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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第1話 見えない壁
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2


どこか懐かしさを感じるチャイムの余韻が、空気に紛れていく頃。


中学校の校門から、子どもたちが一斉にあふれ出した。


友達と笑い合う子。

校舎へ忘れ物を取りに戻る子。

カバンを揺らして駆け出す子。

賑やかな声が、初夏の空へ響いている。


そこから少し離れたバス停近くの街路樹の陰で、まひろはその様子を静かに眺めていた。


篠原はまひろの隣に立ち、何も言わずにそれとなく同じ方向へ視線を向けている。


やがて、まひろが小さくつぶやいた。


「……あの子たち。」


篠原も視線を動かす。


並んで校門を出てきた二人の女の子。


一人はポニーテールの、目がクリッとした活発そうな子。

もう一人は、肩につかないくらいで真っ直ぐに切りそろえた髪の、色白の子。

カバンには、お揃いの三毛猫のキーホルダーが揺れていた。


美智子から聞いていた通りだった。


篠原がチラッと腕時計を見た。

「16時15分です。」


囁くような低い声にまひろが小さく頷く。


「行こうか。」


二人は一定の距離を保ったまま、子どもたちの後を歩き始めた。


近づきすぎず、離れすぎず。

同じ商店街を歩く人の一人として、その姿を見守る。


二人の女の子は並んで歩いていた。並んではいるけれど、その間は少し開き気味に見える。中学生女子で仲良しの友達なら、もっとくっついて歩いていてもいいようなものだ。


彼女たちは、ぽつり、ぽつりと言葉を交わしているように見えた。


けれど、目は合わない。二人とも前を向いたまま、お互いの顔を見ることはしない。


笑顔は、見られない。


「今見てる感じだと、そんなに仲良しな感じには見えないよね。」

「なんと言うか……お互いに遠慮があるようにも見えます。」


まひろがボソッとこぼすと、篠原も小さく答えた。


女の子たちが横断歩道を渡って、その先の角を曲がって行く。


姿が見えなくなる。


まひろはその後を追うように横断歩道へ一歩踏み出しかけた。


その瞬間。

「まひろさん。」

篠原が彼女のカーディガンの裾を、くっと引いた。


まひろの行こうとしていた先を、自動車が通り過ぎていく。


まひろは我に返り、信号機を見上げる。

赤だった。


まひろが振り向くと、篠原は小さく首を振った。


「まだ大丈夫です。」


……完全に見失ったわけじゃない。


まひろは少し照れたように笑った。

「ごめん。ありがと。」


信号が青へ変わる。

二人はまた静かに歩き始めた。


商店街の大通りへ出ると、歩道を歩く人が少し増えた。ちょうど夕方の買い物に出ている人、それを呼び込む店主の声で、少し辺りが賑やかになる。


パン屋の奥さんが、立て看板に描いてある美味しそうなメロンパンの絵の横に「残りわずか!」と書かれた紙を貼り付けている。


その奥さんが、女の子たちに声をかけた。


「おかえり。」


二人は足を止め、小さく返事をする。


「明日、おばあちゃんの好きなパン出すよって、伝えといて!」


奥さんがにこにことポニーテールの子に話しかける。

けれど、女の子は小さく頷いただけだった。


「気をつけて帰るんだよ。」


「はーい。」


女の子たちはまた歩き出す。


パン屋の奥さんは、小さく首をかしげてふたりを見送っていた。


まひろは、店内に戻ろうとする奥さんに声をかけた。


「こんにちは。」


奥さんは、まひろと篠原の姿を見ると、にっこりと笑った。


「あら!篠原さん、いつもありがとうございます。今日は、ふたりでお買い物?」

「まあ、そんなところです。」


篠原が頷く。


まひろは、奥さんと同じようににっこりと笑って聞いた。


「さっきの子たち、お知り合いなんですか?」

「ああ、あの子はね、『月福堂』のお孫さんとそのお友達。すごく仲良しみたいですよ。」


まひろは首をかしげた。


「そうですか?私たち、あの子たちの後ろを歩いてたんですけど、そんな風には見えなかったですよ?」


そして同意を求めるように、篠原を見る。

篠原も頷いた。


「あら、やっぱりそう思いました?」


奥さんは腰に手を当てて、首をひねった。


「たしかに、いつもならもうちょっとおしゃべりしていくし、よくくっついて笑ってるんですけどね。今日は雰囲気違ったわね。」

「ふうん……なにかあったのでしょうか。」


まひろが顎に手を当てると、奥さんは「さあねえ」とため息をついた。そして、

「ま、そういう日もあるかもしれないわね!」

と一人頷くと、「じゃ、戻りますね」とちょっと頭を下げてパン屋の店内へと入っていった。


まひろは女の子たちが去っていった方向を、じっと見つめていた。


◇


そして翌日。午後4時。


まひろと篠原は、昨日と同じ場所に立っていた。

リラックスしてバスを待っているような顔をして、けれど視線だけは中学校の校門から外さない。


やがて出てきた二人の女の子を見つけると、まひろと篠原は目配せをしあって、歩き始めた。


昨日と変わらない帰り道。


昨日と変わらない二人の距離。


変わらないはずなのに、どこか苦しそうな空気だけが、子どもたちの間を流れている。


まひろは、二人の間の空気を感じ取ったように、少しだけ眉を寄せていた。


昨日も通った横断歩道に差し掛かった時。


小さな段差で、色白の子の足が少しだけもつれた。

ポニーテールの子が反射的に手を伸ばす。

けれど、その手は途中で止まり、静かに引っ込められた。


転びかけた子もまた、何かを言いかけて口を閉じ、目をそらす。


やがて二人はそのまま歩き出した。


その間の距離は先程と変わらない。


足を止めたまひろが静かに口を開いた。


「手、伸ばしきれなかったね。」

「はい。」


篠原は隣で頷く。


まひろは、独り言のようにつぶやいた。


「でも、まだ……終わってない。」


彼女の眉から、力が抜けていた。口元がわずかに綻んでいる。


篠原はそれを見て少しだけ目を細めると、小さく頷いた。


「そうですね。」


夕暮れの風が吹き抜ける。


並んで歩く女の子たちのカバンで、三毛猫のキーホルダーが同じリズムで揺れていた。


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