第28話『こんなところに、惹かれた』
「ん……重い……。――エマ?」
朝、俺は胸に重りが乗ってるのかのように息苦しく感じて、目を覚ます。
見ると、仰向けになっている俺の上にエマがうつ伏せで乗っかっていた。
「こいつが重いのか……エマ、起きろ」
「……すぅ……すぅ……」
エマの背中を叩くのだが、全く起きる気配がない。昨日、海で沢山遊んだ疲れがきたのかな。
「よいしょ……」
俺はエマを抱きしめたまま身体を起こすのだが、まだ目を閉じていて起きる気配がない。
――仕方ない。もう少し寝かせておくか。
「……あれ?」
俺は背中に回されているエマの手を剥がそうとするのだが、力が強すぎて剥がせない。
「ね、寝てるのにこの強さ……? バケモンかよ……」
はぁ、こうなったら、エマが起きるまで待っておくしかない。
「ん……れーくん……」
お、起きたのか? そう思って、顔を見てみる。
――うん。閉じている。ただの寝言のようだ。
「はぁ、疲れてて、まだ寝てるのか」
「ん……れーくん……大好き……」
――。――――。はい? え、今なんて……?
「え、エマ……?」
「すぅ……すぅ……」
ね、寝言か……。にしては、随分はっきり聞こえた気もするが。
――。やばい、熱くなってきた。昨日から、……いや、違う。ここ最近、変だ。
エマが俺の部屋に住み始めてから、いつも通りの生活を送っているはず。
それなのに、エマが近づいてきたら風邪をひいたみたいに身体が熱くなる。
寝ているときも、心臓がうるさくてすぐに寝付けない。
今だってそうだ。
――エマに気づかれてないといいんだが。
「はぁ」
俺は、エマを好きなんだろうか。
幼稚園、小学校、中学校、高校と、同じところに進み、ずっと友達として過ごしてきた。
だから、俺は幼馴染としての態度しか取っていなかった。エマが俺に懐いてるのも、幼馴染だから、と思っていたし。
でも――、
『そりゃ、れーくんと一緒にいたかったからに決まってんじゃん。アタシ、ここ受かるためにめーっちゃ勉強したんだからね? アタシの頑張りを労ってくれていいと思うなー』
『Ob ich mich gut mit Rei-kun verstehe? Natürlich ! Wir sind total verliebt !』
『アタシはれーくんのことをた、大切に思ってるし、れーくんもアタシのこと大切でしょ? アタシのためにドイツ語も覚えてくれたじゃん? それって、相思相愛でラブラブじゃん?』
『――アタシね、れーくんと一緒に過ごすの大好きなんだ。ほんと、幸せなんだ』
『アタシは毎日、ずっと一緒にいたかった。だから、苦手な勉強を頑張って、ここに来たんだよ?』
『――アタシ、もう、れーくんと離れたくない。だから、一緒にいて……?』
『れーくんと過ごす時間が短くなっちゃうじゃん』
『れーくんはアタシの……アタシの……geliebterだから……』
『それはね、れーくんとずーっと仲良く過ごすこと!』
この四ヶ月、エマと過ごす中で数々の言葉を交わした。その中でも、特に俺に向けて言ってきた言葉を反芻する。大前提として、エマが誰とでも仲良くできるとはいえ、幼馴染の範疇を超えた言葉じゃないのか?
もしかしたら、エマも俺を……?
「――。ないな」
全く、こんな考えをしてしまうほどになるとは。
それに今、一学期のことを思い出していると、俺はエマが男子に話しかけられたりしてるときに心が痛くなっていた。
こんな気持ち、ただの幼馴染だからじゃ片付けられない。
――そっか。俺は、こいつのことが好きだったのかもな。
もしエマも俺を好いてくれてるなら、俺は――。
「……考えすぎだ」
俺なんかが、好かれるわけない。ただの考えすぎだ。
俺は、エマに好かれるようなことをなにもできていない。これまで、ずっとだ。
今だってそう。掃除や洗濯は俺も手伝ってはいるが、三食二人分を毎日作ってるのはエマだ。
それに、俺は話しかけてくるエマに冷たい態度を取って勉強しかしない日もある。
たとえこの先恋人になったとしても、元気でアウトドアなエマが、俺と一緒にいることを楽しめるとは思えない。
「はぁ……」
もう何度目か分からないため息をついて、目を開く。
――そしたら、不思議そうな顔をしたエマと目が合った。
「え、エマ……? 起きたの?」
「うん。今ちょうど。どうしたの? なんか考え事?」
「……いや、なんでもない。気にす――え?」
気にすんな、と言おうとした。だがその前に、俺はそのままエマに押し倒されてしまった。突然の行動を理解できず、俺はエマをただ見るだけ。すると、
「嘘つき。なんか悩みがありそうな顔だったよ。アタシに言ってみてよ」
「……別に、なんでもないから。あ、あれだ。勉強の悩みだ」
「全教科百点で学年一位のれーくんが、勉強に悩みとかあるわけないじゃん」
「うぐ……」
痛いところをつかれた。こいつ、昔から変な勘が鋭いんだよ。だが、この悩みだけは絶対に言えない。俺がなにも言わずにいると、
「……わかったよ。言いたくないならいいよー。その代わり、今日はたくさん甘やかしてあげるね!」
太陽みたいな笑顔が、俺の視界いっぱいに入る。それと同時に、エマは俺をぎゅーっと強く抱きしめた。
「れーくんが元気ないとアタシも落ち込んじゃうからさ。元気出して?」
「……割といつも、元気ない方だと思ってるが」
「まあね。でも、今日はいつもより元気ないし、辛そうじゃん。今日はアタシがずっとそばにいるから」
――全く。いつもからかって、バカにしてくるやつにここまで優しくされるとは。
でも、まあ、――こんなところに、惹かれたんだろうな。




