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恵美から再びメールが届いたのは、次の土曜日の夕方だった。
「拓也さんがこれから出かけるらしいよ。」
「つけますか?」
「うん。どこに行くかは教えてくれないって。友人と食事って言ってるらしいよ。」
篠原の顔が少し緊張する。
「それは怪しいですね。今、拓也さんはどこに?」
「ちょっと待ってね」とまひろは恵美にメールを送る。返信はすぐに来た。
「まだコムギベーカリーにいるって。」
「出かけるのは徒歩でしょうか、車でしょうか。」
「どっちかなあ……。 両方で追えるようにしようか。」
まひろがにこっと笑う。
篠原は、カローラの鍵を取り出しながら頷いた。
「では、車の用意をしておきます。」
「お願い。連絡取り合おう。」
まひろはコートを羽織ると、事務所の玄関から出た。
外階段を降りて街灯に照らされた大通りを渡ると、細い路地を通ってもう一本向こうの道に出た。
一般の客はまず通らない、大通りに面した店舗の裏手にあたる道で、各店舗の駐車場や商店街の事務局がある。
大通りに比べて街灯が少ないので、あたりは薄暗く、身を隠して張り込むには好都合だ。
まひろはスマートフォンをポケットから取り出して時間を確認した。午後5時30分。コムギベーカリーの営業終了時刻だ。
出したついでに、篠原に電話をする。
『はい。』
「準備できたよ。」
『こちらもいつでも行けます。事務所は閉めておきました。』
「ありがと。」
2月の夜はやはり寒い。まひろは手に温かい息をはきかけた。
ややあって、イヤホンから心配そうな篠原の声が聞こえた。
『……寒いですか?』
「うん、寒い。」
『すみません。』
「なんで謝るの?」
まひろはふふっと笑った。
「篠原がこっち来ちゃったら、誰が運転するの?」
まひろは、自他共に認めるペーパードライバーだ。
「あとで、あったかいものちょうだい。」
『了解です。』
その後は、特に会話らしい会話もせずに待つ。
コムギベーカリーの裏口から拓也が姿を現したのは、午後5時50分だった。
「来たよ。」
まひろが鋭く囁く。
拓也は裏口に停めてある車には乗らず、まひろに背を向けて西側へ歩いていく。
まひろが少し離れてついて行くと、拓也はつむぎ橋のすぐ側にあるコインパーキングに入って行った。
暗くて見えにくいが、その奥の方の枠の、黒い車に乗り込んだようだ。
「篠原、車まわして。つむぎ橋パーキング。」
『はい。』
すぐに返事があった。
「どっちに行くかまだ分からないから、とりあえず大通り待機で。」
『了解しました。』
そのまま電柱の陰から見ていると、先日女性と出かけていたのと同じ黒いファミリーカーが、パーキングから出てきた。
ウインカーを出して大通り方面に曲がっていく。
「大通りの方に行った。角で待ってて。すぐ行く。」
まひろは拓也の車を見ながら早足で歩いた。
その車がつむぎ橋方面へ曲がったのを見てから、走る。
大通りの入口付近には、白いカローラが停まっていた。まひろが乗ってドアを閉めると、篠原がすぐに発進させる。
車の中は暖かく、まひろはほうっと息をついた。
「お疲れ様です。」
「うん。帰りにラーメン食べよ。」
まひろが両手にはあっと息をかけながら言うと、篠原は「もちろんです」と神妙な顔で頷いた。
拓也の車は、住宅街を抜けると先日も走った幹線道路へ出た。
「こないだの人の家に行くのかな?」
「……だとしたら、だいぶクロに近づきますが……。」
篠原が少し眉を寄せる。
「でもさ、家の中に入られちゃうと、決定的な証拠にならないんだよねえ…。泊まってくれればいいのに。」
「まあ、そうですが。」
「でも、それだと徹夜になっちゃうね。」
まひろがちょっと嫌そうな顔をしたとき、拓也の車が交差点を曲がっていった。
「あれ?」
カーシートに深く座っていたまひろが少し身を乗り出す。
「前に曲がったところより、近いですね。」
篠原が言って、同じように交差点を曲がる。
「相手の家に行かないのかな?ほんとに友人と食事?」
「どうでしょうね。」
拓也の車は、コンビニの向こう側にあるパン屋の駐車場に入った。
それを確認すると、篠原はコンビニの駐車場の隅の方に車を停めた。
今度はふたりで降りて、徒歩で拓也の車が入ったパン屋へ向かう。
暗い駐車場に停められた車には、拓也の姿はもうなかった。
パン屋の建物に目を向けて、まひろと篠原は顔を見合わせる。
「この中かな?」
まひろがごく小さな声で言うと、篠原も「おそらく」と囁き返した。
正面は電気がついておらず、人気がない。ふたりは一旦駐車場から出て、敷地の外の道路沿いに店舗の裏に回った。
店の裏側は、白いワイヤーフェンスで囲まれているが、フェンスと建物の距離はさほどない。
「電気、ついてる……。」
カーテンの閉まった窓から、明かりが漏れている。
その中には人影も見えた。
まひろと篠原は頷き合うと、その窓にそっと近づいた。
男性と女性の話し声がする。
窓越しなので、何を言っているのかはあまり聞き取れない。
しばらくそこで聞き耳をたてて、ところどころ聞き取れたのは、「すごい、滑らかでツヤがありますね。」「うん、綺麗だ。」という拓也の声と、「すごい!上手です……!」という女性の声。
ふたりはそっとその場を離れ、フェンスの角を曲がって、裏口らしき扉が見えるところまで戻った。
「……。」
「……。」
なんとも言えない顔を見合わせる。
「音声は?」
「撮りました。」
「寒いし、出てくるところ撮ったら帰ろっか。」
「……そうですね。」
しばらく身を寄せ合いながら暗い道の隅で待っていると、笑顔の拓也が扉から出て来た。
その後ろには、あの女性も見える。
まひろは、何枚か写真を撮った。
「本当に、ありがとうございました。」
紙袋を抱えた拓也が嬉しそうに言う。
「いえ、お役に立てて良かったです。どうだったか、聞かせてくださいね。」
「もちろんです!またご連絡します。では。」
女性が扉を閉め、拓也がその場を離れて駐車場の方へ歩く。
まひろたちは、拓也の車を見送ってから、車を停めたコンビニに向かって歩き始めた。
「……ラーメン、食べに行こうか。」
「もちろんです。」
篠原は、やはり神妙な顔で頷いた。




