第九話 魔王 ――比叡山炎上
第九話 魔王 ――比叡山炎上
山は、静かだった。
京の北東――比叡山。
そこは、長きにわたり守られてきた聖域。
僧たちが祈り、
民が信仰を寄せる場所。
だが今、その山は――
戦の中にあった。
織田信長の前に立ちはだかる者たち。
浅井、朝倉、そして――
延暦寺。
武装した僧兵たちは、
敵に味方し、信長に刃を向けていた。
「退け」
信長は命じる。
何度も。
だが――
山は沈黙したままだった。
「ならば――」
信長は、静かに言う。
「焼け」
火が放たれる。
乾いた木々に、炎が走る。
一瞬で広がる。
逃げ場はない。
叫び声が、山に響く。
それは、地獄だった。
祈りの場所が、炎に包まれる。
聖域が、崩れ落ちる。
家臣の中にも、動揺が走る。
「ここまで、なさるのか……」
誰もが思う。
越えてはならぬ一線。
だが――
信長は、揺るがない。
「敵は、敵だ」
その一言に、すべてが込められていた。
僧であろうと、
民であろうと、
刃を向けるならば――
例外はない。
炎は、夜を赤く染める。
その光は、京からも見えた。
人々は震える。
「あれが……織田信長か」
「鬼だ……」
やがて、名が生まれる。
――第六天魔王。
仏の教えをも焼き払う者。
恐れと畏怖が、その名に宿る。
だが――
信長は、それを否定しない。
むしろ、受け入れる。
夜。
燃え尽きた山を前に、信長は立つ。
炎は消え、
残るのは灰と静寂。
「これでいい」
誰にともなく呟く。
守るために、壊す。
進むために、切り捨てる。
それが、この男の選んだ道だった。
風が吹く。
灰を巻き上げながら。
その風は、冷たかった。
人は言う。
英雄か。
それとも――魔王か。
だが、その答えを決めるのは、
まだ先のこと。
ただ一つ、確かなことがある。
この日を境に、
織田信長は
完全に“別の存在”となった。




