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翌日の夕方。
まひろと篠原は、また莉子と結衣の後を、一定の距離を保って歩いていた。
2日間、下校の様子をまひろたちが見ていたことを知った莉子に頼まれたからだった。
「全然気づかなかった......! 探偵さんてすごいんですね。」
莉子は目を丸くしたあと、少し考えて言った。
「明日、結衣と話してみたいと思います。……でも逃げたくなっちゃうかもしれないから、どこかで見ててくれませんか?」
まひろは目をまたたいた後、「任せといて」と笑った。
まひろがそんなことを思い出しながら歩いていると、隣を歩く篠原がまひろにだけ聞こえる声で言った。
「いつもと道が違いますね。」
まひろは頷く。
いつもは、校門を出て北へまっすぐ大通りへ向かう道を歩くのだが、今日はその前に曲がって、西側へ向かっている。
「どこに行くのかな?」
その答えはすぐに分かった。
莉子と結衣は、小学校と中学校の間にある「わたくら公園」へ入っていった。
わたくら公園は、大型遊具や砂場がある少し広めの公園だ。夕方のこの時間は、小学生が何人か遊具で遊び、藤棚の下では小さい子を連れた母親たちが、世間話に花を咲かせていた。
莉子たちがブランコに座ったのを見て、まひろたちもその近くのベンチに座る。
これが篠原だけなら不審者に見られかねないこの時代、男女ふたりというのは便利だ。一緒にベンチに座っていれば、周りが勝手に勘違いしてくれる。
「……話って、何?」
結衣の声が微かに聞こえる。
まひろたちは、スマートフォンで一緒に何かをみているふりをしながら、耳をそばだてた。
莉子は「あのね」と言ったまま、次の言葉が出てこずに黙ってしまった。
しかし、覚悟を決めたように大きく息を吸って吐くと、結衣を見て声をあげた。
「あのね、この前、結衣『助けてなんて言ってない』って言ってたよね。……あれ、どういうこと?」
「どういうって……そのままだよ。忘れ物をしたのは私だもん、莉子が怒られるなんておかしいでしょ。私も、聞きたいと思ってたの。なんであんなことしたの?」
結衣は、ちょっと怒っているような雰囲気だ。
「だって、結衣は先生に怒られたことなんてないじゃない。私はしょっちゅうだから……慣れてるし、平気だもん。」
「だからって……」
結衣はため息をついた。
きゃー!と小学生たちから歓声があがる。
鬼ごっこを始めたようだ。
莉子は、自分の足元を見つめて続ける。
「私、結衣が怒られるのが嫌だったの。それなら、私が怒られた方がいいと思ったの。……だめだった?」
結衣は、小学生たちが笑いながら走っているのを見ながら答えた。
「……だめだよ。」
「えっ?」
莉子が結衣の方を向いて、ポニーテールが揺れる。
「莉子、私の気持ち考えてないじゃない。莉子は、私が怒られるのが嫌だったんでしょ?じゃあ、私は? 莉子が自分の代わりに怒られて喜ぶと思ったの?」
莉子は、答えない。
答えられないのかもしれない。
「私は……私も、莉子が怒られるのは嫌だったよ。でも、あの時は……やっぱり怖くて、『本当は私が』って、言えなかったの。だから、自分が情けなくて、莉子が助けてくれたってのも分かってたから、嬉しくて、でもそう思う自分が嫌で……」
結衣の声がだんだん小さくなる。
「ごめん、変なこと言っちゃって。」
莉子がぶんぶんと首を横に振る。
「ううん!私が余計なことしちゃったから……結衣の気持ち、考えてなかった。私の方こそ、ごめん。」
結衣が、公園に来て初めて莉子の顔を見る。
「莉子、助けてくれてありがとう。本当は、あの日に言いたかったんだけど。」
そう言って、困ったように眉を下げながら、少し笑う。
「莉子、すぐに帰っちゃうんだもん。」
「あー……ごめん。」
ふたりは、顔を見合わせてクスクスと笑った。
そこまで聞いたまひろが、篠原に目配せをして、そっとベンチを立つ。
もう、大丈夫。
まひろと篠原は、明るい気持ちで事務所に戻った。
◇
数日後。
探偵事務所の呼び鈴が鳴る。
篠原が扉を開けると、そこには莉子と結衣が並んで立っていた。
学校帰りなのか、二人とも制服姿だ。
スクールバッグには、あの三毛猫のキーホルダー。
「こんにちは。」
少し照れたように笑う莉子の隣で、結衣も小さく頭を下げる。
応接スペースへ案内すると、まひろが水槽の前から振り返った。
二人と目が合う。
まひろがふわりと笑った。
「おかえり。」
莉子も笑う。
「……ただいまです。」
その一言に、結衣は少し驚いたように莉子を見たあと、優しく笑った。
篠原は何も言わず、紅茶を四人分淹れ始める。
部屋に、穏やかな香りが広がっていく。
「聞いてください。」
席に着くなり、莉子が嬉しそうに言う。
「ちゃんと話せたんです。あと、小宮さんのことも話しました。それで、仲直り出来たこと、一緒に話しに来たんです。」
結衣が少し恥ずかしそうに微笑む。
まひろは嬉しそうに頷いた。
「よかった。」
莉子は、隣の結衣を見ながら言う。
「結衣は、あの時、自分で言いたかったんですって。でも、私が先に言っちゃったから……。」
結衣は、「ううん」と首を振る。
「それもあるけど……莉子が怒られたのは、私のせいだって思って、情けなくて。でも、助けようとしてくれたのは嬉しかったんです。」
そう言って眉を下げる。
莉子は、結衣の手に自分の手を重ねた。
「だから、ごめんって言ったんです。」
結衣は、莉子を見た。
二人の目が合う。結衣が笑う。
「だから私もごめんって言ったんです。」
窓の外では、子どもたちの笑い声が聞こえる。
その笑い声に重なるように、莉子と結衣も照れくさそうに笑った。
帰り際。
二人は並んで商店街を歩いていく。
時折、笑いあってわざと肩をぶつけたりしながら。
その後ろ姿を、まひろと篠原は窓辺から静かに見送っていた。
「ほんとによかった。」
まひろが、小さくつぶやく。
篠原も静かに頷いた。
「はい。」
午後の風が、まひろの髪を優しく揺らす。
水槽の魚たちは、今日も変わらず、ゆっくりと泳いでいた。
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