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小宮探偵事務所の日常  作者: 蒼 小夜
第2話 さがしもの
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12/41

5


翌日の午前中。


見上げれば、深い青。今日も暑くなりそうだ。


まひろと篠原は、学習塾の前に戻ってきていた。


学習塾の中には、動く人影がいくつも見える。夏休みで、勉強している塾生がいるのだろう。


もう一度、講師に話を聞こうかと思っていたが、邪魔になってはいけない。あきらめて、二人は神社へと足を向けた。



学習塾のある通りの奥には、廃業した時計屋があるだけで、そこから先は民家と空き地が続いていた。


二人は、植え込みの陰や停めてある車の下をのぞきながら、進んでいく。


緩くカーブした通りを進むと、民家の陰から商店街の裏山が顔を出す。


そのふもとには神社の駐車場、裏山の入口には石造りの鳥居が見えた。


鳥居からは、山の中へ向かって階段が延びている。


「猫、いなかったね。」


階段を見上げながら、まひろが言った。


「昼間ですし、どこかに隠れているのかもしれないですね。」


「ここには、いるかな?」


「行ってみましょうか。」


篠原が階段に足をかける。まひろも続いた。



林に囲まれた石の階段を数段上ると、心なしか空気がしっとりと落ち着いたように感じられた。


神社の境内へ続く階段は、20段ほどだ。


二人がそれを半分ほど上った時だった。


まひろの目が階段の上で何かが動くのを捉えた。


「…猫…!」


篠原も顔を上げて、眼鏡を掛けなおす。


「…いましたね。」


階段の上には、小さな三毛猫が座って、興味津々といった様子でこちらを見ていた。


首輪は…していない。


「ネネちゃん?」


まひろが呼びかけてみるが、子猫は動かない。


近づいてみようと、まひろがまた階段を上りかけたとき。


「まひろさん…!」


篠原がまひろの鞄を引いた。


「?」


振り返る。


まひろたちのさっきまでいた鳥居の下を篠原が指さしている。


その先には。


「…猫…」


階段の上にいるのとそっくりの三毛の子猫。


思わず、篠原を見上げる。


「…首輪、してますね。」


篠原は、子猫から目を離さずに囁いた。


まひろは、赤い首輪をしている子猫にもう一度目を向ける。


「しっぽ、白い…。ネネちゃん?」


「ほぼ、間違いないでしょう。」


篠原が囁くように言う。


まひろが階段の上に目を向けると、先ほどの子猫の隣には、母猫らしき大きな三毛猫が座っていた。


みゃん、と聞こえた気がしてまた振り返ると、ネネが階段を上ってきていた。

神社の石段は、子猫には一段一段が高すぎる。


けれど、ネネは懸命に上る。


ただ、階段の上だけを見て。


ネネが目の前を通って行っても、まひろたちは動かなかった。


動けなかった。



けれど、ネネが階段の上にたどり着く前に。


母猫が、もう一匹の子猫を促して、境内の奥へと歩いて行ってしまった。


みゃん、とネネが鳴く。


しかし、母猫は振り返らない。


ネネがついに階段の上にたどり着く。


まひろも、そっとその後を追う。


母猫と子猫の姿は、もう見えなかった。


ネネは、境内の奥を見つめたまま、何度か鳴いた。


そのまま途方に暮れたように立ち尽くすネネを、まひろがそっと抱き上げる。


「ネネちゃん……お母さんを探してたの?」


ネネは三毛猫の親子が去っていった境内の奥をまだ見つめている。


まひろはネネを抱き直した。

まひろの腕に、小さなネネがすっぽりと収まる。


ネネとまひろの目が合う。


まひろは少しだけ痛む胸を無視して微笑んだ。


「ネネちゃん……おうちに、帰ろう?」


ネネは、最後にひとつ、みゃ、と鳴くと、それきりおとなしくまひろに抱かれていた。



◇



「ネネちゃん…!」


まひろが抱いている、痩せて薄汚れた子猫を見た途端、紗奈の目から涙があふれた。


安心したのだろう、市川家まで歩いてくる間に眠ってしまったネネを、まひろが紗奈にそっと渡す。


真由美も、ハンカチで目を押さえながら、なんどもまひろたちにお礼を言った。


やがて落ち着いた真由美が、恥ずかしそうにスリッパを出した。


「すみません、気づかなくて…。よろしかったら、上がっていってください。」


まひろたちは、市川家のリビングのソファへと案内された。


紗奈は、ネネを寝かしてくる、と言って、奥の部屋へ入っていった。


「本当に、なんてお礼を言ったらいいのか…。」


冷たい麦茶とお菓子を運んできた真由美は、心から嬉しそうにしている。


けれど、まひろはどこか浮かない顔をしていた。


篠原に「所長」と小さく囁かれて、慌てて笑顔を作る。


「あ、いえ…。」


その様子に、真由美が怪訝そうな顔をした。


「ネネのことで、何かあったんですか?」


まひろは、篠原をちらりと見る。


篠原は、小さく頷いた。


「実は…。」


まひろは、先ほどの神社で見たことを、真由美に話した。


ひと通りまひろの話を聞くと、真由美は言いにくそうに切り出した。


「じゃあ、その猫は、ネネの母親かもしれない、ということですか?ネネは、母猫を探して、あちこち歩き回っていた……?」


まひろはゆるゆると首を振った。


「分かりません。ですが、その可能性はあります。」


真由美は、紗奈が入っていった部屋をちらりと見た。


「……ネネを拾ってきたのは、紗奈なんです。もしかしたら、近くに母猫がいない時に連れてきてしまったのかもしれないですね…。」


そして、ため息をついたまま、黙ってしまった。


「それでも……。」


しばらくして、まひろがぽつりと言った。


「今、ネネちゃんには、居なくなったことを心配して、戻ってきたことを喜んでくれる家族がいます。」


真由美が顔をあげる。


「今のネネちゃんのおうちは、ここです。」


真由美は、答えなかった。


しばらくハンカチで目を押さえ、やがて小さく息をつく。


そしてハンカチを目から離すと、微笑んで言った。


「ありがとうございます。あの子を……幸せにしてあげないといけないですね。」


まひろも、微笑んで大きく頷いた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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