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「『50年後に』。これ、どういう意味だろう。」
まひろは写真の裏に書かれた文字を、もう一度ゆっくりと目で追った。
ボールペンで書かれたらしいその文字は、少し滲んでいる。
「昭和四十五年三月十日……。」
律が呟く。
「結構、昔ですよね。」
「うん。」
まひろは写真を表に返した
そこに写っているのは、「百瀬商店」という看板を掲げた店の前で笑う二人の若い男性。
そのうち一人の顔を見つめたまま、律が動きを止めた。
「どうしたの?」
まひろが尋ねる。
律は写真を指差した。
「……この人。」
少しだけ眉を寄せる。
「……じいちゃん、だと思います。」
まひろと篠原が、同時に写真を覗き込んだ。
「律くん……に似てるけど。」
「お父さんにしては、写真が古すぎますね。」
「……じいちゃんだ。」
律は、もう一度そう呟いた。
写真の中で笑っている、二十歳ほどの青年。
その目元には、たしかに今の律とよく似た面影があった。
「隣の人は、誰?」
まひろが首を傾げる。
「その人は……知らないですね。」
律も首を傾げた。
「それから、この店はどこなんでしょうね。」
篠原が言うと、まひろは口元に指を当てて「んー」と眉を寄せた。
「分からない。店の名前も、聞いたことない。」
「ここの商店街ではないのでしょうか?」
篠原も腕を組んで難しい顔をした。
まひろは写真からもう一枚の紙へ視線を移した。
テーブルの上に広げられた、古い手描きの地図。線だけで描かれた道らしきものと、バツ印がひとつ。鳥居がひとつ。
「この地図も、同じ頃のものなのかな。」
「そう考えるのが自然でしょうね。」
篠原が頷いて地図を覗き込む。
「ただ……。」
まひろが地図の上を指でなぞった。
「ここの商店街と、全然違うね。」
三人は、しばらく地図を見つめた。
二人の青年が笑顔で写る店。
いつ、どこのものか分からない地図。
「この場所、探してみる?」
まひろが聞くと、律は写真を見つめたまま、小さく頷いた。
「……お願いします。」
律が帰って行ったあと、まひろと篠原はもう一度地図と写真を見ていた。
「この地図、やっぱりこの商店街だ。」
「何故ですか?」
まひろは地図の一点を指さした。
「ここ。丁字路になってる。この先に、鳥居のマーク。似た地形のところがある。」
「確認してみましょうか。」
篠原が、本棚から住宅地図を持ってくる。
商店街の西側の外れ、鈴本時計店の近くに、たしかに丁字路があり、その北側には神社がある。
けれど、手描きの地図のほうでは、鈴本時計店のところには何もない。
その代わりに、細い道が何本か多く描かれていた。
「……違うのかな。」
まひろが呟くと、篠原は「そうとも言えませんよ」と住宅地図を指さした。
「今ある住宅地は、新しい家が多いです。昔とは街の形が違ってもおかしくありません。」
たしかに、今の住宅地図を見ると、商店街裏の住宅地は道がまっすぐで、各世帯の土地もきれいに同じくらいの面積に分けられているようだ。
「昔の地図を見たほうがいいってこと?」
「それがいいかもしれませんね。」
「そんなの、あったかな?」
まひろは、目を閉じてこめかみに指を当て、くるくるとほぐすように押した。
しかし、篠原はそんなまひろを見てこともなげに言った。
「ありますよ。古い地図。」
◇
翌朝。
小宮探偵事務所の扉に「臨時休業」の札をかけて、まひろは駅の駐車場に向かった。
ダークブルーのコペンを見つけて、小走りに近寄ると、運転席に座っていた篠原が軽く手を振っているのが見えた。
まひろは、助手席のドアを開けて乗り込む。
「おはよ。」
「おはようございます。今日は……」
「食べてきた!」
まひろが誇らしげな顔で胸を張る。
「よくできました。」
篠原はちょっと笑うと、そう言って車を出した。
つむぎ橋商店街のある綿倉駅から、車で15分ほど走る。
着いたのは、街中にありながら様々な種類の木々に囲まれた、皆川市立図書館だった。
車を駐車場に停め、森に向かって延びる階段を上ると、レンガ造りの重厚な建物が姿を現す。
森の小道をたどった先にあるのは、図書館の入口。
自動ドアが閉まると、紙とインクのかすかな匂いと、静寂に包まれた。
開館時間を少し過ぎた平日、まだ利用客は少なそうだ。
まひろと篠原は、利用案内のパネルで「郷土資料」の場所を見つけると、2階へ上がった。
図書館の2階は、入口や貸出カウンターのある1階よりも、さらに人の気配が少ない。
目指す郷土資料の棚は、すぐに見つかった。
2階には他の利用者はいないようだったが、それでも二人はひそひそと相談して、昭和40年代の住宅地図と当時の商店街の資料を、手分けして探すことにする。
「……これかな。」
しばらく書架を見てまわり、『つむぎ橋商店街のあゆみ』という背表紙を見つけたまひろは、その本に手を伸ばす。
届かない。
つま先立ちになってみるが、指先が背表紙の下の方に触れただけで、取り出すことは難しそうだ。
踏み台を持って来なければならないだろうか。
まひろが眉を寄せた時。
「これですか?」
後ろから声がした。
「え?」
まひろが振り返るより先に、まひろの顔の横から手が伸びてきて、まひろが今取ろうとしていた本を、すっと書架から抜き取った。
「あっ」
思わずその本を目で追うと、すぐ後ろに立っている篠原と目が合った。
ちょっとむっとするまひろを見て、篠原は瞬きをした。
「……違う本でしたか?」
「……ずるい。」
「え?」
「篠原、背が高い。」
ぶーぶー、と今にも言いそうな顔だ。
篠原は、ふっと吹き出した。
「それは大変申し訳ありませんでした。」
篠原はくすくす笑いながら、ちっとも申し訳なくなさそうに言い、その本を持ったまま閲覧席へ向かった。
まひろがその後をむくれながらトコトコと着いていく。
すでに机には真新しい住宅地図が1冊置かれていた。
篠原が『つむぎ橋商店街のあゆみ』を住宅地図の隣に置くと、まひろが篠原を見上げた。
「古い住宅地図は?」
「閉架図書になっていました。だいぶ古い資料なので、仕方ないですね。ですが……」
篠原は、カウンターに目を向けた。
「さっき閲覧申請を出しておいたので、そろそろだと思います。」
まひろがカウンターを見ると、ちょうど奥の部屋から女性の司書が出てくるところだった。こちらを向いて、ちょっと手を挙げている。
篠原は「受け取ってきますね」とカウンターへ向かっていった。




