02:唯一の読者
「■■■■さん、三十番にどうぞー」
気の抜けた声で係員が俺を呼んだ。
俺が転移した異世界――街の名は『リーベル』。異世界転移者泣かせのその街は、俺のような『気が付いたら異世界転移』してしまった人間を有効活用しようと、ハローワーク的なことも行っていた。
「何か気になる職業は見つかりましたかぁ?」
「今のところ……まだです」
まだも何もない。そもそも働く気が俺にはなかった。
しかしそれでも、ひと月ぶんの生活費が支援されるらしい。
俗にいう、労働意欲の無い不正受給者だが……求職活動実績があれば支援対象者となる。それは元いた日本と同じ。
唯一の違いは――
「今月の支援金、銀貨十五枚です」
「……頂戴します」
先払いであるということ。
懐の膨らみを味わいながら、使い道に妄想を膨らませる。
まずは食事。次は衣類、それから住むところだな。仕事は……まだいいっか。
足取り軽く、建物を出た。
「あの! ■■■■さんって、魔法筆の作者『■■■■』さんですか?!」
「えっ!? ……そうだけど」
振り返ると、黒い猫耳をピクピクさせる獣人の女性がいた。
「……どうして書くの辞めちゃったんですか? 更新される度に『いいね』押してたのに!」
「あぁ……エタっちゃって」
どうやら俺が『ただ一人、なに書いてもいいねを押し続ける変人読者』と思っていた人物は、この世界にいたらしい。
「それに……金にならない作品に、俺は用が無いんだ」
「……」
最低――。そう彼女が言ってくれればまだよかった。
俺は唯一ついて来てくれていた読者の期待を裏切り、ましてや金の話まで持ち出してしまう始末。
この世界に飛ばされたのも、その罰なのかもしれない。
「他に『推し』を見つけてくれ」
俺みたいな底辺作者には、そんな捨て台詞しか出てこなかった。
「……『推し』てません! ただの暇つぶしに『いいね』を押してただけです!」
そう言った彼女は瞳を潤ませていた。
俺の言った強がりで、彼女を傷つけてしまった……しかしそれに報いるものは何もない。
「……」
「雨燕……。雨燕を見せてくれたら許します!」
彼女は俺の腰あたりを指さした。
なんだ、使い物にならない魔法筆か。
っていうかこの女、AIに書かせたリメイク版も読んでんじゃねえかよ。
「悪いが、この魔法筆は水ひとつ出ないんだ」
「いいから書いて!」
「……わかったよ。書けばいいんだろ、書けば」
空中に文字は現れる、光る文字だけは。俺だって色々試した『水、火、金、パン……』。
そういえば、わざわざ画数の多い『雨燕』はまだだったか……。
そんなことを思いながら最後の『、』を書き終えた――
「……うそだろ?!」
光る文字は一塊となり、水の燕が現れた。
小さな翼を羽ばたかせ、俺たちの周りを旋回する。
そして、彼女の肩に止まった。
「書けるじゃないですか、嘘はダメですよ! ……仕事、早く見つかるといいですね」
そのまま、彼女は建物に帰って行った。
「……くそ、職員だったか。行きづれぇ」
雨燕――俺が初めて使えた、使い物にならない魔法がそれだった。




