03:名付け親
着替えを済ませ、肉串片手に銀貨のあとに渡された『異世界転移者ガイドブック』に目を通す。
1.まずは支給されたお金で食事をしましょう。お腹が空いていなくても、この世界のものを食べてください。
2.街で服を買いましょう。この街は比較的安全ですが、浮いた格好は危険を招きます。
3.拠点を構えましょう。身の丈に合わない住居は身を滅ぼします。オススメはルームシェアハウスです。
4.求職活動を月に四回は行いましょう。虚偽の申告や活動実績が既定の回数に満たない場合……お楽しみに。なお、冒険者になって街を出たい方は支援金の返却が済んだ方のみとなります。
他にも五十以上の項目があったが、読むのをやめた。
まあ要するに、この街の『家畜――街畜になれ』ということだろう。そんなのはまっぴらだが、『郷に入っては郷に従え』……チャンスが来るまで待つしかない。そもそも、そんなチャンス来たためしがないのだが。
「……とりあえず、次はここだな」
不動産屋に来た。入口近くの壁には、様々な間取りが並ぶ。
もちろん、お目当てはルームシェアハウス……それも男女混合のルームシェアがいい。いやらしい考えなど、犯罪にならない程度はあるが『ラッキーすけべ』はこの世界の定番だろう。むしろ、ないと困る!
小さな期待を膨らませながら、店に入った。
◇
――カチャ。
玄関の方から鍵を開ける音が聞こえた。それから、カツカツカツと廊下を歩く足音。共有リビングで腰掛ける俺は、このタイミングまで何度もシミュレーションしていた。
人間関係というものは第一印象で大きく変わる。
むしろ、第一印象を失敗してしまうと、その印象を覆すことはS級の難易度だ。俺はそのことを四十年近い人生で学んでいる。
つまり、この状況――『俺TUEEEの無双状態』と言っても過言でないのだ。
「初めまして――」
若返った爽やかさの中に大人の落ち着いた声を滲ませ、振り返った。
「……じゃないですね」
「……そうですね」
そこに立っていたのは、肩に雨燕を乗せた猫耳獣人のあの女だった。
「……つまり、監視役ってことか?」
「まぁ、悪く言えばそうですかね。って、なんで私だけ敬語なんですか!?」
彼女によると、異世界人の自立促進の一環として、このルームシェアハウスに住んでいるらしい。どうやら街と不動産屋もグルのようだ。
「あ、ちなみにですけど。不動産屋さんに行っても返金はされませんよ」
「あー、前払い金のことか。だが断る! 俺は『クーリングオフ』――消費者の権利を行使する!」
「……■■■■さん、『ガイドブック』ちゃんと読みました?」
「へ??」
慌てて『異世界転移者ガイドブック』をめくる。
そこには――
44.生活支援金を利用した契約の返金は、支給団体に帰属します。
「なんとーーーー」
生活支援金を使った俺に権利など無かった。
「■■■■さん! ……■■■■さん! ■■■■さんってば!」
何度か呼ばれて我に返った。
「ああ、俺か。すまないが、■■■■と呼ぶのはやめてくれ。そのペンネームは捨てた」
「……では、なんと?」
「んーーー、思い浮かばん。適当に決めてくれ」
「じゃあ本名教えてくださいよ」
「断る。作家が本名を教えるわけないだろうが」
「エターナル作家がよく言いますよ」
「お前が言うと誉め言葉に聞こえるな。さっさと決めろ」
それから彼女はしばらく考えたのち、『ツヅキ』という名をくれた。意味は『続きはある。でも終わりは来ないエターナル作家だから』だそうだ。
そんな名付け親である彼女の名は『シオリ』であった。




