↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第5話 心の灯火
PR
25/40

2

翌朝。


まひろが眠い目をこすりながらリビングに入ると、誠人がキッチンに立っていた。


「……おはよ。」


「お!起きたか、ねぼすけ!」


まひろはグラスを手に取ると、水を汲んでひとくち飲んだ。


「……今日は、休み。」


「まあいいけどな。」


誠人は、焼けた食パンを2枚トースターから取り出して、既にオムレツとサラダが乗っている皿に乗せた。


それを両手に持って、ダイニングテーブルへ運ぶ。


まひろはインスタントコーヒーを2杯作って、テーブルに置いた。


「いっただきまっす!」


「……いただきます。」


向かい合わせに座り、食べ始める。


トーストにバターを塗りながら、ふと誠人が聞いた。


「…いつも、ちゃんと朝飯食ってるか?」


フォークを持ったまひろの手が、一瞬止まった。


「……たべてる」


オムレツを小さく切って口へ運ぶ。


「ほんとか~?」


まひろは誠人から目をそらしながらオムレツを飲み込んだ。


「嘘はいかんぞ、嘘は。」


「たべてる」


嘘では、ない。

たしかに家では食べていないが、事務所に行けば、大体パンを食べさせられる。


まひろはそう考えて小さく頷くと、フォークを置いてコーヒーを手に取った。


ふうっと息を吹きかけて一口飲んだところで、誠人がにやりと笑った。


「……なるほど、慧か。」


まひろがむせた。


ひとしきり咳き込んで、「なんで…」と呟く。


誠人は頬杖をつき、生暖かい目でまひろを見ている。


「なんでも何も、ガキの頃から朝はいつもギリギリだったじゃねぇか。毎日、香織にせかされてたやつが、社会人になったからって、急に自分で朝飯食って行けるようにはならんだろ。」


