スラム、地獄、決意。
二度目の役目を全うしたドアを横目に、崩れかけた入口を通り外へ出る。一歩外に出ると、そこはスラム街の様だった。通りには物乞いが座り込み、路地裏では娼婦が嬌声を上げ、遠くの道端では野良犬が息絶えたのであろう老人を貪っていた。
元の世界とはあまりにも違う光景に、腹の奥から酸っぱい物が上がってくるのを必死で堪える。
「大丈夫?顔色悪いよ?」彼女が気遣って声を掛けてくれるが、涙目で頷くのが精一杯だった。
「これからこんな世界で生きていくのか……?」湧き上がる嫌悪感に身を震わせながら歩き出す。兎に角ここから一刻も早く離れたい。そんな思いで通りを進んでいく。
細くなった通りを抜けると、道の先に大きな通りが見えてきた。どうやら大通りから見ると路地を抜けた先にスラム街が在ったらしい。
スラム街を抜けようと、目視した大通りに向かってやや早歩きで進むと、近くの路地に面した空き地の様な場所から声が聞こえた。
「◈▣⌬⟐◉⫶⌇◫!ꙮ⸸⌬⋔⫷⟟⌖⟐!!!」声のする方へ眼を向けると、スラムの人間であろう襤褸布に身を包んだ男が笑いながら、年端も行かない男の子から何かをひったくる様に奪い、蹴り飛ばして走り去っていった。
その出来事を見て呆然と立ち尽くしていると手の甲が振動し我に返り、蹴り飛ばされた男の子に駆け寄る。
「大丈夫!?」傍にしゃがみ込み男の子を抱きかかえた瞬間、脳裏に過ぎる嫌な記憶。「……あの時と同じじゃないか……。」激しくなる動悸に気を取られるも、男の子が咳き込み、そちらに意識を戻す。「何とかしないと……。」男の子を抱え走りだそうとすると小さな声で男の子が呟いた。
「⟊⋉⟡⌬⫷⋔」
すぐさま生命の書にアクセスし言語から翻訳を見るとそこには、“お腹が空いた”とただ一言書いてあった。
生命の書に向けていた目を男の子に戻すと、その子は、自分の腕の中で長い長い眠りに就いていた。
「……軽い……。」何も出来なかった無力感に包まれながら呟く。首を動かして視線を路地の抜けた先に向けると、大通りではそれなりに多い人々が、赤い夕陽に照らされ笑顔で歩いている姿が目に付いた。たった数メートル離れただけなのに、目に映る光景は、また違う異世界の様に見えた。
「此処は命も、何もかもが軽い……」通り一つ隔てた地獄で立ち竦み、生命の書に翻訳されていた男の子を蹴り殺した男の言葉“この世は弱肉強食”を見つめ、今まで堪えていた物を辺りに撒き散らしながら、ドス黒い決意を固める。
「……力が無いと護れない……。」その言葉に"力"はなく、だがはっきりとした意志が宿っていた。
夕日が二つの世界を等しく染める、目に映る光は血のように赤かった。




