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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
34/39

俺、日常へ帰りたい

 「ふん。ただの人間にしては良くやった、というところか」


 男は異様であった。

 目元を隠す、長い前髪。そのすき間から、ギラリと紅玉の瞳が光った。ただ喋っているだけなのに、背筋がゾクリと冷えていく。しかし、神々しい訳ではない。


 ()()()()()()

 器の底に溜まった(にご)りをかき集め、突きつめて凝縮したかのような。恐怖のかたまりと言った方がいい。


 でも、助けてくれた……んだよな?


 白髪の男は、表情を変えずにつぶやいた。


「……おい」


「はい、旦那様。ここに」


 呼びかけに応え、ぬるりと空間が歪む。

 そこに立っていたのは、サラリーマン風のくたびれた男だった。後ろになでつけた黒髪。混沌をはらんだ底無しの瞳。


 そして。どこにでもいるような、記憶に残らない平凡さ。

 この世のあらゆる顔を平均してそろえたような、特徴が無いことが特徴ともいうべき男。こいつ……


「どこかで、会ったか……?」


 ソレは、俺にニヤリと笑いかけた。


「やあ、春人くん。久しぶりだね? ああもう忘れてしまっているかな? それなら二度目の初めましてだ! ならば! なおさら! 言うまでもなく! 私たちは何度でも友人になれる!」


 平凡な男は、腕に誰かを抱えていた。

 銀のツインテール。フリルたっぷりのドレスから、力なく垂れた腕。しっかりと閉ざされた瞳。


 小柄で、ちょうど小さな子どもくらいの……


「っ、ベル!!」


「眠っているだけだよ。キレイだろう? 傷なんて、我々は放っておけば治るからねえ。さ、キミに預けるとしよう」


 近づいてきた男から、幼女をそっと受けとった。


「んむ……」


 無意識に、幼女が顔をすりよせた。柔らかな重みが腕に伝わる。微かな寝息が聞こえてきて、ほっと息をついた。


「ああそれと、」


 平凡な男は地面に転がっていた何かを拾い、俺の手のひらに載せた。

 黄色っぽい宝石に、リングがついてる。これは……指輪? 一体誰の落としものだ?


()ずは一つ、だねえ」


「!」


 黄色い宝石が、するりと手のひらに溶けていく。じんわり温かな熱が広がった。


「なに、悪いものじゃないさ。それはもとからキミ自身だからね」


「俺、自身……?」 


 従者はパチリと片目をつぶった。


「八つのカケラのうち、そのひとつ。残りも頼むよ、なんせキミと私の仲だ」


 男は大げさに両手を広げてみせる。視線を俺の後ろへやった。


「まだやるのかい? お嬢さん、そろそろ幕引き(エンドロール)の頃合いでは?」


 そうだった。

 タワーから飛び降りて、地面に激突する寸前。白い髪の男に俺は引き上げられた。しかしその衝撃で、引っつかんでいたシーフェを離してしまったのだ。


「う……」


 金髪の女は、地面に倒れ伏していた。

 もう動けないのだろう。というか、俺もああなるはずだったのだ。かろうじて生きているのは、彼女が人ではなかったからか。鋭い黄金の瞳だけが、こちらを睨みつけている。


「っ、まだよ……まだ……!」


 クスリ、と。

 これ見よがしな笑い声がきこえた。



「はぁ~い、そこまで~」



 面白がるような少女の声。くすくすと辺りに声が響く。


「シーフェちゃん、可愛いね~! すっっごく弱いクセに、殺意だけは一人前だもん。うはっ、ボクお腹痛くなっちゃう!」


「誰、だ……?」



 白髪の男とその従者に続く、()()()()()()()


