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『つむぎ橋商店街のあゆみ』からは、昭和49年から昭和54年の間にやはり大規模な区画整理があったこと、その再開発の反対運動の中心人物が律の祖父だったことが分かった。
しかし、あの写真と地図に関係ありそうなことは、それ以上見つからなかった。
まひろと篠原は、休憩がてら昼食をとるために、向かいの喫茶店へ向かった。
扉を開くと、カランと音がして、カウンターの中から「いらっしゃい」とマスターの声がした。
まひろと篠原は、並んでカウンター席に座る。
マスターは「日替わりふたつ?」と聞き、ふたりが頷くと、奥のキッチンに引っ込んで「ランチ2」と伝えると、すぐ出てきた。
「篠原くん、豆はちょっと前に買いに来たよな?今日はランチだけ?」
「はい。今日はお昼を用意してこなかったので。」
「へえ、珍しいね。まひろちゃんは2日に1回は来てるのに。」
水を口に含んでいたまひろがむせる。
「大丈夫ですか?」
「うん……。」
「でも、今日は早めに来てくれてよかったよ。この後事務局に顔を出さなきゃならんくてな。」
そうマスターが何気なく言った言葉に、まひろが顔を上げた。
「事務局……商店街事務局?」
「そうだが……どうした?」
マスターが不思議そうに聞き返す。
まひろは、鞄の中に入れていた『つむぎ橋商店街のあゆみ』を取り出し、奥付を開く。
そこには、「つむぎ橋商店街事務局 編」と印刷されていた。
「マスター、これ知ってる?」
本をマスターに見せる。しかしマスターは首を横に振った。
「俺は知らんなあ。随分古い本じゃないか。」
たしかに、奥付には「発行年 1985年」とある。今から40年以上前、マスターだってまだ子どものときだ。
「そう、だよね。」
ちょっと肩を落とすまひろの前に、出来上がってきたランチを置きながら、マスターは言った。
「悪いなあ。でも、昔事務局やってた人なら知ってるぞ。聞いてみるかい?」
「いいの!?」
「ああ。連絡が取れたらまた教えるよ。」
急に元気になったまひろに相好を崩しながら、マスターは篠原の前にもランチを置いた。
◇
その日の夕方、マスターから連絡があって紹介されたのは、昔事務局長をしていたという老人だった。
まひろが呼ばれて喫茶店に行くと、老人はテーブル席に座ってプリンアラモードを食べていた。
白い髭を長く伸ばして腰を曲げている姿は、仙人のよう。御年87歳だそうだが、まだまだ現役で古本屋の店番をしているらしい。
マスターはまひろにコーヒーを持ってくると、老人に大きめの声で話しかけた。
「神崎さん、この子、まひろちゃん。小宮んとこの娘さん。調べてることがあるらしいんだよ。知ってたら教えてやってくれる?」
まひろが頭をぺこりと下げると、神崎と呼ばれた老人がスプーンを置いて目を細めた。
「可愛いお嬢さんだなあ。まあ、そこに座りなさい。」
まひろが向かいの椅子に座ると、神崎は「僕はこれが好きでねえ」と言いながら、プリンアラモードの続きを食べ始めた。
まひろはコーヒーを飲みながら、神崎が食べ終わるのを待つ。
なんともいえない空気に、カウンターの中のマスターが笑いを堪えているのが、まひろの視界の隅に入った。
やがて神崎がスプーンを置いてナフキンで口元を拭くと、まひろは「あの……」と切り出した。
「あらためて、小宮まひろです。よろしくお願いします。」
名刺を差し出す。
神崎は、それを見て「ほう」と声を出した。
「探偵さんかい。あんまり可愛らしいから、大学の研究か何かかと思ったよ。」
グラスを拭きながら、何気なく聞いていたマスターが、ぶっと吹き出す。
まひろはちらりとマスターを見てから、神崎に笑顔を向けた。
「それで、この本なんですけど……。」
『つむぎ橋商店街のあゆみ』をテーブルに置く。
神崎は「ほぉ」と少し目を開くと、まひろを見た。
「これはまた、懐かしいものを見つけてきたねえ。どこで?」
「市立図書館です。奥付に、『つむぎ橋商店街事務局』とありました。神崎さんは、これが作られた当時のこと、ご存知ですか?」
まひろがゆっくり話すと、神崎はにこにこと頷いた。
「知ってるも何も。僕はこれが作られた時、事務局にいたからねえ。ま、言ってみれば、『その本を書いた人』だねえ。」
「え!?」
まひろが思わずマスターを見る。
マスターはいい笑顔でサムズアップをしていた。
まひろは、慌ててノートとペンを出して神崎に向き直る。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんです!」
神崎の話は、脱線したり繰り返したりで時間がかかったが、新たに分かったことはいくつかあった。
この本の編集時には多くの資料を調べたり、たくさんの人に話を聞きに行ったりしたこと。
反対運動はあるにはあったが、大きな衝突等はなく、比較的穏便に進んだということ。
修の話は、家族や同級生に話を聞いたこと。
そして、話をしてくれた修の同級生は、まだこの街にも住んでいるということ。
「その、鈴本さんの同級生の方には、私もお話をうかがえるでしょうか?」
「ああ、聞けるよ。」
神崎は頷いて、本の「協力者」の欄をしわしわの手で指さした。
「ほれ、この高橋美智子さんという人だ。ああ、『月福堂』の人だよ。」
「『月福堂』……もしかして、和菓子屋さんの?」
神崎は目を細めた。
「おお、よく知っとるなあ。あとでそこに嫁に行ったと聞いたよ。何という名前だったかなあ……。」
まひろは頷いた。
「大丈夫です。こちらで調べます。……すみません、そろそろお暇しなくては。」
「もう行くのかい?」
「はい。貴重なお話をありがとうございました。」
まひろが微笑んで頭を下げると、神崎はうんうんと頷いた。
「熱心なお嬢さんと話ができて、僕も嬉しかったよ。」
手を振る神崎にもう一度ぺこりとお辞儀をし、マスターにも礼を言って、まひろは喫茶店を後にした。
翌日の午前中。
まひろは、商店街にある和菓子屋「月福堂」の前に立っていた。
まさか、ここのおばあちゃんだとは。
まひろは、ちょっと笑って、入口の自動ドアをくぐった。
「あら、いらっしゃい。」
まひろに笑顔を向けたのは、莉子の祖母、沢村美智子だった。




