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戦争が終わりました。完全に終わったというわけではもちろんなく、長続きしていた隣国との戦争が終わったという意味です。
意地汚い戦い方ばかりしていた甲斐あって、我々の勝利でした。
脅しと譲歩を用いて、数年間はそれがそうと気付かないような、けれど冷静になればゾッとするような条件を私は納得させます。
それが、心理学を基に築いた私の交渉術でした。
話し合いというのは、さすがに直接私が出ないではいられません。
けれどそのことにより、今の病状が知られてしまうことを私は恐れました。
鋭い人ならば影で動く私の存在もわかっていましょう。
私がいなくなれば、この国は正義の国に戻ってしまいましょう。
それがいかに狙い時であるか、わかる人は少なくないはずです。
この国にはまだ悪魔が生き続けるのだと信じさせるために、私は目の下にくまを描きました。顔色が悪いように化粧を施しました。
具合が悪くないふりをすることは無理でしたが、具合が悪いふりをしているふりをすることは、まだできるだろうと考えられたからです。
そのおかげで、堂々と体を支えられながらの登場ができました。
止められない咳も、反対に疑われるばかりなのです。
話が思いどおりに進むことばかりでなく、相手方の頭脳が私の演技に容易に騙されることも含めて、私は面白かったですよ。
その面白がっていることさえ、隠さずに済むのは本当に楽な取引でした。
後片付けについての意見が求められるかと思いました。
けれど条約締結後、初めて彼が私の部屋を訪れたのは、そんなことよりもよっぽど私を悩ませる内容でした。
桜の花が咲いた、そうとだけ彼は告げるのです。
「見に行ってもいいですか?」
頼んだ私を彼は布団ごと抱き上げ、庭の大きな桜の木がよく見えるところへまで運んでくださったのでした。
いつの間にこんなことになっていたのか、もうすぐ満開なようでした。
綺麗なものでした。立派なものでした。
少しばかり、散っている姿も見えました。
まだ咲ききってもいないくせに、早くも散り始めようとしているようでした。
「ひさかたの、光のどけき春の日に、しづ心なく花の散るらむ」
古い歌を私は口遊んでしまっておりました。
桜の美しさはわかりますけれども、そこで歌を詠むほど私は風流な人間ではありません。
そんな風流な人間が、こんな世の中に生き残っているとも思えません。
ですから彼も笑われましたよ。
「ちょっと待って、明日まで待って」
そうして笑われてから、そのように仰るのです。
何を待てということなのか、私にはわかりませんでした。
「はい、明日くらいならばまだ、お待ちできるはずですよ」
それは私の生そのものの話なのかもしれないと、第一に私は解釈しました。
正しいとも間違っているとも彼は表しませんでした。
「これ以上、桜に当てられていたら、また狂ってしまいそうですよ」
横になって見ていると、ただでさえ大きな桜の木が、更に大きく感じられるのでした。
襲われるような感覚に呑まれそうで、私は彼に訴えました。
私から見たいと望んだくせに、そのように言うのです。
私が頼んだらば、またも布団ごと私を抱き上げて、元寝ていた場所へと戻してくださるのでした。
わざわざ彼がする必要のない力仕事に思えましたが、彼との距離が嬉しくて、私にはその当然を口に出せないのでした。
特別、彼が私のためにしてくださることというのが、私には嬉しいのでした。
狂ってしまいそうではなくて、もう狂ってしまっているのかもしれません。
今この場ですと、「一緒に死ぬ」と彼が言ってくれたらば、どれほど喜べるかと考えます。
普通だったらば、そのようなことは許してはならぬことですのに。
まして私に足掻けとお命じになった方が、簡単に生から逃れることなど、私の感情としても許したくないことです。
彼のことを想う身としても、彼の体を彼が自ら傷付けることは許せないことでした。
それなのに、それを喜べそうなほど、今の私は狂っているのでしょう。
部屋から彼が出てしまって、狂おしい感情ばかりが私に湧き起こります。
どうして、理由なんてあるとも思えませんでした。
どうして、理由なんてあったとしても見つからないよう隠されているに決まっていました。
どうして、もう止めてください。
どうして、その疑問が私を責めるのです。
人を追い詰めて冷静な思考能力を奪う、得意の手法でした。




