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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
31/39

俺、真実を知る

残酷な描写があります。

 「っ、ぁあ!」


 背中に冷たい斬撃が走る。

 ひやりとした感触は、すぐに焼けつくような痛みに変わった。


「はるひと!!」


 突き飛ばされて、前のめりに倒れこむ。双子があわてて駆けよってくる足音が聞こえた。


「春人さん!」

「おいオッサン……うわっ!?」



 あたりを揺るがす轟音。


 目も開けられない強風が吹いた。

 ほの暗い光と、透き通った闇の奔流。


 まぶたの裏で、白と黒が衝突した。




「あら? 今ので殺したと思ったのだけど」


 くすくすと笑い声がする。必殺の一撃をしのがれた割には、面白がるような響き。


「またあなたが邪魔をするのね、ベル」


 振り向いた目の前には、小さな背中があった。


 銀のツインテールが夕闇になびく。

 幼女は、俺をかばうように立っていた。舌ったらずな声が、言葉を紡ぐ。


「はるひとを……はるひとを傷つけるのはゆるさない!」


 同時に、その手には身の丈程もある黒剣が現れた。


 高い金属音が鳴り響く。

 火花を散らして噛み合った剣は、ギリギリと悲鳴をあげた。


「そう。あろうことか、貴女がね」


 ゆるくウェーブした金の髪。

 シンプルな白いドレス。閉じられた両眼。

 片手の指には、黄褐色の指輪が輝いている。


 そこにいたのは、以前俺を襲ってきた女。シーフェだった。


「あれは……」


 前回と違うところが一点。

 シーフェの背中には、片方だけ翼が生えていた。いわゆる天使の羽と呼べそうなものだ。しかし、


「ボロボロじゃないか……」


 純白だったはずの翼は黒ずみ、所々羽が抜け落ち、赤黒くこびりついた血が滲んでさえいる。

 ……まるで壮絶な争いから、命懸けで逃げ出してきたかのような。


「……」


 シーフェは静かに瞳を開いた。

 怒りと憎しみがない混ぜになった、黄金が輝く。


「……ワタシは、全てを壊す。何を引きかえにしてでも」


 チリ、と首筋の毛が逆立った。


 瞬間、空に無数の光がきらめく。

 飛来したのは、光の槍。

 切っ先すべてが俺を向いている。


「っ、させるかよ!」

「……やらせません」


 銃を構えた双子が呟く。

 青い光の壁が立ち上がり、発砲音が狙いをそらした。


「小癪な真似を」


 シーフェが指を鳴らす。

 たちまち辺りの住宅が燃え上がった。ゴオゴオと黒煙が立ちのぼる。夕闇のなかで、暗い炎が町を包んだ。



「いやぁあああ!!」


「助けてくれぇ!!!」


 焦げついた臭いと、あちこちで上がる悲鳴。崩れ落ちたガレキの山。


 ソラがくちびるを噛み締める。蒼白な表情からは、焦りが見てとれた。


「なんてことを……ここ数週間の魔力汚染や墓地での霊の暴走は、もしかして貴女が?」


「……なんのことかしら」


 嘘をついている様子はない。彼女がやったわけではないのだろうか。


 では、誰が?


