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どこか懐かしさを感じるチャイムの余韻が、空気に紛れていく頃。
中学校の校門から、子どもたちが一斉にあふれ出した。
友達と笑い合う子。
校舎へ忘れ物を取りに戻る子。
カバンを揺らして駆け出す子。
賑やかな声が、初夏の空へ響いている。
そこから少し離れたバス停近くの街路樹の陰で、まひろはその様子を静かに眺めていた。
篠原はまひろの隣に立ち、何も言わずにそれとなく同じ方向へ視線を向けている。
やがて、まひろが小さくつぶやいた。
「……あの子たち。」
篠原も視線を動かす。
並んで校門を出てきた二人の女の子。
一人はポニーテールの、目がクリッとした活発そうな子。
もう一人は、肩につかないくらいで真っ直ぐに切りそろえた髪の、色白の子。
カバンには、お揃いの三毛猫のキーホルダーが揺れていた。
美智子から聞いていた通りだった。
篠原がチラッと腕時計を見た。
「16時15分です。」
囁くような低い声にまひろが小さく頷く。
「行こうか。」
二人は一定の距離を保ったまま、子どもたちの後を歩き始めた。
近づきすぎず、離れすぎず。
同じ商店街を歩く人の一人として、その姿を見守る。
二人の女の子は並んで歩いていた。並んではいるけれど、その間は少し開き気味に見える。中学生女子で仲良しの友達なら、もっとくっついて歩いていてもいいようなものだ。
彼女たちは、ぽつり、ぽつりと言葉を交わしているように見えた。
けれど、目は合わない。二人とも前を向いたまま、お互いの顔を見ることはしない。
笑顔は、見られない。
「今見てる感じだと、そんなに仲良しな感じには見えないよね。」
「なんと言うか……お互いに遠慮があるようにも見えます。」
まひろがボソッとこぼすと、篠原も小さく答えた。
女の子たちが横断歩道を渡って、その先の角を曲がって行く。
姿が見えなくなる。
まひろはその後を追うように横断歩道へ一歩踏み出しかけた。
その瞬間。
「まひろさん。」
篠原が彼女のカーディガンの裾を、くっと引いた。
まひろの行こうとしていた先を、自動車が通り過ぎていく。
まひろは我に返り、信号機を見上げる。
赤だった。
まひろが振り向くと、篠原は小さく首を振った。
「まだ大丈夫です。」
……完全に見失ったわけじゃない。
まひろは少し照れたように笑った。
「ごめん。ありがと。」
信号が青へ変わる。
二人はまた静かに歩き始めた。
商店街の大通りへ出ると、歩道を歩く人が少し増えた。ちょうど夕方の買い物に出ている人、それを呼び込む店主の声で、少し辺りが賑やかになる。
パン屋の奥さんが、立て看板に描いてある美味しそうなメロンパンの絵の横に「残りわずか!」と書かれた紙を貼り付けている。
その奥さんが、女の子たちに声をかけた。
「おかえり。」
二人は足を止め、小さく返事をする。
「明日、おばあちゃんの好きなパン出すよって、伝えといて!」
奥さんがにこにことポニーテールの子に話しかける。
けれど、女の子は小さく頷いただけだった。
「気をつけて帰るんだよ。」
「はーい。」
女の子たちはまた歩き出す。
パン屋の奥さんは、小さく首をかしげてふたりを見送っていた。
まひろは、店内に戻ろうとする奥さんに声をかけた。
「こんにちは。」
奥さんは、まひろと篠原の姿を見ると、にっこりと笑った。
「あら!篠原さん、いつもありがとうございます。今日は、ふたりでお買い物?」
「まあ、そんなところです。」
篠原が頷く。
まひろは、奥さんと同じようににっこりと笑って聞いた。
「さっきの子たち、お知り合いなんですか?」
「ああ、あの子はね、『月福堂』のお孫さんとそのお友達。すごく仲良しみたいですよ。」
まひろは首をかしげた。
「そうですか?私たち、あの子たちの後ろを歩いてたんですけど、そんな風には見えなかったですよ?」
そして同意を求めるように、篠原を見る。
篠原も頷いた。
「あら、やっぱりそう思いました?」
奥さんは腰に手を当てて、首をひねった。
「たしかに、いつもならもうちょっとおしゃべりしていくし、よくくっついて笑ってるんですけどね。今日は雰囲気違ったわね。」
「ふうん……なにかあったのでしょうか。」
まひろが顎に手を当てると、奥さんは「さあねえ」とため息をついた。そして、
「ま、そういう日もあるかもしれないわね!」
と一人頷くと、「じゃ、戻りますね」とちょっと頭を下げてパン屋の店内へと入っていった。
まひろは女の子たちが去っていった方向を、じっと見つめていた。
◇
そして翌日。午後4時。
まひろと篠原は、昨日と同じ場所に立っていた。
リラックスしてバスを待っているような顔をして、けれど視線だけは中学校の校門から外さない。
やがて出てきた二人の女の子を見つけると、まひろと篠原は目配せをしあって、歩き始めた。
昨日と変わらない帰り道。
昨日と変わらない二人の距離。
変わらないはずなのに、どこか苦しそうな空気だけが、子どもたちの間を流れている。
まひろは、二人の間の空気を感じ取ったように、少しだけ眉を寄せていた。
昨日も通った横断歩道に差し掛かった時。
小さな段差で、色白の子の足が少しだけもつれた。
ポニーテールの子が反射的に手を伸ばす。
けれど、その手は途中で止まり、静かに引っ込められた。
転びかけた子もまた、何かを言いかけて口を閉じ、目をそらす。
やがて二人はそのまま歩き出した。
その間の距離は先程と変わらない。
足を止めたまひろが静かに口を開いた。
「手、伸ばしきれなかったね。」
「はい。」
篠原は隣で頷く。
まひろは、独り言のようにつぶやいた。
「でも、まだ……終わってない。」
彼女の眉から、力が抜けていた。口元がわずかに綻んでいる。
篠原はそれを見て少しだけ目を細めると、小さく頷いた。
「そうですね。」
夕暮れの風が吹き抜ける。
並んで歩く女の子たちのカバンで、三毛猫のキーホルダーが同じリズムで揺れていた。
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