「さ、逃げるよシーフェちゃん♪」


 タワーの影から、小柄な人物が現れる。服装という点から見るならば、その少女は最も存在感があった。


 目につくのは、ブレザーの制服の上から羽織ったヒョウ柄の白衣。ド派手もいいとこである。袖口はブカブカで、大きく垂れ下がっていた。


「こういうときは一旦帰って、作戦をたて直すのが良いんだよ~」


 クセっ毛の茶色いセミロングに、ずる賢そうな細い目。こちらの弱さを見透かしそうで、警戒心を抱く。


「おや、手を貸すのかね?」


 平凡な従者が興味深そうにたずねると、キツネ目の少女はニヒリと笑う。両手をあごにあて、ちょこんと首をかしげた。


「そりゃあ、しっかりタンマリもらったからね! ほらボク、仕事はキッチリやるほうですしぃ~?」


「ほう、それはそれは」


 面白そうに目を細める従者に、少女はむっと唇をとがらせる。


「やだなぁ、これでも緊張してるんだよ? 恐っろしいモノの前から、シーフェちゃんをかっさらうんだからさ」


 ちらりと従者の後ろにいる、白髪の男に視線をやった。

 先ほどから、無言で男はなり行きを眺めている。……何を考えているのだろうか。目もとは長い前髪に隠れて見えなかった。


「お金さえ払ってくれれば、誰にでも、なぁーんでもしてあげるよぅ。なんと、初回はサービスしちゃう!」


 少女はパチンと俺にウインクを投げると、可愛らしく敬礼してみせた。


「それでは、『ラメルの何でも屋』をどうぞ、ご贔屓(ひいき)に~!」


 少女は、大人の女性であるシーフェを軽々と担ぐ。奇妙な少女と翼の折れた天使は、瞬きの間に消え失せた。



「私達も行くよ。また会おう、春人くん」


 平凡でくたびれた男が肩をすくめる。主と一緒に、その姿がゆっくりと揺らぎ始めた。


「……」


 事態を静観していた白髪の男は、少しの沈黙のあと、ポツリとこぼす。前髪に隠れて見えなかったけど、なんとなくこっちを向いた気がした。


()()()()あの程度では死なぬ。……これからも、頼むぞ」


 そうして、白髪の男とその従者は、夜の闇にかき消えた。



「んむ……」


 もぞもぞと腕の中で何かが動く。ゆっくりとまぶたが開いた。


「ベル、」


「ごめんなさい」


 目を開けた幼女は、開口一番にそういった。


「だまそうと、したの。全部ぜんぶ、ほんとのことだよ。……でもっ」


 アメジストの瞳から、ぽろぽろと雫がこぼれ落ちる。


「はるひとが好きなのは、ほんとだもん! ウソじゃないもん!! ベルの名前よんでくれたし、デートも途中だったけど出来たし、あと、あと、」


「……」


 ぽりぽりと頬をかいた。あさっての方向に目を向ける。


「……俺も、悪かったよ」


 雨のなか、小さなからだを貫く剣。

 どこまでも紅い水溜まり。

 脳裏に浮かぶのは、血にまみれたアカイロの記憶。


 二度と離さないように。腕のなかの温もりを、しっかりと抱え直した。


「……あー、俺は、そんなんどうでもいいから。めんどくさいし。魔王戦争がどうのとか、知らねえし」


 涙の筋のついたほっぺたを、Tシャツの裾でふき取る。ついでにちょっと垂れていた鼻水もぬぐってやった。


「だから、お前が悪魔だろうが何だろうが、ウチで好きにやってればいいさ。また一緒にギョーザでも食いに行こう」


「ギョーザ……!」


 とたんに、アメジストの瞳が輝き出す。

 さくらんぼみたいなツヤツヤの唇が、こらえきれずにほころんだ。ぽすんと腹のあたりに衝撃が走る。見下ろした幼女は、満面の笑みを浮かべていた。


「はるひと、やっぱり好き! ベル、お嫁さんなる!!」


「はっはっは。だが断る」


 イヤでーす。魂をとられるんなら、なおさらイヤでーす。


「ひどい!? はるひとのいじわる!!」


 こんなに好きなのに!? と、幼女はプンスカ怒る。くちびるがキュっと尖っていた。


「ふ、」


 思わず口もとがゆるんだ。


 これよ。ギョーザに喜んでかる~く求婚しちゃう、このテンション。食い物に釣られるあたり、さすがちびっこ。やっぱ五歳児 (自称さんびゃくさい)の魔王さまはこうでなくちゃな。


 幼女はいじけていた。ショックを受けたように、銀のツインテールがヘタれる。


「むぅ。なら、どうしたらお嫁さんにしてくれるの?」


 ちびっこがムスッとふて腐れる。柔らかなほっぺたが可愛らしく膨れていた。


「だからそんなことしませんってば」


「やーだぁー! なんでなんでなんでー!!」


 ちびっこは短い手足をバタバタと動かした。ぽかすかと拳が胸をたたく。……可愛いけど、可愛いけど。こればかりは譲らない。


「んなこといっても……」


 俺にそんな趣味は無いしなぁ。どうしたら諦めてくれるのだろう。オレ、ケイサツ、イキタクナイ。オーケー?

 てか、悪魔がどうとか、魂をとられるのがどうとか、解決してなくないか? どうすんのこれ?


 胸に両手でしがみついた幼女が、俺をまっすぐに見上げる。切り(そろ)えた前髪が期待するように揺れた。


「はるひと、ベルと一緒にいてくれるんでしょ?」


「う……」



 結局、問題の先送りに過ぎなかったが。


 こういえば、ベルの結婚してくれ症候群が治まるかなって。


 だから俺は、言ってしまった。

 ずっとずっと後になって、そのセリフを後悔するとは知らずに。



「あー……じゃ、将来ベルが、立派な魔王サマとやらになったらな。考えんこともない」


 ピンク色に染まったほっぺたが、嬉しそうに緩む。にっこにこの笑顔だ。


「やったぁ!! ベル、およめさん!!! ……あてっ」


 サラサラの銀髪にチョップをかましつつ、幼女を抱えて立ち上がる。


「するわけねぇだろアホか……へっくし!」


 さっみぃ。いい加減、吹きつける風が寒すぎる。濡れた服も着替えたいし、さっさと帰るか。


 空には満天の星が広がっていた。

 穏やかにまたたく様子は、いつもの日常が再び戻ってきたみたいだ。ベルとも仲直り? が出来たし、まあいいかな。


「……そういえばベル、白い髪の知らない男が、お前のことよろしくって」


「え?」


 ピタリと動きを止めた幼女は、大きな瞳を見開いた。


「ぱぱ、来てたの!?」


 一瞬、思考が停止する。


「…………ぱ、」



 ……ぱ、




 パパですと────────!!!??

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