 女はニヤニヤと笑う。双子に目を向けていった。


「それよりも、ここにいて良いのかしら? 守るべき人々が、燃え尽きて灰になってしまうわよ?」


「こいつ……!」

「じゃあ、オッサンは一人で……!」


 確かにこの双子ならば、力がある。家のなかに取り残された人を救うことが出来るだろう。


 ソラがこちらを振り向いた。


「っ、……春人さんも一緒に」


 逃げましょう、という言葉をすばやくさえぎる。


「俺は大丈夫。一人で何とかする。だから、残された人たちを助けに行ってくれ」


 今も幼女はシーフェの剣を押し留めている。こんな小さな子を残していくなんて、出来ない。


「っ、すみません! すぐに戻ってきますから!」


「……死ぬなよ、オッサン」


 双子は燃え盛る住宅街へと駆けていった。


「……消えて」


 幼女のアメジストの瞳が、醒めた色を宿す。女は面白そうに目を細めた。


「へえ?」


 剣舞が始まる。

 あまりの速度に姿が消えた。

 火花が散り、地面がえぐれ、強烈な風が吹きつける。


 それだけが、そこで何かが起こっていることを示していた。



『小僧、小僧』


「ん?」


 座り込んだ俺のところに、こそこそと何かがやって来る。

 ふわふわの茶色い毛並みに、デフォルメされた丸っこいボディ。ぴくぴくと動く、キュートな鼻。


『こここ、小僧。ケガをしておるのは承知じゃが、わ、ワシも向こうへ連れていって欲しいのう』


 ちょこんと地べたに座ったタヌキは、短い前足で遠くを指した。


「いや、今さらかよ!? お前、仮にも神様なんだよね!? あれ何とかならないの?」


 ていうか、居たのかお前。

 静かだから、てっきりもう逃げたものとばかり。


 小さな生き物は、下手くそな口笛を吹き出した。つぶらな瞳があらぬ方向を向く。


『い、いかにも偉大な変化の神であるが。わわわ、ワシ、化けるの専門じゃし? あれは小娘に任せておけばよいのじゃ!』


 怖がってる感満載じゃないか。


「……要するに、恐ろしいからあいつに近づきたくないと」


 ぷるぷると全身を震わせるタヌキは、ぺしりと俺の膝を叩いた。


『よっ、余計なお世話じゃボケ!!……ひぎゃっ!?』


 小さな生き物は、突如起こった風圧で近くの茂みに突っ込んでいった。


 再び、二本の剣が交差する。どちらも目立った傷はない。シーフェがちらりと目を向けた。


「今のうちに離れれば良かったのに。あなた、死にたがりだったの?」


「ベルを置いて行けるわけないだろ」


「……ふうん。まあ、逃がすつもりは無いけれど。何か勘違いをしているんじゃないのかしら。あなた、ベルの外面に踊らされているんじゃなくて?」


 幼女はうつむいて、表情がみえない。女はにこりと微笑んだ。


「彼女が言わないのなら、ワタシが代わりに教えてあげましょう」




「──悪魔なのよ、この子」


「……それは」


 半信半疑。信じられないのが半分。


 言い聞かせていた。ちょっと普通じゃないだけの、可愛い女の子だと。そっちの方がまだ現実味があるし。


 だけど、心のどこかで納得している自分もいた。


 納得せざるを得なかった。

 大きな戦闘力を有し。どこか使命感にかられるような遠い目をして。


 ──『ベルは、はるひとに好きになってもらわなきゃいけないの』


 時折、意味深な言葉をつぶやく。


 ベルは、一体何者なのか。

 ずっと引っかかっていた疑問。


 腑に落ちたのだ。

 ああ、そうだったのかと。


 出会ったとき、幼女は何と言っていたか?



『魔界から来た』と言ったのだ。


 悪魔といえば、魔界にいそうなものNo.1じゃないか。これだけ不思議な出来事を見せられて、普通の人間だといわれた方が逆に違和感があるというか。


 どうして気づかなかったのか。


 双子だってベルのことを『魔族』だといっていたし、『お嬢さま』とベルを呼んでいた平凡な男だって、自分を魔族だと名乗ったじゃないか。


「貴方は何か勘違いをしているんじゃないのかしら」


 言いながら、シーフェは上から白い剣を押し込んだ。わずかに幼女が顔をしかめる。黄金(きん)の瞳が俺を見据えた。


「そこにいるのは悪魔よ。子どもでも何でもない。幼女の皮を被っていても、中身は三百年以上の時を越えた老獪(ろうかい)な怪物。己の利益のために他人を()める、忌むべき悪なのよ。かのヨハン・ファウストの惨劇は、良い例でしょう?」


 幼女はわずかに下を向く。


「ファウスト、博士……」


 ヨハン・ファウスト。

 それはたしか、『最初の契約者』ではなかったか。


 神の敬虔な信徒であった博士は、やがて聖教を見くびり、悪魔メフィストフェレスを呼び出した。悪魔は見事、あまたの欲望を叶えてみせる。


 そして、二十四年間の契約が切れた時。


 身体はいくつもの肉片となって散らばり、苦痛の死を遂げた、との記録が残っているのだ。


「良かったわねぇ。この子の甘い言葉に惑わされなくて」


 シーフェは微笑んで首をかしげた。黒いメッシュが一房、不吉に揺れる。


 博士は、その身をもって示したのだ。



 悪魔と契約を結べば、どうなるのか。


 ……それでも。



「ただの、可愛いちびっこだろうが」



「──()()()()()()()? それは別の話だろ!! ベルは俺と一緒に居ただけだ」


 ギョーザを食べて喜び、一緒にいたいと駄々をこねる。抱っこをせがんで、デートに行きたいとねだる。

 悪逆を尽くす怪物とは、あまりにもかけ離れている。今だって、俺は命を助けられた。


「あんたの方が何百倍もヤバい空気がしてるっつうの」


 吐き捨てるように呟いた俺に、女は愉しげに笑う。


「つれないのね。もしかして、何も知らないのかしら?……もう一つ、ヒントをあげましょうか」


「っ、シーフェ!!」


 幼女が横薙ぎに剣を振るう。白い剣で、女は危なげなく受け止めた。艶やかな唇が開く。



「悪魔が契約の代償に求めるものと言えば、何かしらね?」


 契約の代償。


 アニメや小説でよく言われていたものは、何だったか。何億もの富や美味しい食事、絶大な力の代わりに差し出さなければならないもの。


 それは。



「魂……」




 悪魔の契約。


 呼び出した者の魂と引きかえに、何でも願いを叶えてくれるという、契り。



「初めから、好かれていると思っていたの?」


 斬りつけられた背中がじくじくと痛む。


「『穴の空いた聖杯(アズィアーゾ)』のお兄さん。あなたの魂は貴重なもの。誰もが欲しがる価値のあるもの」


「……じゃあベルの、結婚してっていうのは…………」


 幼女の小さな肩が、ぴくりと震える。


「その悪魔は最初から、あなたの魂を奪う為に、『婚約』という契約を持ちかけていたに過ぎないの」


 女はくちびるを吊り上げた。


「そこの魔族は私と何も変わらない。むしろ隠している辺り、よほどたちが悪いわね? さっさと殺してしまった方が早いのに」


 夕陽が沈み、遠くで紅の炎が爆ぜる。わずかに残っていた温かな光が消え、あたりは暗闇に包まれた。



「貴方は最初から、裏切られていたのよ」


 ベルが、俺の命を狙っていた? だから、近づいてきた? だましていた?


「……違うんだ」


 そんなこと、するやつじゃないんだ。


 言いかけた言葉は口のなかに消えた。尻もちをついたまま、拳を握りしめる。目の前で剣を交える幼女を、俺は見ることが出来なかった。

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