“何か”があった朝
食事を楽しんだ後、店主に礼と部屋の鍵を返し、馬車を探しに街に繰り出す。
大通りでは、早朝ならではの、其処に住む人々の生活の慌ただしさが感じられた。
忙しそうに人々が行き交っているが、元の世界の通勤ラッシュより、人間味が有って好感が持てた。此処の人々は生きている。素直にそう感じた。
生命の書の地図を開き、乗り合い馬車の待合所までの道を確認する。
錬金術の街へは馬車で二日ほど、道中の為に食料をいくつか買っておこうと、頭の片隅にメモを取りつつ歩く。
「おい。聞いたか?」待合所までの間に食品を取り扱っている露店を見つけた為、事典片手に、果物などそのまま食べられる食材を選んでいると、不意にそんな声が聞こえてきた。
「外れのスラムで殺しが有ったってよ……。それも一人や二人じゃきかねぇ、血の海だってよ。」男達の会話に聞き耳を立てつつ、選んだ果物を竹籠に入れてもらい料金の受け渡しを行う。
「生き残りによると犯人は、顔の良い女で剣やら鈍器やらで暴れまわったって話だ……。しばらくあの辺りには近づくんじゃねぇぞ。」そこまで聞ければ充分だと思い、露店から離れる。
「大量殺人だって。やっぱり物騒だね、この街。」人込みから離れ、再び歩き出すと彼女が話しかけてくる。
「そうだね。こんな野蛮な街さっさとお暇しよう。」返答をすると今までより少し早く歩く。
「顔の良い女って云うのは気になるけどね。……きっと可愛いと思うわ!」彼女はそう呟くと誰かを思い出したのか、うっとりとしていた。
「結構、朝早いのに割と人がいるね。」待合所に到着し、馬車を待っている人々を眺め、呟く。
「そりゃこの辺りで一番大きい交易都市ですもの。向かう用事は、いくらでもあるでしょう」確かにその通りだなと思った。馬車を待つ人には商人風であったり、子連れ、冒険者など多種多様な、装いの人が今か今かと馬車を待ちわびていた。
それから暫くの後、錬金術の街行きの乗り合い馬車が到着し、待ち兼ねた人々が、御者に我先にと銅貨を握らせ、荷台へと乗り込んでいく。 乗り遅れるのが怖かったので、目の前にいた冒険者と思われる人物の後に続いて御者に銅貨を渡し、席が6割ほど埋まった馬車に乗り込み、空いてる席を確保して果物籠を膝に抱え込んだ。
「それじゃ……出発しますんで……。」年老いた御者はそうボソボソ呟くと、手綱を引き馬車を走らせた。
ようやくこの街ともお別れだ。たった一日しか滞在しなかったのに、随分とこの街が、嫌いになっていた。
一台の馬車が人達を乗せ走る。様々な思いを乗せ、後ろに在る街が見えなくなるまで、今暫くの時間を要するのだった。




