第29話『可愛いなこいつ』
「――れーくん! 聞いて聞いて!」
俺がリビングで勉強をしている朝、エマは俺の名前を叫んで隣の席に座ってくる。
朝から元気だなと思っていると、
「お姉ちゃんに教えてもらったんだけど、この辺りで今週末に夏祭りがあるんでしょ? アタシ、地元の祭りしか行ったことないから、行ってみたいなーって。ダメ?」
「今週末か……」
俺はスマホのカレンダーアプリで予定を見てみるが、何にもない。良いだろう。行くか。
「良いぞ。予定ないし」
「やったー! ありがとれーくん!」
そんなに喜ぶのかよ……と思ってしまうくらい明るい笑顔だ。そんなエマの笑顔を見て、俺も少しだけ笑ってしまう。
――それにしても、夏祭りか。この辺りは結構でかい規模の祭りをしている。とはいえ、俺は去年、部屋で勉強ばかりしていたから思い出なんてないが。
「れーくんは去年行ったの?」
「いや、ずっと勉強してた」
「えぇ……夏祭りくらい遊びなよー」
「湊が優奈と行ってたから、一緒に行くやついなかったからな。一人で回るのは嫌だし」
去年は仕方ない。行く人がいなかったからな。
俺はただそれを伝え、また勉強に集中する。そしたら、エマは椅子を近づけて俺の肩に頭を乗せてくる。
「良かったねー! 今年はアタシがいて! せっかくの夏休みなんだから、勉強ばかりじゃなくて、いっぱい思い出作ろうね!」
「……フッ、ああ」
エマの言う通りだ。一生に一度しかない高校生活なんだから、楽しもう。まあ、勉強は疎かにできないから程々にな。
「じゃ、今日も思い出作ろうねー!」
「そうは言っても、俺は今日勉強するからどこにも行けないぞ?」
「それでいいよー! ――アタシにとって、れーくんと仲良く過ごすのが一番の思い出だからさ!」
――恥ずかしいこと言いやがって。そんなこと堂々と言われたら、俺は――。
ダメだ、なんとか平常心を保たないと。
「あれ、れーくん、問題を解くペース遅くなったね? そんなに難しいの?」
すると、エマがグイッと顔を近づけてくる。この、タイミングで何してくるんだ。
「――っ」
まずい、顔が熱くなってる気がする。もし赤くなってたら、からかわれる。落ち着け、落ち着け。
「別に。ちょっと悩んでただけ」
「へー。――つんつん」
「……なんだよ」
「ごめんごめん、ちょっかいかけたくなっただけだよー」
俺の頬をつんつんしてきたエマの右手を左手で掴み、離す。
「――れーくん、手熱かったね。もしかして風邪引いてる? ――あれ、顔も赤いじゃん!? 勉強しすぎで風邪引いちゃったんじゃない!?」
「だ、だから違うって……。――あ、ちょ」
なんか変な勘違いをされてるが、それならいい。この場はどうにかやり過ごして――。と思っていると、エマは俺の膝に座って、ぐっと顔を近づけておでこを合わせてきた。
ち、近すぎ……。可愛……。
「うーん、おでこ熱いし心配なんだけど。休もう? 今日はアタシが看病するからさ?」
「だから風邪じゃねえって。大丈夫だから。――とりあえず、降りてくれ」
「もう、わかったよ」
全然風邪じゃないのに、勘違いで心配されては、さすがの俺も心にくる。
エマに膝から降りてもらうと、俺は赤い顔を悟られないように顔を背ける。
「え、あ、ちょ」
しかしすぐ、エマに俺の両頬を掴まれて顔をエマに向けられてしまう。
「――あ、もしかしてさ、熱で赤くなってたんじゃなくて、アタシに照れちゃったの? 可愛いねえ〜」
「だから違うって言ってるだろうが……」
「嘘ー。目泳いでるよ? ちゃんと目見て話せー!」
「――と、とにかく! 俺は勉強するから! お前も勉強しとけ!」
俺がエマの両手を掴んで俺の頬から離させると、エマは憎たらしいニヤニヤ顔を浮かべながら右手を口に当て、
「ムキになっちゃって〜。――ま、いいや。アタシも勉強しよーっと」
そう言って、エマは教材を取りに寝室に向かっていった。
「はぁ……」
安心したのか、ため息が出る。今まで、エマが近づいてきてもなんとも思わなかったのに、海に行った日から変わってしまった。
あいつが近くにいるだけで、身体が熱くなるなんて。
本当、どうかしてる。
今からエマも隣に来るだろうし、平常心、平常心を保とう。
「――よーし、勉強勉強ー!」
ちょうど、心を落ち着かせたタイミングで、エマはノートと問題集、筆箱を手に持って、俺の隣に座ってきた。
「いやぁ、隣にれーくんがいたら安心だねー。わかんないのあったらすぐ質問できるし!」
「お前も十分頭いいんだから、俺に聞かなくてもできるだろ」
「まあ、それはそうかもしれないけどさ? わからないのがあったらすぐ聞くから、教えてね、れーくん!」
と、太陽のような笑顔で言ってくる。
――ダメだ、めっちゃ可愛いなこいつ。




