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篠原が司書から受け取ってきた分厚い住宅地図は、3冊。
「昭和40年度版」「昭和50年度版」「昭和60年度版」と書いてあった。
どれも古いが、特に昭和40年度版のものは表紙が少し波打ち、ページの端が茶色く色あせている。
篠原は一旦3冊とも閲覧机に置くと、昭和40年度版を手に取る。
ページを開くと、古い紙の匂いが微かにした。
「すごい……この時代、手書きなんだ。」
まひろが慎重にページをめくる篠原の横からのぞき込んで、感心した声をあげた。
「気の遠くなるような作業でしょうね。」
篠原が頷きながら、つむぎ橋周辺の地図を探す。
「……ありました。ここですね。」
そう言って指さしたところは、商店街の裏山の神社だった。
「神社の位置は、そう変わりませんからね。」
「うん。」
まひろは、箱に入っていた手描きの地図を鞄から取り出した。
手描きのほうにいくつか描かれている細い道は、この住宅地図にも描かれていた。
地図に描かれている鳥居のマークも、まひろが指摘した丁字路もほぼ一致している。
つむぎ橋商店街の、西通りから北西の地区の地図で間違いなさそうだった。
昭和40年度の地図を開いたまま、篠原は昭和50年度の住宅地図を手に取る。
そして同じ場所を探して、昭和40年度の地図と並べて置いた。
「え……?」
それを見て、まひろが目を丸くする。
昭和50年度の住宅地図は、昭和40年度同様、手書きで温かみのあるものだった。しかし、昭和40年度にあった細い道や、裏山のふもとの畑や、そのあぜ道、ところどころにあった小屋はすべて消され、そこは……空白になっていた。
それは、異様な光景としてまひろの目には映った。
「なんにもなくなってる。」
「昭和40年から50年の間に、何かがあったんですね。もう一冊も見てみましょうか。」
篠原が昭和60年度の冊子の同じところを開いて置く。
昭和60年度の地図は、もう手書きではなく、すべてきれいな活字になっていた。
そして、道路も。
「やっぱり、区画整理がされたんだね。」
隣に置いて比較すると、一目瞭然だった。
昭和40年度には細くて曲がりくねった道ばかりだったところが、昭和50年には一度全部取り払われ、さらに10年後には、まっすぐのきれいな道と整然と並んだ住宅地へと姿を変えていた。
商店街の中心部に目を向けると、大通りこそそのまま残ってはいるが、店舗の大きさや名前は随分変化している。
まひろが、昭和60年度なら知っている店があるかも、と商店街を見ていると、手描きの地図と昭和40年度の地図を見比べていた篠原が、「このあたりでしょうか。」と、裏山のふもとに指を置いた。
まひろも、篠原の持つ手描きの地図を見て頷く。
そして、新聞紙ほどの大きさの最新の住宅地図を「よいしょ」と苦労して開こうとする。
「無理して破かないでくださいね。」
篠原が苦笑しながら手を添えると、重たいページがすっと軽くなった。
「……ありがと。今の商店街でいうと、さっきの場所は、ここ?」
今度はまひろが指さす。
「そうですね。今は…沢村さんという方のお宅の裏手のようです。」
「ここに何があるのかわからないけど、見に行くならお願いしないとだね。」
篠原が頷いて、古い住宅地図を閉じ、まとめて机の端に寄せて置いた。
「では、次はこちらですね。」
まひろが見つけた『つむぎ橋商店街のあゆみ』を手に取る。
「ですが、これを二人一緒に読むのは効率が悪いので…手分けしましょうか。」
「そうだね。今見てた住宅地図のコピーもしたいし、これ返さなくちゃだし。」
まひろは古い住宅地図に目をやった。
すると、篠原が自分の財布から1枚のカードを取り出し、『つむぎ橋商店街のあゆみ』の上に重ねてまひろに差し出した。
「ではまひろさんは、このカードでこれを借りてきてください。住宅地図のほうは、私が。」
篠原はそう言うと、古い地図を3冊まとめて持ち、カウンターのほうへ歩いて行った。
まひろは、それを見送りながら1階の貸し出しカウンターへと向かった。
◇
事務所に帰ると、まひろはさっそく『つむぎ橋商店街のあゆみ』を読み始めた。
つむぎ橋商店街のはじまりから、年代順にできごとが書いてある。
その当時のお祭りの様子や、大通りに買い物客があふれている様子など、写真もたくさん載っていて興味深い。
しかし、ページをめくるまひろの手が、あるところでピタリと止まった。
「再開発……反対運動?」
思わず零れ出た声を聞きつけて、篠原が近くに来る。
「なにかありましたか?」
「うん……ここ。昭和50年頃、区画整理されてたでしょ。その時に、再開発の反対運動があったんだって。」
「それは、あるでしょうね。」
「うん。でも、見て。反対運動をしてた団体の代表者。」
まひろの指がさしたところを、篠原が読み上げる。
「『つむぎ橋商店街の今を守る会代表、鈴本 修氏』……鈴本?」
まひろを見る篠原。
まひろは、頷いた。
「これ、律くんのおじいさんじゃない?」
そこに載っている顔写真の人物は、あの古い写真で笑顔を見せていた、律の祖父その人だった。




