痛み、平和、来訪者。
「お尻が……。」馬車に責められ早一日と半日、硬い座席と揺れに臀部が限界を訴えていた。馬車から見える、森や風に揺れる草原を見て、気を紛らわせるのも限界であった。姿勢を変えようと立ち上がろうとした時、御者が荷台に声を掛けてきた。
「次の川辺で最後の休憩をとりまさぁ。」
今だけは御者の声が天上の調べのように聞こえた。
「助かった……。」馬車から降り、責められ続けた臀部の痛みが引くまで川辺で一人、立ち竦んでいた。
「全くこの程度で痛がってちゃダメでしょ!これから先馬車なんて山程乗るんだから慣れなさい!」手厳しく告げる彼女に恨めしい視線を向けるも、それも一理あると納得し身体を休める。
「もう少しで到着するみたいだし我慢するよ。」徐々に痛みが収まったが、馬車が走り出せばまたすぐにでも痛むだろうと感じながら覚悟を決める。
「それにしても、ここまで何にも起きなくて詰まらないわね。」彼女は変わらない道行きに飽きたのかそんな事を言った。
どの口がそれを言うんだと、本日二度目の視線を送り、応える。
「安全に越したこと無いでしょ。この辺りは野盗の類も少ないらしいし。」ここまでの道程で事典での語学勉強に勤しみ、乗客の会話から得た情報だった。交易都市や、王都周辺などは定期的に国軍が巡回し、野盗の類は少ないとの事だった。国軍の目の届かない辺境には多いらしいが、今の所そういった事件は皆無で実に、平和な行軍だった。お尻以外は。
川辺での小休止の最中、錬金術師の街の方向、穏やかな草原続きの街道の先に、武装し、乗馬した集団が此方へ近づいてくる。
「……変なこと言うから。」呟き、彼女見ると興味津々といった顔つきでその集団を観察していた。
「トラブルね!」楽しそうな所悪いが、本当に野盗だったらまずいので彼女に隠れておくように指示を出す。
「御者は在るか!」乗馬した集団の中でも、一等上質な毛並みの馬に跨ったリーダーらしき男が、御者の老人を呼びつけた。
「我等は国軍所属の警邏隊である!この先のローディアにて大量殺人が有ったと聞く。スラム街の事とは言え、調査せぬ訳にいかぬ。其の方らローディアから来たと見える。改めさせて貰うがよいな?」そう言うと御者を始め、野盗かと思い馬車に急ぎ乗り込んだ乗客らを、順番に見分して行く。
「次、お前だ降りてこい。」自分の順番が周ってきて、指示通りに馬車から降りる。
「聞いていた人相とは明らかに違うな。成人して間もない位の年齢であろうが、男であれば問題ない。探してるのは、美人の若い女だからな。」そう言うと馬車に戻され暫くの後、すべての乗客の見分が終わった。
「……問題は無いようだな。御者よ、手間取らせたな。もう行ってよい、街まではもうすぐだが気を付けろよ。撤収!」隊長が告げると一斉に数十名の隊員たちは自らの馬に騎乗し、馬車が来た道を通って走り去っていった。
「ハラハラしたわね!」突然の来訪者を備に観察し、満足そうな彼女を窘める。
「……もう少しだから大人しくしてなね。」馬車は動き出し、進む。乗客一人一人の目的地にゆっくりと、しかし確実に歩みを進めて行った。
更なる馬車の責めに耐え抜き、錬金術師の街“ソーマリヲン”に辿り着いた。




