04:空蝉
「あの~お取込み中すみません。入ってもよろしいですか? って、ここは私の家でしょ私! しっかりするのよ」
そう言って、廊下の方から覗き込んでいたのは茶色の長い髪を青いリボンで結んだ少女だった。
「コトハおかえりなさーい! あ、この人。異世界からやってきたエターナル作家の『ツヅキ』、今日からここの住民だよ」
「……どうも、ツヅキです」
立ち上がりあいさつした。
可愛い。シオリも中々だが、見るからにおしとやか系ヒロイン!
「え?! シオリそんなの私、聞いてないよ~。セレナが聞いたらなんていうか」
「大丈夫大丈夫ー。私たちに何かあったら、セレナが『生まれてきたことを後悔させるほどの拷問をして、くびちょんぱした頭で胴体みせて懺悔させる』ってこの前言ってたから」
今……なんて?!
「ふ~それなら安心だねシオリ。ツヅキさん、これからよろしくお願いします」
彼女は隠れるのをやめ、屈託のない笑顔でそう言った。
「あ……はい」
俺の思っていた小さな期待は、雨燕から滴り落ちた水滴のように弾け飛んだのだった。
当のセレナという女だが、今日は城の警備で夜勤らしい。
それを聞いて少しほっとしたが、明日の朝ばったり会ってくびちょんぱされないか心配である。
「じゃあ、晩御飯の用意しようか」
「はいは~い」
シオリとコトハは、俺がそもそも存在していないかのようにキッチンへ向かった。
全然違う……俺のシミュレーションではもっとチヤホヤされ、元いた世界のあれやこれやを聞かれているはずだった。
こんなことなら、犬か猫に転生した方がよっぽどマシだろう。
そんなことを一人、リビングで考えていた。
「ツヅキー、あんたも手伝ってー」
「はい! 今行きます」
シオリの呼びかけに、即答だった。
必要とされることに快感を覚えたのはいつぶりだろう。
皿洗いでも、野菜の皮むきでも何でもござれである。
「はい。これの皮剥いて」
渡されたのはリンゴを一つだけ。
「ほ、包丁は?」
「コトハが使ってるからないけど。魔法でちゃっちゃーとできるでしょ?」
「……」
ちゃっちゃーって……俺は試されてるのか?
いや、シオリの目からはそんな嫌味は感じない。マジで言ってやがるコイツ!
「む……剥け……」
握った魔法筆の先端が震える。
おそらく『剥けろ』では発動しない、感覚だが俺にはわかる。唯一魔法が発動した『雨燕』と同等のニュアンスを持つ何かだ。こんな時、チャットAIがあれば一発なのに……。そう思った時――
俺の思考に新たな回路が繋がったのを感じた。
「空蝉――」
最後の一画を書き終えると、リンゴは一枚の皮を脱ぎ捨てたのだった。
「どうだ! これが『空蝉』。ものの表面を一枚だけ脱がせる魔法……」
「……」
コトハが俺を見て、自分の服を押さえていた。
冤罪だ。手に持つ包丁が凶器に見える。
「セレナに頼んだ方が速そうね。やっぱり邪魔だから戻っていいわよ」
「……へい」
セレナのいない、プチ歓迎会は静かに幕を閉じた。




