終章 おわりのはじまり
「良かったのですか、旦那様」
「……何がだ」
とある部屋で。
声をかけたのは、サラリーマン風のくたびれた男だった。その顔に特徴はなく、誰の記憶にも残らない。
「無論、お嬢様に手を貸したことです。八珠の祝宴は基本、当事者のみで行われるものでは?」
「……あれくらい問題無いだろう。他の者たちも少なからず介入しているのだから」
月明かりに反射して、ボサボサの髪が銀色に光る。分厚い前髪が目元を隠していた。
「ひとり娘のために、魔界を更地どころかクレーターだらけの地獄にしておいてよく言いますねえ、ほんと」
「できる限りのことをしてやるのが、父親というものだろう? ……ベル……ベル……父は、娘が心配だ…………」
男は無表情の一本調子だが、発言の後半には悲壮感があふれている。当然のように返した主に、従者はため息をついた。
「あれだけカッコつけておいて中身が親バカだなんて、春人くん……あの青年も引きますよ?」
「む……」
めずらしく男は言葉につまる。
繊細な前髪がふるりと揺れた。微妙な沈黙は王者としての威厳なのか、はたまた親としての照れ隠しであったのか。
「残りの寿命もわずかだというのに。貴方様はまた無茶をして……」
「……救いの手と試練は、平等にやって来るものだ。ならば、助けてばかりではつまらぬ」
バタバタと、窓の外でカラスが飛び去った。前髪のすき間から、紅玉の瞳が残酷に光る。
「だからこそ、娘をあの人間へとけしかけたのだ。もちろん使えぬならば、我が焼き払うがな」
平凡な従者は肩をすくめた。
「はぁ、ほどほどにしてくださいよ。……現・魔王様」
言われるまでもないとばかりに、男の薄いくちびるが歪む。
「わかっている。しかし、初めて娘が一人で頑張っているのだ。多少の試練は乗り越えてもらわねばな。さあ──」
戦争を、はじめよう。
◇
「へぇ。ウチが寝とる間に、ココに来ぃはったの? 挨拶もせんと?」
そこは、とある青年と幼女が訪れたことのある、神社であった。昼間と違い、境内は不気味な静けさに満ちている。
拝殿の屋根の上には、一つの影があった。地面には小さなキツネが数匹、前足をついて座っている。
「ふうん。『意志もつ聖杯』かあ。一度、顔見なあかんね」
軽い口調に反して人影からにじみ出るのは、圧倒的な恐怖。キツネ達は本能的に理解したのか、逃れるようにうずくまった。
一匹のキツネが、何やら鳴き声をあげる。
「……ん、タヌキ? 封印が破られた? あのジジイ、また下らん食い意地張っとるんとちゃうの? ……まぁ気にせんでええよ。だって、ウチの方が強いもん。石もあるし」
ざわざわと、木々が不吉な唸りをあげる。凍える風が、キツネ達に吹きつけた。
「ああ、楽しみやなぁ」
冷えきった屋根の上。人影は、歯をむき出して笑みを浮かべた。
一章、終了です。
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※この物語はフィクションです。
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