく誇りをもって彼が言ってくださるように。

 それは私の願いではなく、私の使命でしょう。

 怠惰な私が望むはずのない、面倒で、辛く苦しいことでしょう。

 かつ、それは儚いとも無駄とも言えるような、芸術でしょう。


 それに、彼にお言葉に間違いはないのです。

 強引に正だと言い張る事実を捻じ曲げる私の意見などとは違って、彼は卑怯な手などない本物の正なのです。

 だからいくら曲がった私だとしても、彼のまっすぐさまでを曲げてしまうわけには参りません。

 彼を悲しませることを望む最低な私でも、彼に仕える気持ちは本物なのですから。

「直線状のあなたに、湾曲の私は入りません。形が違っているので、押し込んでも、どちらかが壊れてって終わります。ああ、それで私が負けて、私が壊れるということなのでしょうかね」

 こうして彼に暴言を吐くような、私なのです。

「背筋の話をしているならば、お前の言葉はそうだな。俺は直線状だし、お前は湾曲だ。けれど精神としての話であれば別だ。俺もお前も、ここには馴染んでいない、球状だろうな」

 ここ。それは何を指しているのかわかりませんでした。

 彼は否定しましたけれど、確かにまっすぐに見えます彼の瞳によりますと、ここというのはここなのでしょう。

 舞台の全てをそう呼んでいるのでしょう。


 球状とはまた首を横には振りづらいものですね。

 そうできなければ、私と彼とが同類だという、悪のない世界でも正真正銘悪となるような大悪でしょうけれど、そうできないものはできないのです。

 厄介な言い方をしてくれたものですね。

 仕返しとでもいうつもりでしょうか? その卑怯さは彼らしいものだと私も思いますし、そういった面で考えてしまうと、私と彼が近しいものというのも、強ちおかしな話ではないのですか?

 ただの私の欲望ではなくて、そういう面もあるようなのですか?

 求めることも恥ずかしい話ではありますけれど。


 思いついたままに、失礼なことだとも思いながら、私は問いました。

「卑怯なのは、臆病さですか?」

 彼の名を出すはずはありませんけれど、珍しく私は隠せませんでいたに決まっていました。

「そんなところもあるだろうな。ただ、臆病さが卑怯さと言った方が、合ってるんじゃないかとも思う。両方、賢いとでも言ってくれ」

 その理論は以前の私なら肯定できたものでした。


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