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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第1話 見えない壁
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4/43

3


土曜日の午後。


まひろは探偵事務所の窓から、大通りをなんとなく見下ろしていた。


商店街は、時間に追われる平日よりのんびりした空気が流れていた。

そこを歩く人たちも、談笑したり店先に並べられた商品を見たりしながら、いつもよりゆったり歩いているように見える。


15時になった。


小宮探偵事務所の玄関の呼び鈴が鳴る。


篠原が扉を開けると、美智子とその陰に隠れるように一人の女の子が立っていた。


女の子は、沢村莉子。美智子の孫であり、まひろと篠原が様子を見ていた女の子のひとりだ。


今日は、美智子から「孫から話を直接聞いてみて欲しい」と連絡があり、そのためにふたりが来る約束になっていたのだった。


「こんにちは。」


篠原が微笑む。


美智子は柔らかく目を細めた。


「こんにちは。またお世話になります。」


その隣で、莉子は小さく会釈をする。


ポニーテールに大きめの瞳のかわいらしい子だ。

今日は制服ではなく、淡い色の半袖にジーンズのショートパンツ。

胸の前でスクールバッグをぎゅっと抱えたまま、どこか落ち着かない様子だ。バッグの持ち手に付けられた三毛猫のキーホルダーが不安げに揺れていた。


「こちらへどうぞ。」


篠原が応接スペースへ案内する。


莉子は美智子に続いてソファへ腰掛けようとして、ふと動きを止めた。


窓際で水槽を眺めていたまひろと目が合ったからだった。


「こんにちは。」


まひろが声をかけると、莉子は少しだけ戸惑ってから、小さく頭を下げた。


その様子を見た美智子が苦笑する。


「この人が探偵さんなのよ。」


莉子は目を丸くした。


「えっ。」


思わず篠原を見る。


篠原は少し照れたように笑った。


「よく間違えられます。」


まひろは静かに立ち上がると、机の引き出しから名刺入れを取り出した。

一枚抜いて、莉子へ差し出す。


「小宮です。」

「あ、はい……。」


莉子は抱えていたバッグを下ろし、両手で受け取る。


白い名刺には、


小宮探偵事務所

探偵 小宮まひろ


と書かれていた。


莉子は口を開けてまひろの顔を見て、もう一度名刺へ目を落とした。


それから、もう一度まひろを見る。


やっぱり口は開いたままだった。


「よろしくね。」


まひろは柔らかく笑った。


その横で篠原も一枚名刺を差し出す。


「篠原です。」


莉子は差し出された名刺を受け取ってまじまじと見つめた。


小宮探偵事務所

助手 篠原 慧


「助手…?」


思わず声に出して顔を上げると、篠原と目が合った。


「あ…すみません。」

「いえ。」


篠原が微笑んだ。


「本当によくあるんです。」


そこで、莉子が「あ」と気づいたように姿勢を正した。


「あの、私、沢村莉子です。」


ぺこりと頭を下げる。ポニーテールがぴょこんと揺れた。


「莉子さんですね。」


篠原がにこやかな表情のまま、莉子に尋ねる。


「何か飲みますか。」

「え、あ、はい。」


莉子が硬い表情のまま頷くと、美智子が微笑みながら、莉子の顔を覗き込んだ。


「莉子ちゃん、座ったら?」


莉子がソファに腰掛けた美智子を見下ろす。

優しい美智子の笑顔。その表情を見て、莉子は小さく頷いた。


「……オレンジジュースにしましょうか。」


篠原がそう言い残して給湯室へ向かう。まひろはその背に「私はコーヒーがいいな」と声を投げた。


「はいはい。いつものですね。」


篠原の声が給湯室から返ってくる。


美智子が、そのやり取りを見て目を細めた。


「仲がいいんですねぇ。」


まひろは少しだけ首をかしげた。


「……そうですか?」


美智子が「ええ」と頷くのを見て、まひろは少し笑った。


「まあ、長い付き合いですから。」

「そうねえ…前に私がお世話になったのは3年くらい前だったかしら?その時も一緒でしたねぇ。」


まひろがちょっと恥ずかしそうに頷く。


「はい。……あの時は、私もまだ駆け出しだったので……色々ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


美智子は穏やかな顔でゆるゆると首を振った。


「とんでもない。十分、助けていただきましたよ。」


そして、莉子を見やる。


「あの時ね、本当に助けてもらったのは、私の気持ち、心だったと思うんですよ。だから、小宮さんに話を聞いてもらったら、この子の心も、軽くなるんじゃないかと思うんです。」


まひろは、少し眉を下げた。


「私はカウンセラーじゃないので……ご期待に沿えるか分かりませんけど……。」


篠原が、飲み物を持って戻ってきた。それぞれの前にコーヒーやジュースを置きながら言う。


「それでも、誰かに聞いてもらうだけで、気持ちが楽になることもありますから。」


美智子が深く頷く。


莉子は、そんなやり取りを、じっと聞いていた。



お読みいただきありがとうございます。

感想などいただけると嬉しいです。

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