1
十二月に入ると、商店街の街灯や街路樹に、無数の小さなライトを取り付ける作業が始まる。
つむぎ橋商店街では、その日は十二月の最初の月曜日と決まっていた。
通り沿いの店舗のみんなが総出で作業に当たる。
「まひろさん、ライト、取ってください。」
脚立の上の篠原が手を下に伸ばすと、そのすぐ下にいたまひろは、ライトがついたコードの先を持ってぴょんと跳ねた。
届かない。
篠原はちょっと吹き出すと、2段ほどステップを降りてまひろからコードを受け取った。
「ありがとうございます。」
礼を言って見ると、淡いピンクのマフラーを巻いたまひろが、ちょっとむっとした顔をしている。
「……笑った。」
「笑ってませんよ。」
篠原は、サラッと噓をついてまたステップを上っていった。
商店街では、店舗ごとに担当の街灯と街路樹が決まっていて、そこの作業が終われば各自解散という決まりになっている。
まひろと篠原は、探偵事務所の大家でもある階下の不動産屋の老夫婦の分を手伝ってから、事務所に戻った。
まひろがエアコンのスイッチを入れ、篠原が温かいコーヒーを淹れるために給湯室へ入っていったとき。
まひろのスマートフォンがチリン、と鳴った。
ポケットから取り出して見たまひろが、目を見開
く。
画面を見たまま、思わず声を上げる。
「……篠原。」
「はい?」
篠原が、やかんを置いて給湯室から顔を出すと、まひろはまだマフラーを巻いたまま、信じられないといった顔で呟いた。
「お父さんが……帰ってくるって……」
「……え?先生が?」
篠原の動きも止まった。
◇
小宮探偵事務所は、元々、まひろの父が始めた事業だった。
篠原も、もとはアルバイトから父の助手になった身だ。
その父は3年前に長期の海外出張に出てからこれまで、一度も帰ってきたことはなかったのだが。
その日。
小宮探偵事務所では、いつも通りの時間が流れていた。
まひろが水槽の魚に餌をやり、篠原が資料をコピーする。
まひろが報告書をまとめていれば、篠原がコーヒーを淹れて、四葉のクローバーの焼き印がついた焼き菓子と一緒に持ってくる。
穏やかな午後。
突然、玄関の扉が勢いよく開いた。
「たっだいまー!」
満面の笑顔を浮かべ、細身のスーツを着こなした壮年の男性が、事務所に入ってくる。
彼は、勝手にスリッパを出して履き替えると、軽い足取りで応接スペースの奥の、まひろたちがいる事務机までやってきた。
「まひろ、慧、元気だったか?久しぶりだなあ!お土産、いっぱい買ってきたぞ!」
そして手に持った大きな紙袋を床に置くと、掌に乗るくらいの箱を取り出した。
「これ、チョコなんだけどさ、すっげえ美味いんだよ!まひろ、甘いの好きだろ?」
箱を差し出されたまひろは、持っていたコーヒーカップを静かに置くと、静かに言った。
「……お父さん。」
「ノックくらい、してください。」
篠原がため息混じりにあとを続ける。
壮年の男性……小宮誠人は、キョトンとしてまひろと篠原の顔を見比べた。
そして、嬉しそうに口の端をニヤリと持ち上げた。
「なんだ、お前たち、仲良しだなあ!」
誠人は、それからずっと喋っていた。
まひろと篠原をからかい、お土産を披露し、コーヒーの味を褒め、海外での住居の愚痴を吐き、仕事で訪れた場所の景色の話をし、日本の空港の快適さを語った。
まひろと篠原は、誠人の勢いに圧倒されながらも、久しぶりの3人での会話を楽しんだ。
「お父さん。」
不意に、まひろが言った。
「晩ごはん、どうする?」
誠人は腕時計を見た。
「ああ、もうこんな時間か。」
外はもう暗くなっていた。
「そうだな……なんか美味いものでも食べに行くか!」
誠人はそう言うと、立ち上がって腰を伸ばし、ソファに座っている篠原を見た。
「慧、一緒に行くだろ?」
「そうですね、行きましょうか。」
篠原も立ち上がり、コーヒーカップを片付け始める。
まひろもそれを手伝いながら、ふと視線を感じて振り向いた。
真顔の誠人と目が合う。
「……なに?」
誠人は、ふいと横を向いた。
「いや、なんでもねぇよ。」
まひろは、首を傾げて片付けを再開した。
いつもありがとうございます。
リアクションの顔文字、入れていただけると励みになります。




