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百瀬家からの帰り道。
まひろと篠原は律の家に寄り、調査の進捗状況を伝えた。
今週の土曜日に和夫に会いに行くことを伝えると、律は少し黙ったあとに言った。
「俺も、行っていいですか。」
まひろは首をかしげた。
「……私たちは構わないけど。どうして?」
「じいちゃんの友達、だったんですよね?会ってみたいです。あの写真と地図のことも、ちゃんと聞きたいです。」
「わかった。」
まひろは頷いたが、篠原が「ただ」と続けた。
「現地集合でも構いませんか?あいにく、私の車は二人乗りなので。」
すると、律はニカッと笑って言った。
「大丈夫です。水杜市ですよね。電車とバスでいけます。」
土曜日の朝。
図書館へ行った時と同じように、まひろと篠原は駅の駐車場で待ち合わせをした。
午前8時45分。
まひろが、途中で買ってきたパンをぱくつきながらカーナビを見ると、みなと総合病院までは1時間ほどかかると出ていた。
パンをこくんと飲み込んで、何気なく言う。
「結構かかるね。運転、大変?」
篠原は、前を向いたまま答える。
「そうでもないですよ。運転は好きですし。」
「そうなの?」
「そうですよ。」
車が赤信号で止まる。
「……知らなかった。」
まひろはまたパンをひと口食べた。
「聞かれませんでしたからね。」
篠原は、目だけでまひろを見てそう言うと、青になった信号を見て、アクセルを踏んだ。
たしかに、いつもの篠原よりちょっとだけ楽しそうな顔をしていると、まひろは思った。
水杜市は、大きな川に挟まれた中洲の宿場町が発展してできた街だ。
駅を出てからしばらく国道を走り、大きな橋を渡りきった先に「水杜市」の標識があった。
目指す「みなと総合病院」は、そこからさらに20分ほど走った先の市街地の中だ。
9時50分。二人はみなと総合病院の駐車場に降り立った。
明るい春の日差しが眩しい。
病院のロビーには、律が待っていた。
合流し、一緒に総合案内のカウンターに向かうと、そこに高校生くらいの男の子が立っていた。少し茶色がかった柔らかそうな黒髪は少し長めで、おとなしそうな印象を受ける。
「あの、百瀬さんのお孫さんですか?」
まひろが声をかけると、男の子はまひろを見て頷いた。
「あ、はい。百瀬瑛太です。探偵さん……ですか?」
まひろは、安心したように微笑んだ。
「はい。小宮です。よろしくお願いします。」
「助手の篠原です。」
まひろと篠原から名刺を受け取ると、瑛太は「女性の探偵さんなんですね」と感心したように言った。
そして、律に目を向ける。
「えっと、こちらも?」
「俺は、探偵じゃないです。鈴本 律です。俺も、おじいさんの話を一緒に聞きたくて。」
律は、少し硬くなりながら話す。
「律くんは、百瀬さんと一緒に古い写真に写っていた人の孫なんです。」
まひろが補足すると、瑛太は「そうなんですね」と納得した顔をした。
「祖父の病室は、こっちです。」
歩き出す瑛太についていく。
総合病院だけあってかなり広く、案内がなければ迷ってしまいそうだ。
瑛太は慣れた様子で、内科の病棟の3階の一室に入っていった。名札には、「百瀬和夫」と書いてある。
「おじいちゃん、来たよ。」
窓際で外を眺めていた老人に声をかけると、老人は瑛太を見て目を細めた。
律の祖父と同級生と考えれば、70代のはずだが、それよりも老いているように見えた。
「今日は、お客さんを連れてきたんだ。」
ベッドサイドに立った瑛太がまひろたちに目を向けると、老人はいぶかしげに三人を見た。
「どこかで、お会いしてましたかね?」
「いいえ。」
まひろは首を振って柔らかく微笑んだ。
「初めまして。小宮探偵事務所の、小宮といいます。こちらは助手の篠原と、依頼者の鈴本さんです。」
