奇跡、羽搏き、短距離走。
まだ雨の降る中、三人は巨竜に立ち向かう。理性的では無いとはいえ、神と崇められる事も有る龍との戦闘で、未だ誰も死ぬどころか重症すら負っていないと云う奇跡。その奇跡を支えているのは、長年の経験値を貯め込んだ長命で強靭な冒険者でも、目的の為に手段を選ばず、常に冷静に戦況を見る精神性を持つ転移者でも無く、出来ない事はあまり無いと自信満々に宣言する様な、天真爛漫で可憐な女性であった。
「……確かこんな感じだったわね……。」新しい作戦を遂行する為に各々が散開し走りながら、彼女は呟く。成功の為の可能性を少しでも上げる為に、先程観察し、密かに検証していた事を実践に移す。
「エリちゃん……何かやろうとしてる?」セラは彼女の様子から察し、何が起こってもフォローが出来る位置に方向転換する。
「……さて陽動と言ってもどうしたものか。」そう呟き、痺れが収まった両手を握っては開き動作を確認しながらユピーに真っすぐ向かう。
「武器……もう無いしなぁ。勢いで大口叩く物じゃないね。」先程のやり取りでの命の恐怖を誤魔化す為に独り言ち、生命の書を開き、スキルタブから使えそうな物を探す。新たな記述を示す感嘆符と既存の記述を素早く一読する。
「……とりあえず言い出しっぺなんだから、やれるだけはやらないとね。」新たな記述に一瞬目を見張るも、既に眼前には巨竜が迫っていた。
真っすぐ此方に向かってくる人間を目視し、雷轟龍ユピーは忌々しげに睨み付ける。この人間には右手を傷つけられ、あまつさえ自らの角へ攻撃を加えて来たのだ。鎖を生み出す人間、ちょろちょろと動き回る鬱陶しい人間よりも、遥かに気に入らない存在だった。
しかし、踏み潰そうにも傷が付き、打ち抜こうにも邪魔をされる。となればどうするか、その答えは行動に現れた。
「……まさか此処まで来て飛ぶのか!?」ユピーの二枚の大翼が動き出し、その巨体を徐々に宙へ浮かべて行く。
「……角狙ってるのがバレた?届かない位置まで飛ばれたら打つ手が無い。今度こそ終わりになる。」焦り、一層速度を上げ飛び立とうとしているユピーに近づく。
このままでは間に合わないと走りながら、止めるための策を考える。
「……情けないが仕方がない。エリッ!」言うが早いか、既に射程圏内にユピーを収めていた彼女はアンカーチェーンを二枚の大翼に絡みつける。そして彼女はその場でしゃがみ込んだ。
クラウチングスタートの体勢を取りユピーに狙いを定める。
パンッ!と号砲が鳴ったかの様に、飛び出す。彼女の細い脚が爆発的な加速を生み、大翼に絡ませた鎖をコース代わりにユピーに向かい疾走して行く。
「……エリちゃん!?」カバーの為に近寄っていたセラが驚愕の顔で叫ぶ。その声は彼女に届いたのか、セラを一瞥し鎖を蹴って宙に身を投げ出した。




