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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第6話 甘い秘密
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4


恵美から再びメールが届いたのは、次の土曜日の夕方だった。


「拓也さんがこれから出かけるらしいよ。」


「つけますか?」


「うん。どこに行くかは教えてくれないって。友人と食事って言ってるらしいよ。」


篠原の顔が少し緊張する。


「それは怪しいですね。今、拓也さんはどこに?」


「ちょっと待ってね」とまひろは恵美にメールを送る。返信はすぐに来た。


「まだコムギベーカリーにいるって。」


「出かけるのは徒歩でしょうか、車でしょうか。」


「どっちかなあ……。 両方で追えるようにしようか。」


まひろがにこっと笑う。


篠原は、カローラの鍵を取り出しながら頷いた。


「では、車の用意をしておきます。」


「お願い。連絡取り合おう。」


まひろはコートを羽織ると、事務所の玄関から出た。


外階段を降りて街灯に照らされた大通りを渡ると、細い路地を通ってもう一本向こうの道に出た。

一般の客はまず通らない、大通りに面した店舗の裏手にあたる道で、各店舗の駐車場や商店街の事務局がある。

大通りに比べて街灯が少ないので、あたりは薄暗く、身を隠して張り込むには好都合だ。


まひろはスマートフォンをポケットから取り出して時間を確認した。午後5時30分。コムギベーカリーの営業終了時刻だ。


出したついでに、篠原に電話をする。


『はい。』


「準備できたよ。」


『こちらもいつでも行けます。事務所は閉めておきました。』


「ありがと。」


2月の夜はやはり寒い。まひろは手に温かい息をはきかけた。


ややあって、イヤホンから心配そうな篠原の声が聞こえた。


『……寒いですか?』


「うん、寒い。」


『すみません。』


「なんで謝るの?」


まひろはふふっと笑った。


「篠原がこっち来ちゃったら、誰が運転するの?」


まひろは、自他共に認めるペーパードライバーだ。


「あとで、あったかいものちょうだい。」


『了解です。』


その後は、特に会話らしい会話もせずに待つ。


コムギベーカリーの裏口から拓也が姿を現したのは、午後5時50分だった。


「来たよ。」


まひろが鋭く囁く。


拓也は裏口に停めてある車には乗らず、まひろに背を向けて西側へ歩いていく。


まひろが少し離れてついて行くと、拓也はつむぎ橋のすぐ側にあるコインパーキングに入って行った。

暗くて見えにくいが、その奥の方の枠の、黒い車に乗り込んだようだ。


「篠原、車まわして。つむぎ橋パーキング。」


『はい。』


すぐに返事があった。


「どっちに行くかまだ分からないから、とりあえず大通り待機で。」


『了解しました。』


そのまま電柱の陰から見ていると、先日女性と出かけていたのと同じ黒いファミリーカーが、パーキングから出てきた。


ウインカーを出して大通り方面に曲がっていく。


「大通りの方に行った。角で待ってて。すぐ行く。」


まひろは拓也の車を見ながら早足で歩いた。


その車がつむぎ橋方面へ曲がったのを見てから、走る。


大通りの入口付近には、白いカローラが停まっていた。まひろが乗ってドアを閉めると、篠原がすぐに発進させる。


車の中は暖かく、まひろはほうっと息をついた。


「お疲れ様です。」


「うん。帰りにラーメン食べよ。」


まひろが両手にはあっと息をかけながら言うと、篠原は「もちろんです」と神妙な顔で頷いた。


拓也の車は、住宅街を抜けると先日も走った幹線道路へ出た。


「こないだの人の家に行くのかな?」


「……だとしたら、だいぶクロに近づきますが……。」


篠原が少し眉を寄せる。


「でもさ、家の中に入られちゃうと、決定的な証拠にならないんだよねえ…。泊まってくれればいいのに。」


「まあ、そうですが。」


「でも、それだと徹夜になっちゃうね。」


まひろがちょっと嫌そうな顔をしたとき、拓也の車が交差点を曲がっていった。


「あれ?」


カーシートに深く座っていたまひろが少し身を乗り出す。


「前に曲がったところより、近いですね。」


篠原が言って、同じように交差点を曲がる。


「相手の家に行かないのかな?ほんとに友人と食事?」


「どうでしょうね。」


拓也の車は、コンビニの向こう側にあるパン屋の駐車場に入った。


それを確認すると、篠原はコンビニの駐車場の隅の方に車を停めた。


今度はふたりで降りて、徒歩で拓也の車が入ったパン屋へ向かう。


暗い駐車場に停められた車には、拓也の姿はもうなかった。


パン屋の建物に目を向けて、まひろと篠原は顔を見合わせる。


「この中かな?」


まひろがごく小さな声で言うと、篠原も「おそらく」と囁き返した。


正面は電気がついておらず、人気がない。ふたりは一旦駐車場から出て、敷地の外の道路沿いに店舗の裏に回った。


店の裏側は、白いワイヤーフェンスで囲まれているが、フェンスと建物の距離はさほどない。


「電気、ついてる……。」


カーテンの閉まった窓から、明かりが漏れている。

その中には人影も見えた。


まひろと篠原は頷き合うと、その窓にそっと近づいた。


男性と女性の話し声がする。

窓越しなので、何を言っているのかはあまり聞き取れない。


しばらくそこで聞き耳をたてて、ところどころ聞き取れたのは、「すごい、滑らかでツヤがありますね。」「うん、綺麗だ。」という拓也の声と、「すごい!上手です……!」という女性の声。


ふたりはそっとその場を離れ、フェンスの角を曲がって、裏口らしき扉が見えるところまで戻った。


「……。」


「……。」


なんとも言えない顔を見合わせる。


「音声は?」


「撮りました。」


「寒いし、出てくるところ撮ったら帰ろっか。」


「……そうですね。」


しばらく身を寄せ合いながら暗い道の隅で待っていると、笑顔の拓也が扉から出て来た。

その後ろには、あの女性も見える。

まひろは、何枚か写真を撮った。


「本当に、ありがとうございました。」


紙袋を抱えた拓也が嬉しそうに言う。


「いえ、お役に立てて良かったです。どうだったか、聞かせてくださいね。」


「もちろんです!またご連絡します。では。」


女性が扉を閉め、拓也がその場を離れて駐車場の方へ歩く。


まひろたちは、拓也の車を見送ってから、車を停めたコンビニに向かって歩き始めた。


「……ラーメン、食べに行こうか。」


「もちろんです。」


篠原は、やはり神妙な顔で頷いた。







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