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第10話 side Emma『Ich liebe dich.』


 ――あれは、アタシが小学一年生のときだった。



◆◇◆◇



 ――小学一年生になった次の日の昼休みだったと思う。昼ご飯を食べ終わったあとの、昼休みの時間。そこで、アタシは何人かのクラスメイトの女の子が話しかけてきた。


「ねぇ、髪の毛、黄色いね」


「目青いね、お人形さんみたいだね」


「ねぇ、名前なんていうの」

 

 初めは、悪くない感じだった。でも、どこかしら怖がってるようにも見えた。

 

 ――そりゃそうだよね、他のみんなは黒髪とか茶髪で、アタシみたいに真っ金髪なんていなかったし。それに、ハーフってこともあって、青い瞳だったり、日本人離れした顔だったのも、怖かったのかも。


 ――でも、少なくともそのときは、あの子たちはアタシのことを知りたくて、友達になりたいって感じだった。だから、アタシは――、


「――Amane(あまね) Emma(エマ).」


 そう、名前を答えた。そしたら、


「えーへんな名前」


「喋り方おかしいね」


 ――なんて、そんなこと言われちゃった。まあ、そう思って言葉にしても仕方ないよね、小学一年生だし。


「へ、んじゃ、ない……。Ich(アタシ) heiße (の名前は) Emma(エマ).」


 パニクっちゃって、日本語が出てこなかった。――そもそも、あのときは日本語得意じゃなかったし。不意にドイツ語が出ちゃった。そしたら、笑い声が広がった。

 

 悪口言おうって、そういうんじゃなかった。ただ、自分達と違うアタシのことが、怖くて、面白くて、って感じだったのかな。でもそれが、アタシの心を傷つけた。

 


◆◇◆◇



 ――その日の放課後のことだった。まだ小学校二日目で、友達もちゃんと出来なかったアタシは元気なんて消えちゃってた。

 それでも、アタシを待ってくれてたれーくんと一緒に、家までの道を歩く。


「――――」


 いつもなら、アタシはれーくんに話しかけてた。でも、その日はできなかった。日本語で話しかけようとするたびに、あの笑い声が脳内に入ってきたから。


「――っ」


 もしも、れーくんに笑われたらどうしよう。――そんなことは絶対ないって言い切れるのに、笑われたその日は、そんなこと考えつかなかった。

 ――そしたら、れーくんが話しかけてくれた。


「……エマ? 元気、ない?」


「――っ」


 返事しようとしたけど、言葉が出なかった。そして、アタシはただ下を向くだけ。

 ――ちょっと、沈黙が続いたかな。アタシとれーくんはお互いに何も言わないで、歩き続けた。

 そして――、


「あー、Geht() es() dir(じょ) gut(うぶ)?」


 ――一瞬、アタシは頭が空っぽになった。だって、急にれーくんがドイツ語を話してきたから。アタシの喋る日本語みたいにたどたどしくて、発音も所々おかしかった。


 そして、アタシが顔を上げたら、


「えと……。Ich() habe() Deutsch (してた) gelernt(んだ).  Um(エマ) mit() Emma(話す) zu() sprechen (めに).」


 ――この人は、アタシのためにドイツ語を覚えてくれた。それだけで、良かった。全部、全部、堪えたものが零れそうだった。でも、泣かなかった。代わりに、アタシは今日、初めて笑えた。


「……うん。Danke(ありがとう).」


「あ、ええと、な、なんて?」


Danke(ありがとう). ありがとうって、意味」


 アタシがそう言ったら、れーくんは頷いて、「Danke(ありがとう). か」と呟いた。


 そう言って、歩き続けるれーくんを、アタシは見つめる。そして生まれて初めて、アタシは言った。


「Ich liebe dich.」

 


◆◇◆◇


 

「ふふふーん〜!」


 ――アタシは湯船に浸かって、鼻歌を歌ってる。昨日かられーくんの部屋に住み始めて、今日もずーっと過ごせて、満足っていうか、幸せ。


 肩までお湯に浸かりながら、アタシはさっきまで思い出してたことをぼんやりと考える。


「――ふぅ」


 今のれーくんは、ドイツ語ペラペラだけど、あのときのたどたどしいドイツ語も、アタシは大好きだった。

 まだ日本語が上手に話せないアタシのために覚えてくれて、話してくれて。必死だったけど、それがほんとに嬉しかった。


「――――」

 

 思えば、あのときからだったんだな、と。

 ――いや、違うかな。幼稚園児だったときから、ずっと。

 ずっと、ずっと、大好きだったんだ。


 迷いも、何もない。ほんとに、ただそう思う。

 ――まあ正直言って、アタシがこんなにもグイグイ行ってアピールしてるのに、気づいてくれないのはめっちゃくちゃじれったい。

 でも、それもれーくんらしいよね。


「――嫌じゃ、ないんだよね」


 アタシがどれだけくっついても、れーくんが拒絶したことはない。――あ、離れろ、なんてことは言われたけど、あれはアタシにくっつかれるのは嫌じゃないんだって思ってるから。

 ――ま、これはただのアタシの推測だけどね。


「――絶対、絶対にれーくんに好きになってもらうから。待っててよ、れーくん」


 こんな独り言、聞こえたら超恥ずい。でも、れーくんになら聞こえても良いかな。――でも、恥ずかしくって、ちっちゃい声で言っちゃったんだけどね。


 アタシはそのまま天井を見上げて、


Ich() liebe () dich(てる). Rei-kun (れーくん)!」

 

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