まひろは、誠人を軽く睨んだ。


「お父さんだって、お母さんに怒られてた。」


「……そうだったか?」


「靴下、いつも脱ぎっぱなしで。」


誠人は、肩をすくめてとぼけたような顔をすると、トーストを一口かじった。


「忘れちまったな…そんなの。」


それきり、何も言わなかった。


まひろは、小さく息をついてリビングの棚の上を見やった。


まひろの母が、写真立ての中で8年前と変わらず、穏やかに微笑んでいた。




◇



昼食を軽く済ませた後、誠人が洗い物をしているまひろに言った。


「散歩にでも行くか!」


「行ってらっしゃい。」


誠人がカウンターに両手をかける。


「いやいやいや、一緒に行こうぜ~?」


まひろは水を止め、タオルを手に取った。


不思議そうな顔をしている。


「…なんで?」


「なんで、って、そりゃ…」


誠人は困ったように頬をかいた。


「…なんとなく?」


まひろは小さく息をつくと、手を拭いていたタオルを戻した。


「…いいよ。晩ごはんの買い物したいし。」


「よし、決まりだな」と誠人は満足そうに頷いた。




冬の空は、どこまでも高く透き通るような青だった。


穏やかな日差しが降り注ぎ、歩いていると背中がぽかぽかしてくる。


二人は、何か話をするでもなく並んで歩き、つむぎ橋を渡った。


橋を渡りきるころ、商店街のほうから小さくクリスマスソングが聞こえてきた。


「そういえばさ。」


まひろが口を開く。


「なんで帰ってきたの?」


「お前…その言い方、パパ傷ついちゃうぞ?」


誠人が大げさに胸を押さえると、まひろは首を振った。


「そうじゃなくて。理由、聞いてるの。」


「ああ、そういうことか。」


誠人は両手をコートのポケットに入れて、楽しそうに言った。


「そりゃあ、あれだ。クリスマス休暇だよ。あっちは日本と違うからな。休め休めって、みんなうるせぇんだ。」


まひろはそんな誠人を横目で見ながら、


「そう。」


とだけ言った。


去年や一昨年は、クリスマス休暇はなかったのか。


その言葉は、ついにまひろの口からは出てこなかった。




美容院の前を通り過ぎた、その隣の「焼き菓子 よつば」を通りかかったとき、


「小宮さん!」


テイクアウトカウンターから呼びかけられて、まひろと誠人は足を止めた。


見ると、小窓を開けた美咲が小さく手を振っている。


「こんにちは!お買い物ですか?」


まひろは、にこやかに頷いた。


美咲は、まひろの隣の誠人に気が付くと、ちょっと頭を下げる。


誠人も「どうも」と笑顔を返してまひろをつついた。


「知り合い?」


「うん。」


まひろが短く答えていると、美咲が「あっ」と手を打って、小窓からマドレーヌを二つ差し出してきた。


「小宮さん、これ、よかったら。」


まひろが近づいて「ありがとう。」と受け取ると、美咲は嬉しそうに微笑んだ。


「新作なんです。柚子風味。お嫌いじゃなかったら、召し上がってみてください。」


「へえ、美味そうだな。新しくできた店?」


いつの間にか誠人がまひろのすぐ後ろに来ていた。


「あ、はい。まだ1か月も経ってないんです。あの…?」


美咲が戸惑ったようにまひろを見る。


その視線を受けてまひろが何か言うより早く、誠人が美咲に笑いかけた。


「どうも、小宮誠人です。まひろの父です。娘がお世話になってます。」


それを聞いて、美咲が安堵したように微笑む。


「お父様でしたか。私、森といいます。まひろさんには、すごく助けていただいたんです。感謝してもしきれないです。」


「まひろが…?」


誠人が驚いたように見ると、まひろはすっと目をそらした。


「たいしたこと、してない。」


顔が、ちょっと赤い。


誠人は目を細めると、まひろの頭にぽんと手を置いた。


「お役に立てたのならよかった。今後とも、よろしくお願いします。」


そのまま、美咲に頭を下げる。


恐縮してあわあわしている美咲に笑顔で手を振り、誠人は歩き出した。


まひろも美咲に「また。」と言い残し、マドレーヌを鞄に入れてから慌てて後を追いかける。


まひろが小走りで誠人に並び、


「私、子どもじゃないんだけど。」


と文句を言うと、誠人はちらりとまひろを見て、「そうかもな。」と肩を揺らして笑った。



◇



「コーヒーでも飲んでいくか。」


と誠人が言ったので、二人は事務所の向かいの喫茶店に向かった。


扉を開けると、カラン、と聞きなれたベルの音が響く。


平日の昼下がり、客はいない。


マスターが音を聞きつけて「いらっしゃい…」と顔を出して、ぴたりと動きを止めた。


「…誠人か!?」


「よお、洋平!」


誠人が片手を軽く挙げて呼ぶと、マスターはバタバタとカウンターの中から出てきて、誠人の肩をばしばしと叩いた。


「お前!久しぶりだなあ!帰ってきたのか!」


誠人は苦笑しながら「いてててて」と言い、けれど、マスターの好きにさせている。


まひろが誠人の後ろから顔をのぞかせると、マスターは「おや」と目を見張った。


「まひろちゃんも一緒だったのか。」


そして、二人を交互に見て嬉しそうに笑った。


「そうか、今日は奢るよ。ゆっくりしてってくれ。」



喫茶店のマスターは、誠人の古い友人だ。


二人の話は、近況から子供のころのいたずらの話まで、尽きることはなかった。


まひろは、話に加わるでもなく、コーヒーを飲みながら二人の声を聞いていた。


誠人が楽しそうに笑いながら話しているのを聞くのは、嫌いではなかった。




夕方になり、ほかの客がぽつぽつ入り始めた頃。


「そろそろ帰るよ」


誠人が立ち上がりながら言うと、マスターが「誠人」と低く呼びかけた。


「ん?」


誠人が振り返ると、マスターはいつもの調子で、


「いや、また、後で来てくれ。」


そう言って、注文を取りに行った。


まひろはその様子に少し首をかしげたが、「行くぞ」と誠人に声をかけられて、そのあとを追いかけた。


ベルの音に見送られて、喫茶店を出る。


「じゃあ、買い物…。」


と誠人に言いかけて、まひろは言葉をのんだ。


誠人は、さっきまでの笑顔が嘘のように、厳しい目で遠くを見つめていた。


まるで、そこにいる見えない敵を、視線で射殺そうとするかのような。


「…お父さん?」


「ん?」


まひろが思わず呼びかけると、誠人はすぐに笑って振り向いた。


いつもの笑顔。


「ううん。なんでも、ない。」


まひろは、知らず知らず、肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめていた。



◇



その日の夜。


まひろが作ったハンバーグを、誠人は嬉しそうに平らげた。


「娘が作ったメシを美味いと思う日が来るなんてなあ…」と、褒めているのかどうかよく分からないことを言いながら。


皿をふたりで片付けながら、誠人が何気ない様子で言った。


「俺、この後、出かけてくるわ。」


まひろは、チラリと隣に立つ誠人を見た。


いつもと変わらないように見える。


けれど、あの喫茶店を出た時の表情は。


「また、後できてくれ」と言ったマスターの顔がまひろの頭をチラつく。


「……私も、」


言いかけたまひろの頭に手を置いて、誠人はふっと笑った。


「子どもは、早く寝るんだよ。」


「……子どもじゃないってば!」


むくれるまひろに手を振りながら、誠人はわははと笑った。


「悪い悪い!でもお前、明日仕事だろ?寝坊するぞ?」


「う……。」


まひろは仕方なく引き下がった。


皿を洗い終わると、誠人はコートを引っ掛けて、「じゃあな」と出かけて行った。


まひろは釈然としない気持ちを抱えたまま、風呂に入った。


髪を乾かしてリビングに戻ると、母の写真が目に入った。


穏やかな笑顔に吸い寄せられるように近づいて、


「お母さん……。」


写真の前でぽつりとつぶやく。


「……お父さん、こんな人だった……?」



お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。