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本編に戻ります。
探偵事務所の定休日であるその日、まひろは商店街に買い物に来ていた。
2月に入り、1年でいちばん寒い時期。
今日も橋の上の風は冷たかったが、まひろは意外とそのキンと冷えた空気が嫌いではなかった。
橋を渡り切り、「焼き菓子 よつば」に立ち寄る。今日のおやつに、なにか買っていこうと考えたのだ。
入り口のドアが、リリン、と可愛らしい音を立てると、カウンターにいた美咲が笑顔を見せた。
「小宮さん!こんにちは!」
「こんにちは。」
まひろも自然に笑顔になる。
どれにしようか、とまひろがショーケースを見ていると、美咲がにこやかに尋ねた。
「今は、チョコのお菓子がおすすめですよ。」
「そうなんですね。」
「はい。バレンタインの時期ですからね。」
まひろは数度まばたきをした。
「バレンタイン……。」
「はい。」
美咲は笑顔のまま頷いたが、まひろの様子を見て首をかしげた。
「どうかしました?」
「忘れてた。でも、関係ないし……。」
たいして重要ではない、といった雰囲気のまひろに、美咲が慌てた顔をした。
「え?あれ?でも、篠原さんは……?」
「え?篠原?」
「え?」
「え?」
二人で驚いた顔を見合わせる。
やがて、気を取り直した美咲が、口を開く。
「えっと、小宮さんは、篠原さんにチョコ渡さないんですか?」
まひろは首をかしげた。
「渡さないですけど……?」
美咲は顎に手を当てると、「これは聞いてもいいやつなのかな……?」と小さくつぶやいた。
少しの間、考えていたが、やがて真剣な顔をしてまひろを見た。
「あの、お節介だったらごめんなさい。小宮さん、篠原さんととても仲がいいように見えるんですけど……お付き合いしているわけでは、ないんですか?」
まひろは首を振った。
「全然。」
美咲は、そのあっさりとした回答に少なからずショックを受けたようだったが、すぐに立ち直った。
「……そうなんですね。でも、ですよ。バレンタインっていうのは、最近はお世話になってる方に、なにか贈り物をするっていうふうに変わってきてるんです。」
そこで、美咲はカウンターからちょっと身を乗り出す。
「小宮さんも、普段一緒にお仕事されてる篠原さんに、お菓子でも差し上げたらどうでしょう?」
美咲の目が、きらきらと輝いている。
まひろは美咲の言葉を頭の中で反芻した。
「お世話になってる」というのなら、かなりなっている。
まひろは、そういうことなら確かになにか贈った方がいいかな、と考えて、こくんと頷いた。
美咲は、どうしてだかとても喜んで、色々なチョコ菓子をまひろと一緒に選んでくれたのだった。
◇
翌日は2月14日。
まひろは、美咲が綺麗にラッピングしてくれたお菓子の包みを鞄に入れて探偵事務所のドアを開けた。
「おはようございます。」
いつものように給湯室から顔を覗かせる篠原に挨拶を返し、スリッパに履き替える。
コートとマフラーを脱いで掛けていると、篠原がコーヒーを事務机に置きに来た。
「朝ごはんは?」
やはりいつものように聞かれ、まひろは腰に手を当てて胸を張った。
「食べてきた!」
篠原の目がちょっと大きくなる。
「珍しいですね。熱でもあるんですか?」
「ないよ。酷いなあ、もう。」
まひろが軽く睨むと、篠原はふふっと笑った。
「すみません、でも、急にどうしたんですか?なにかありました?」
「うん、いつもお世話になってるから、たまにはちゃんとしようって思って。」
「へえ、偉いですね。」
眉をあげる篠原。
まひろは気を良くして、鞄からお菓子の包みを取り出した。
にこっと笑ってそれを篠原に差し出す。
「はい。どうぞ。」
篠原は何度か瞬きをした。
「え?」
ピンクの包みが、焦げ茶色のリボンで飾られている。
「Happy Valentine!」と書いてある金色のシールには、四葉のクローバーが描かれていた。
「いつもお世話になってるから。チョコどうぞ。」
チョコ、と言われて、篠原は合点がいったというように頷いた。
「ああ、今日はバレンタインでしたね。……いただいていいんですか?」
「うん。どうぞ。いつもありがと。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
篠原が微笑んで両手で包みを受け取る。
まひろが満足そうに頷いたとき。
……事務所の電話が鳴った。
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