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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第3話 止まった時間
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4

足音が止まった。


部屋の扉が、ゆっくりと開く。


懐中電灯の光が部屋を照らした。


その光をまともに顔に受けたまひろが


「ひゃっ!」


と小さく声を上げて両手で顔を覆う。


それとほぼ同時に、


「ぅわあっ!」


部屋に入ってきた人物も驚いた声を上げた。


その拍子に一歩後ろへ下がり、そのまま尻もちをつく。

何かがガチャンと音を立てて転がった。


篠原も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに自分の懐中電灯を点けた。


「驚かせてしまって、すみません。」


ゆっくりと相手に近づくと、その一歩手前で膝をつき、一旦懐中電灯を床に置く。

そして胸ポケットから名刺入れを取り出し、一枚差し出した。


「小宮探偵事務所の篠原です。」


暗くて相手の顔はよく分からないが、どうやら若い男性のように見えた。まだ状況が飲み込めない様子だが、差し出された名刺をそっと手に取る。


「……探偵?」


その言葉で、まひろもようやく我に返る。


「ごめんなさい。私たち、この建物を調べに来たんです。」


まひろも駆け寄って名刺を差し出した。


「小宮探偵事務所の小宮まひろです。」


入ってきた人物は懐中電灯を置き、ゆっくり立ち上がって、まひろの名刺も受け取る。


彼からは警戒しているような空気が感じられる。


けれど、逃げる様子はなかった。


それを見て、篠原も立ち上がり、まひろの半歩ほど後ろに下がる。


「……鈴本律です。」


彼は短く名乗る。


「鈴本……。」


まひろと篠原は小さく顔を見合わせた。


「この時計屋さんの……。」


「孫です。」


律が答えた。


部屋に静けさが戻る。


少しだけ間が流れたあと、律が動いた。


「明かり、つけますね。」


懐中電灯を拾って、尻もちをついた時に放り出されていたランタンを探し、それも拾った。入り口近くにあった机に置いて灯りをともす。


部屋に暖かい光が広がった。


律は、高校生くらいの年齢に見えた。

グレーのスウェットの上下を着ている。

髪は短く、意志の強そうな太めの眉が印象的だ。


律は、ランタンの明かりで、先程受け取った名刺を見ていた。


「…………助手?……こっちが探偵……?」


と小さく呟いているのが聞こえる。


まひろが遠慮がちに口を開いた。


「ここ、お化けが出るって噂になっててね。」


律が顔をあげる。


「……。」


黙って聞いている。

まひろは続けた。


「昨日、私たちも外から窓に人影が映るのを見たの。」


律は少し困ったように目を伏せた。


「それ……多分、俺です。」


まひろはほっとしたように「そう」と微笑むと、少し首をかしげた。


「毎日来てるの?」


「……最近は。」


律は目を伏せたまま、それだけ答える。


まひろは、小さく頷いた。


「どうして?」


律はそこでまた顔を上げて、工房をぐるりと見回した。


作業机。


棚。


工具。


本棚。


その視線は、どこか懐かしいものを見るようだった。


「父さんが、この店を売るって言ったんです。」


静かな声だった。


「もう誰も使わないし、このまま置いておくだけじゃ維持費ばかりかかるからって。」


そこで小さくため息をつく。


「それで、久しぶりに工房へ入ったら……。」


律は少し苦笑した。


「埃だらけで。」


ちょっと困ったように笑って続ける。


「じいちゃん、掃除にはうるさかったから。……だから、掃除しようと思いました。掃除して、本を読んで……。それだけです。」



しばらく誰も口を開かない。


静かな工房に、三人の呼吸だけが聞こえる。


まひろは作業台の前に立ち、部屋をゆっくりと見回した。


引き出しがきちんと収められた棚。


背の高さの順に並べられた本。


磨かれた工具。


掃除された床。


新しい布。



そして律へ視線を戻す。


「律くん。」


律が顔を上げる。


「この工房。」


まひろは微笑んで続けた。


「ちゃんと守られてるね。」


律は一瞬、言葉の意味が分からないような表情をした。


「俺、掃除してるだけです。」


「ううん。」


まひろは首を横に振る。


「掃除も、本を読むことも。ここを大事に思ってるからできること。」


まひろは、きちんと綺麗に片付けられている作業台に優しく触れる。


「私は、そう思う。」


律は、作業台にそっと置かれたまひろの手を見つめた。


「……守ってた……俺が……?」


小さく呟く。


「そっか……。」


工房をぐるりと見回す。


「俺……守りたかったんだ……。」


そして、それきり、視線を落として何かを考え込むように黙りこくる。


そんな律の様子をじっと見ていた篠原が、ゆっくりと問いかけた。


「……ひとつ、お聞きしてもいいでしょうか。」


「あ、はい。」


律が篠原へ顔を向ける。


篠原は、先程布がかけられていたトレーを見て言った。


「このトレーだけは、机の上に出してありました。……何故ですか?」


律も、トレーに目を向ける。


「掃除してる時に、途中まで分解されてた時計を見つけて。」


そして、どこか痛いところでもあるかのように、少しだけ眉を寄せた。


「じいちゃん、ここで倒れたんです。この時計を直してるときに。」


そう話しながら、作業台へ近づく。


「じいちゃんが亡くなったあと、父さんに付いてここへ来たんです。その時、この時計はそのまま置いてあって。……でも、じいちゃんは時計の天敵は埃だって言ってたから……俺、そこら辺にあった布をかけといたんです。」


律は、先程、篠原が見ていた布を両手で広げた。


「ずっと忘れてたんですけど。最近、また来た時に、思い出して……掃除のついでに新しい布にしたんです。」


その布をトレーの上に、そっと掛ける。


「いつか、俺がこの続きを直したいんです。」


その声は小さい。


けれど、ランタンの揺れる灯りに照らされた工房に、不思議とよく響いた。




お読みいただきありがとうございます。

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