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「こんにちは。」
まひろが笑顔で挨拶すると、美智子はショーケースの上に両手をちょこんと乗せた。
「いつも莉子がお世話になって。お邪魔をしてなければいいんだけど。」
「いえ、遊びに来てくれて嬉しいです。」
莉子と結衣は、時々ふらっと学校帰りに遊びに来ては、いろいろな話をして帰っていく。
子どもたちの中で流行っていることや、先生や行事の話など、そこでしか聞けないことも多いので、二人のおしゃべりは実はとても有益だった。
「今日は、お話が聞きたくて来たんです。」
ちょっと姿勢をただしたまひろに、美智子が首をかしげる。
「あら、何かしら。」
美智子は「探偵さんにお話しできることがあればいいんだけど」と言いながら、カウンターの向こうから出てきた。
店の中の一角に置かれた、小さなテーブルセットの椅子に座る。
「お友達が来ると、いつもここでおしゃべりするの。さ、座ってください。」
勧められて、まひろも座る。
まひろは、美智子の目を見て、問いかけた。
「沢村さん、失礼ですが......旧姓、高橋さん、で合ってますか?」
美智子は目を瞬かせた。
「あら、どうして知ってるの?」
「古本屋の神崎さんから伺いました。あと、『鈴本 修』という名前、聞き覚えありますか?」
美智子は、にこにこと頷いた。
「ありますよ。時計屋さんの修さんでしょう?亡くなったのは、何年前だったかしらね。同級生だったのよ。」
「亡くなったのは、8年前です。では、この方は、ご存じですか?」
そう言って、まひろが小さな丸いテーブルに1枚の古い写真を置いた。
からくり箱から出てきた、あの写真だ。
美智子は、写真を手に取って顔から少し遠ざけるようにして見た。
「ずいぶん、古い写真ねえ。こっちは、修さんね。もう一人は……和夫さんじゃないかしら。」
「かずおさん?」
「ええ。きっとそうね。懐かしい。二人は仲が良かったものね。」
美智子は、遠くを見るような目をした。
「高校までは、みんな一緒だったの。でも、そのあと和夫さんは進学でこの街を出たって聞いたわね。」
「そうだったんですね……。今、どうされてるかは......?」
「ごめんなさいね。そこまでは。」
美智子は、申し訳なさそうに首を振る。
「でも、たしかお兄さんは実家にいるんじゃなかったかしら。」
「……そちらで聞いてみます。お兄さんのお名前は、わかりますか?」
まひろは、小さなメモを取り出した。
「お兄さんの名前はわからないけど、苗字は百瀬だったかしらね。」
「じゃあ、写真のこの方は、百瀬和夫さん?」
「そう。お役に立てたかしらね。」
美智子は、名前を書き付けるまひろの手元を見ながら聞いた。
「はい!とても。」
まひろは、嬉しそうに微笑んだ。
まひろが桜餅を二つ買って事務所に帰ると、篠原はノートパソコンに向かって何か文章を打ち込んでいるところだった。
篠原には、この件とは別の調査を頼んであったので、その報告をまとめているのだろう。
ちょうどキリが良かったのか、篠原は小さく息をついてパソコンをパタンと閉じた。
「おかえりなさい。どうでしたか。」
「うん、写真の人がわかった。そっちは?」
篠原は、閉じたパソコンに軽く手を置くと、頷いた。
「証拠はそろいました。依頼人に連絡しておきますね。」
「そう。お疲れ様。」
まひろがそう言ってコートを脱ぐと、篠原は立ち上がって給湯室に向かいながら聞いた。
「それで、どなただったんですか?写真の方は。」
「百瀬さんっていう人だった。律くんのおじいさんと莉子ちゃんのおばあちゃんの同級生。」
「同級生でしたか。」
「うん。まさか、そこでつながるなんてね。」
まひろは、ちょっと笑いながら紙袋から桜餅を出して、応接テーブルに置く。
「あ、お茶がいい。」
給湯室の中から「はい」と篠原の答える声がした。
まひろが手を洗って戻ってくると、篠原が熱いお茶をテーブルに置いたところだった。
ふたりで桜餅を食べながら、報告会をする。
篠原が別行動で動いていた案件は順調とのことだった。
「それで、百瀬さんなんだけどね。家がわからなくて。」
