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数日後。
昼下がりの商店街。
まひろと篠原は、コムギベーカリーでパンを買っていた。
「そうそう。」
パンを袋に詰めながら、おばさんが嬉しそうに声を掛ける。
「最近ね、例の時計屋さん、窓が開いてるのよ。」
まひろは顔を上げた。
「そうなんですか。」
「この前なんて、高校生の息子さんが外で掃除しててねぇ。」
おばさんは、ほっとしたように笑う。
「やっぱり、人がいるっていいわね。」
まひろも、つられるように微笑んだ。
「……うん。」
店を出ると、二人は時計屋まで足をのばした。
時計屋の窓は開け放たれ、秋のさわやかな風が白いレースのカーテンを揺らしていた。
蔦はそのまま残っていたが、店先の花壇の雑草は綺麗になくなっている。
建物は相変わらず古いが、どこか小綺麗になった印象だ。大切に扱われている骨董品のような雰囲気を感じる。
まひろたちが建物を見上げていると、その2階の窓の近くで人影が動いた。
律だ。
律は部屋の奥に向かって、なにか話しかけている。笑ったのか、その肩が楽しそうに揺れた。
それを見て、まひろも嬉しそうに頬を緩めた。
「良かったね。」
篠原も、小さく頷いた。
「ええ。」
もう、ここをお化け屋敷と呼ぶ人はいなくなるだろう。
古い時計屋の時間は、たしかに、再び動き始めていた。
◇
次の日の午後。
小宮探偵事務所。
玄関の呼び鈴が鳴る。
「こんにちはー!」
「お邪魔します。」
元気いっぱいの声とともに、莉子と結衣が入ってきた。
「あ、莉子ちゃん、結衣ちゃん。」
まひろが水槽の前で振り向いて立ち上がった。
「まひろさん!」
莉子は大きな封筒を抱えてまひろに駆け寄った。
「文化祭のチラシできました!」
嬉しそうな莉子に釣られるように、まひろも笑顔になる。
莉子は、封筒の中から1枚のチラシを出してまひろの目の前に広げた。
「お化け屋敷、絶対来てくださいね!」
「行かない。」
即答だった。
莉子が固まる。一瞬の後、
「えーーーーーっ!?」
事務所中に響く声。
「どうしてですか!?」
まひろは莉子の持つチラシから視線をそらした。
「……人、多いし。」
「そんな理由ですか!?」
「……うん。」
「結構怖くて楽しいと思いますよ?」
結衣も勧めるが、まひろは真顔で答えた。
「うん、無理。」
そのやり取りを聞いていた篠原は、小さく咳払いをして給湯室へ入っていく。
扉が閉まってすぐ。
「……っ、ふふっ……。」
笑いを堪える声が聞こえた。いや、堪えられていない。
まひろが給湯室へ向かって言う。
「篠原。」
一拍置く。
「聞こえてる。」
給湯室の向こうで、笑い声がぴたりと止まる。
やがて篠原が、何事もなかったような顔で戻ってきた。
「……失礼しました。」
けれど、口元はまだ緩んだままだ。
莉子が「お化け屋敷」のおどろおどろしいチラシを見つめて呟いた。
「……面白いのになぁ。」
結衣が、莉子の後ろからまひろを覗き込む。
「……やっぱり、ダメですか?」
まひろは少しだけ考えて、
「……考えとく。」
と言った。
莉子の顔がぱっと明るくなる。
「ほんとですか!?」
「考えるだけ。」
「えーーーーーっ!」
今度は事務所中に笑い声が広がった。
水槽の中では、小さな魚たちが相変わらずゆったりと泳いでいた。
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