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6-2


 翌日、朝から彼は私を訪ねてくださいました。

 あの様子ですと、今日こそ桜が満開でしょうに、見なくてもいいのでしょうか。

 私の眠る隣に座っているのです。


 咲く桜、通い来る彼、花が開く様よりも、私が足掻く様をご覧になろうとしているのです。

 美しい花ではなく、醜い私をお傍に置いてくださっているのです。

 花よ花よ散ってくれるな。私の消える先までは。

 花よ花よ散ってくれるな。私と共に生きてください。


 私は祈りを込めました。

 私の祈りに宛て先はありませんでした。

「俺のために花は咲く。飽きたらもう散っていく」

 静かに彼は仰いました。

「まだ俺にはお前が必要だ。お前から俺を見限ったわけでなく、俺がもうお前に飽きたわけでもなく、それならどうしてお前はここを去るのか」

 とても低い声でした。

「俺さ、昨日いっぱいお前のこと考えたんだ。よかったら、聞いてくれないかな」

「はい」

 理解は追い付いていませんでしたけれど、私は頷きました。

 昨日いっぱい私のことを彼が考えてくださった、そこからして、私の思考は停止してしまいそうなくらいでした。


 彼は言います。

「静かに書を読んで暮らしていたお前をしつこく誘ったこと、後悔しているんだ。お前はこんな世界には相応しくないように思えて、こんな汚れた世界にお前を攫ったのは他でもない俺なのだと思うと、自分がいかに罪深いことをしてしまったのかと思う」

 楽な生活をしていた私にとって、彼の傍で過ごす充実した日々が忙しく大変なことであることは、確かな事実でした。

 それが私の寿命を縮めたと彼はお考えになったのでしょう。


 更に彼は続けました。

「天の国で舞っていた、無垢な天使こそお前には相応しい姿なのではないかと思ったんだ。罪とは程遠い世界で、にっこりと笑う生活こそが、お前には相応しい姿なのではないかと思ったんだ。着飾る機会も、舞を舞う機会も奪ってしまったんじゃないかって」

「私は生まれ持っての罪人です。良民を虐げて得た富の上に生まれ落ちました」

「それはお前の罪じゃない。時代がお前の親に生ませた罪だ。だからこそ、お前の親はお前を罪に手を汚すことがないように住む世界で育てたかったんじゃないかと考えたんだ」

 どうせ短い命だから、苦労を知ることなく散らせようというのは、あの両親のことですと考えられない可能性ではありませんでした。

 彼の考察には、私も納得するところがあります。


 罪を懺悔するかのように彼は語りました。

 ありえたかもしれない私の姿を、どこぞで道を誤ったらしい私に語るのです。

 彼は自信家でした。ですから、彼に仕官したことが私に相応しくなかったのだと考えるわけではないようなのです。

 どうやら彼には、私が外に出なければならなかったことが、つまりこの世というもの全てが私に相応しくないように思われるようなのです。

 それではまるで、私が生まれてしまったことが間違えであるかのような物言いです。

 そう指摘したらば、彼にとってはそれが真実なのだそうでした。



 私の推量よりも彼の想いは強いもので、彼はいつまでも私の傍にいてくださいました。

 目を開けていることにすら耐えかねて、私が眠っているときでさえそうなのです。ふと目を開くと、彼が優しく額を拭ってくださるのでした。

 殿に看病をしていただくなんて、とんでもないことだとは思います。

 この幸せを満喫することが私の役目に思えました。

「今宵は暗いですね。夜を照らす月もないとは」

 日が暮れて、灯を用意してはくださったようですが、月もなく真っ暗闇に近いほどの薄暗い夜でした。

 私が呟くことまで見越していたかのように彼は詠みました。

「ひさかたの天つ少女をとめと舞ふ君に心を尽くすつきなきよかな」

「ぷっ」

 笑わないでいられるはずがありませんでした。


 一晩中悩んで、どうにか作った歌に違いありません。

「ちょっと、笑うなよ」

 不満げにする彼もまた愉快なものでした。

「これじゃあ、私も返さないと失礼になってしまいますか?」

「え、いや、お前が詠んだからこっちも詠んだくらいのつもりだっただけど」

 それを聞いて、私はおかしくってなりませんでした。

「あれは私の歌ではありませんよ」

 私が笑えば、彼は照れたように笑いました。

「そもそも、翌日まで待たねばならぬ歌があるものですか」

 大真面目な顔の彼が思い出された私の笑いも彼は笑うのでした。


 下手な歌を詠まれてしまったのですから、私だって得意ではありませんけれど、その場で思い付いたものを恥ずかしながら返しました。

 返歌をするほどの余裕はありませんでした。

花細はなぐはし桜だにいざ給へなど物も覚えぬ我を悩ます」

 ちぐはぐな歌のやり取りは、武士の息子と商人の娘ですから、大目に見てもらいたいものです。

 習ってもいないで、雅な生活など送ってきたでもないのに、歌を形だけでも読めたことをほめてくれたっていいくらいなのではありませんかね。

 この出来なら、だれだってできそうなものではありますけれど。



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