まひろがため息をつく。
「なんとか調べたいですが、苗字だけでは難しいですね。」
「うん。でも、百瀬さんてあまり聞かない苗字だし、この中学出身だから、調べられるかも。」
「住宅地図ですか?」
篠原が本棚を見やる。
「うん。そうだね。ちょっと大変かも。手伝ってくれる?」
「もちろんです。」
篠原は、快く頷いた。
篠原が湯呑みを片付けている間に、まひろは事務所の本棚にある住宅地図を持ってきた。図書館にあった最新のものと同じ、大きなものだ。
広げれば事務机の半分ほどではあるが、なにせページ数が多い。
まひろはそれを両手で抱えて持ってくると、「よいしょ」と応接テーブルに置いた。
「片付けと地図、役割が逆でしたね。」
給湯室から出てきた篠原が眉を下げたが、まひろは「大丈夫」と地図を開いた。
中学校の通学範囲から住所を割り出し、地道に調べていく。
調べ始めて5ページ目、まひろのマンションからほど近い場所に「百瀬」の文字を見つけた。
「あった、百瀬さん。」
「ありましたね。」
言いながら、篠原がそこに付箋を貼る。
念のため、同じ中学校区のページをすべて調べたが、「百瀬」はその一軒だけだった。
「じゃあ、あとで聞きに行こう。」
篠原は、そのページをスマートフォンのカメラで撮って頷いた。
◇
夕方。
まひろと篠原は、百瀬家を訪れていた。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、40代後半くらいの女性がドアを開けた。
まひろたちが名乗り、和夫の兄に話を聞きたいというと、女性は「お待ちくださいね」といったん中へ入り、代わりに一人の老人が玄関に現れた。
「和夫の兄は私ですが。」
「小宮探偵事務所の、小宮です。」
「篠原です。」
名刺を渡して簡単な自己紹介をする。
「私たちは、昔のつむぎ橋商店街についての調査を依頼されているのですが。」
まひろは、できるだけ怪しく聞こえないように話す。
「調べる中で、こちらの写真が見つかりました。」
篠原が、そう言ってあの古い写真を和夫兄に見せる。
まひろは続けて話した。
「ここに写っている方は、商店街の鈴本時計店の『鈴本 修』さんと、『百瀬和夫』さんだということまではわかっているのですが、こちらの鈴本さんはお亡くなりになっていて。」
和夫兄は写真を見て、頷いた。
「たしかに、これはうちの弟だ。」
まひろはちょっと眉を下げた。
「ただ、和夫さんはこの街にはいらっしゃらないと、同級生の方にお聞きしました。ご実家はここということはわかったのですが。」
「同級生ってのは、誰だね。」
和夫兄が、ぶっきらぼうに聞く。
「月福堂の沢村美智子さんです。ご結婚前は、高橋さんというお名前でした。」
ふうむ、と和夫兄は顎に手を当てた。
「その人は知らんが……修くんは、弟とよく遊んでたな。」
「修さんを、ご存知なのですか?」
まひろが聞くと、和夫兄はパタパタと手を振った。
「いや、弟の友達、っていうことくらいしか分からんよ。その人のことを知りたきゃ、和夫に聞いた方が早い。」
まひろは頷いた。
「では、この写真のことについても、和夫さんに直接お話を伺った方が良さそうですね。……和夫さんは、今どちらに?」
「水杜市のみなと総合病院だ。体調を崩しててね。行くの?」
まひろが「はい」と返事すると、和夫兄は「ちょっと待ってな」と家の中へ入っていった。
数分後、再び姿を見せた和夫兄は、電話の子機を片手に持っていた。
「あんたたち、いつ行くの?」
まひろが「どうする?」と篠原を見る。
「……今週土曜日なら伺えます。」
篠原が、スマートフォンのスケジュールを見ながら答えると、和夫兄は「土曜日だってよ」と子機に話しかける。
しばらく電話先とやり取りをしていたが、やがて「じゃ、よろしくー」と電話を切ると、まひろたちに顔を向けた。
「電話しといてやったから。土曜日はちょうど孫が見舞いに行くって言うから、案内してもらえばいい。10時に総合案内前だそうだ。」
話が早すぎる。
まひろは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になって頭を下げた。




