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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第4話 幸せの四つ葉
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4

翌日、午前10時。


いつもの喫茶店のカウンター席。


「本当に、やるんですか?」


喫茶店のカウンター席で、美咲が小さく尋ねる。


まひろは隣の席で頷いた。


「ええ。」


マスターが笑いながら紙袋を持ち上げる。


「感想が欲しいんだろ?だったら、うちのお客さんにも食べてもらえばいい。」


「そうですよね……ありがとうございます。」


美咲は頭を下げた。


しばらくして、コーヒーを注文したお客さんへ、マスターが小さなマドレーヌを添える。


「今日はサービス。」


「お、ありがとうございます。」


客は何気なく包装を開け、一口食べる。


「おいしいですね。」


「コーヒーによく合う。」


そんな声が聞こえてくる。


美咲は少しだけ表情を緩めた。


けれど。


「……でも。」


すぐに沈んだ表情になり、ぽつりとつぶやく。


「マスターのお店のお客さんですから。……悪いことは言わないですよね。」


まひろは何も言わなかった。


その後、何組かの客からも同じようにマドレーヌを褒める声が聞こえてきたが、美咲の表情は晴れなかった。


まひろはそんな美咲を見ていたが、やがて小さく頷いた。


「じゃあ。」


美咲が顔を上げる。


「外、行きましょう。」



◇



昼下がりの商店街の一角。


小さな机の上に、焼き菓子を並べる。


『試食できます。お気軽にどうぞ。』


手書きの小さな紙を添えた。


立ち止まる人は多くなかった。


それでも、一人、また一人と焼き菓子を手に取っていく。


買い物帰りのおばあさん。


仕事の途中らしい男性。


親子連れ。


高校生。


誰も、そこに立つ美咲のことは知らない。


ただ、小さな焼き菓子を口へ運ぶ。


「……あら。」


おばあさんが笑う。


「これ、おじいちゃんにも食べさせてあげたいねぇ。」




スーツ姿の男性がもう一つ手に取って聞く。


「これ、どこで買えるんですか?」


はにかんで、続ける。


「こういうの、彼女が好きなんで。」




親子連れの男の子が、手に取ったと思ったらもう半分食べ終わっていた。


「お母さんも食べて。」


男の子は、母親の口に押し付けるようにお菓子を差し出す。


母親がそのまま一口食べて「美味しい」と微笑むと、


「でしょ。」


男の子も嬉しそうに笑った。



その様子を見ていた美咲は、小さく息をのむ。


両手で、口を覆う。


「……笑ってくれた。」


ぽろり、と涙がこぼれる。


まひろは何も言わず、ただ、美咲と同じ景色を微笑んで見ていた。



しばらくして、美咲は涙を拭き、もう一度商店街を見つめる。


あちこちで、笑顔が生まれていた。


口元を綻ばせてお菓子の袋を大事そうに鞄へしまう人。


「また食べたいね。」と話す親子。


「開店したら来ます。」と笑う女性。



小さな幸せは、ここにあった。



まひろは美咲を振り返る。


美咲はゆっくり頷いた。


「……私、できてたんですね。」


その声は、とても穏やかだった。


「はい。」


まひろは、嬉しそうに笑った。



◇




夕方。


あたりは暗くなり始めていた。


美咲は、住宅街の入口まで送って来たまひろと篠原に何度も頭を下げ、大事そうに試作品の入っていた箱を抱えた。


箱は、空になっていた。


「本当に、ありがとうございました。」


「こちらこそ。」


まひろが笑う。


「あの……。」


美咲が、箱の中から一枚のショップカードを取り出した。


「開店したら、来てください。」


まひろが受け取る。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

焼き菓子 よつ葉

小さな幸せが見つかりますように。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


「いい名前。」


まひろがカードを見つめて言うと、美咲は少し照れながら笑った。


「四つ葉のクローバーって、探さないと見つからないでしょう?でも、最初からそこにちゃんとあるんです。」


空の箱に目を落として、続ける。


「小さな幸せも、そうなのかなって。」


まひろが頷いた。


「開店、楽しみにしてます。」


美咲は嬉しそうに笑った。


その笑顔は、初めて会った日の柔らかな笑顔とは少し違っていた。


高く澄んだ秋の空のような笑顔だった。


「はい。」


小さく、でも力強く頷く。


「頑張ります。」


そう言うと、美咲は何度も振り返りながら住宅街の中へと歩いていった。


これからまた家で試作をしてみるのだと言う。


けれど、今日の試作は、昨日までのそれとは違うのだろう。


まひろは美咲の後ろ姿を見送る。


やがて、小さく息をついた。


「よかった。」


ぽつりと漏れた声だった。


「そうですね。」


隣で篠原が静かに頷く。


「戻ろっか。」


「はい。」


二人は振り返り、つむぎ橋を事務所に向かって歩き始めた。


ここ数日で、朝晩の空気の冷たさは一段と増している。


日はすっかり落ちて、昼間の暖かさが嘘のようだった。


不意に川風が吹きつける。


「寒っ。」


まひろが思わず肩をすくめた。


篠原はそんなまひろを見て、自分の首元へ手をやる。


「また忘れたんですか。」


そう言って、マフラーを外した。


「使ってください。」


まひろは少しだけそのマフラーを見つめる。


以前、借りるのを断って寒かったことを思い出す。


少しだけ考えて。


「……ありがと。」


そう言って、素直に受け取った。


篠原は「どういたしまして」と微笑んだ。


まひろはマフラーをぐるぐると巻いた。


まだ篠原の体温が少しだけ残っている。


「……あったかい。」


嬉しそうにつぶやく。


心までふわっと軽くなるような暖かさだった。


「風邪をひかれると困りますから。」


篠原が前を向いたまま穏やかに言う。


まひろは少し笑って、


「うん。」


とだけ返した。



二人は並んで橋を渡る。


川の上を渡る風は冷たかった。


けれど、まひろは、大きなマフラーに顔半分まで埋まりながらニコニコしている。



冬が、もうすぐそこまで来ていた。



いつもありがとうございます。


評価、ブックマークよろしくお願いします。


第五話「心の灯火」は明日21:30投稿予定です。

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