篠原と律が、それぞれちょっと頭を下げる。
老人は、「どうも、百瀬和夫と申します」と丁寧に言ってから、律に目を止めた。
「君は……?」
律は、背筋を伸ばした。
「鈴本 律です。えっと、鈴本 修の孫です。」
和夫は、目を丸くした。
「修の……?もうちょっと近くに来てくれ。」
律が瑛太の隣に並ぶと、和夫は懐かしい人を見るように、眉尻を下げた。
「おお、たしかに修とよく似てるなあ。よく来てくれたねえ。」
「会えて、嬉しいです。」
律は和夫が差し出した細い手を、両手でそっと握った。
「百瀬さん、今日、私たちはお話を伺いたくて来ました。」
頃合いを見て、まひろが切り出す。
不思議そうにしている和夫に、あの写真を見せる。
「実は……こんなものを見つけたんです。この写真のおふたりは、修さんと百瀬さんで間違いないですか?」
和夫は少しだけ目を見開くと、「ああ」と頷いた。
「懐かしいなぁ。どこにあったんだい?」
「鈴本時計店です。」
律が答える。
「工房の隣の部屋……納戸の棚にあった箱の中です。」
「そうか……。」
頷く和夫に、篠原がもう1枚の紙を差し出す。
「もうひとつ、この地図も同じ場所にありました。写真の裏に書いてある日付と地図は、関係のあるものですか?」
「そうだなあ……。」
和夫は、遠くを見るような目をして、話し始めた。
「その写真は、俺が実家を離れる時に、修と撮った写真だよ。『記念に撮ろう』ってあいつが言ってね。」
「記念?何の、記念ですか?」
まひろが尋ねる。和夫は口の端を少しあげた。
「タイムカプセルって、知ってるかな?ちょうどその年にあった大阪万博で、5000年後に開けるカプセルを埋めるっていうのがあってね。それを真似してやってみたんだよ。」
「タイムカプセル……では、この裏の日付とメッセージは…」
篠原が言うと、和夫は頷いた。
「ああ、それを埋めた日だよ。5000年後なんて無理だからね。現実的に50年にしたんだ。」
「しかし、昭和45年は1970年。その50年後は2020年。修さんが亡くなったのは、2019年……。」
篠原が、顎に手を当てて呟く。
まひろが眉を寄せた。
「それじゃ、修さんは、約束の日よりも前に…?」
和夫が目を閉じた。
「先に、逝ってしまってね。」
そして長いため息をつく。
「タイムカプセルもそのままにしてしまった。まあ、今となっては、俺もこんな身体だから、行こうと思っても難しいがね。」
病室に沈黙が落ちる。
「その……」
ずっと黙って聞いていた律が、声をあげた。
「タイムカプセルは、どこにあるんですか?」
「その地図の場所だよ。と言っても、その後に再開発があったらしいから、どうなってるか分からんけどなあ。」
「俺……それ、探してもいいですか?」
和夫が律を見つめる。
「じいちゃんも、多分、カプセル開けたかったと思うんです。でなきゃ、写真とか地図とかあんな大事にとっておかないです。」
律は和夫に向かって深く頭を下げた。
「俺に、探させてください!あなたとの約束を、じいちゃんの代わりに果たさせてください!」
「律くん……」
まひろが思わずつぶやいた時。
「僕も……」
律の隣で、瑛太が小さく言った。
「それ、僕も一緒に行っていいかな?」
「え?」
律が顔を上げて瑛太を見る。
瑛太は、穏やかな声で、しかしはっきりと言った。
「君がおじいさんの代わりに行くって言うなら、僕もおじいちゃんの代わりに行く。いいでしょ、おじいちゃん。」
和夫は、口を開けて驚いたように瑛太を見ていたが、やがて泣きそうな顔で笑って深く頷いた。
「そういうことで。律くん、だっけ?よろしくね。」
瑛太が手を差し出す。
「うん、よろしく、瑛太くん!」
律は、その手をしっかりと握った。




