俺、悪夢と再会する
「最後の一人になるまで、殺す……?」
俺は思わず足を止めた。
「『選定』はね、ベルたちのトップを決めるために行われるの。三百年に一度、最も力あるものが魔界の頂点を統べる。……もし選定がなければ、魔界は誰も彼もが争って殺し合う戦場と化してしまうから」
幼女の口からこぼれたのは、残酷な事実だった。
「……だから有力な者を選び、戦争の代理を立てることにしたの。最後の一人になるまで殺し合い、最強の王を決める為に。── これはいわば、宝珠を持った八人の候補者による代理戦争なんだよ」
幼女はぺったんこの胸元に手を添える。そこには、サテンのリボンをとめるブローチがつけられていた。透き通った、紫色の宝石だ。
何か喋ろうとして、口から出た声は震えていた。
「そんなの……」
殺し合い?
何を、バカなことを。
そんなことが許されるわけない。こんな小さな子を参加させる? いや、ベルは自分から参加すると言ったのか?
「そんなの……」
やっていいわけが無いだろうが。
いくら王を決めるとかなんとか言っても、話し合いくらい出来ないのか。
腹の底に黒いものがふつふつと煮えたぎる。
「あのね、」
俺の苛立ちや、選定について信じきれない疑念を感じ取ったのだろう。
幼女はゆっくりと、言い聞かせるように告げる。滅多に見せない瞳の真剣さが、これは事実なのだと伝えていた。
「本当だよ。それにはるひとも、ううん、はるひとこそが、この選定のカギになる」
どこか、確信めいたつぶやき。
『八珠の祝宴』──すなわちこれから開かれようとしているのは。ベルが参加しようとしているのは。
魔王を決める為の、戦争……
幼女はうつむいて、花飾りをいじる。先を話そうかどうか迷うように、銀の毛先が揺れた。いつも無邪気な表情は、めずらしく曇っている。
その様子を見ていると、どうしても納得がいかない。こんなことが本当にあっていいのか。……認めたくない、の方が正しいかもしれない。
それに、俺と何の関係が?
「じゃあなんで、」
こっちでおかしなことが起こってんだよ。日本じゃなくて、その『選定』とやらは魔界でやれば良いじゃないか。俺を巻き込まないでくれ。
言いかけて、口をつぐむ。ここでベルに言ったら、問いつめているように思われるだろう。……いつものめんどくさがるクセ、よくないな。
「行こう、はるひと」
立ち止まっていた幼女は、再びタワーへと歩きだした。
青空が、ゆっくりと茜色を帯びてくる。少しだけ風が冷たくなった。
早めに降りだすと思っていたが、黒い雲もない。意外と天気はもってくれていた。これなら家に帰るまで、傘はいらないかもな。
「……やっぱ、おかしいよな」
俺を襲ってきたシーフェという金髪女や、欠片を集めるよう詰め寄ってきた平凡な容姿の男。自称『神様』のタヌキや、エクソシストを名乗る双子だってそうだ。
あまり気にならなくなっていたが、目の前にいる謎の幼女に出会ってから、おかしなことが次々に起こっている。これはもしかしなくても、ベルのいう『選定』が関係しているのではないだろうか。
「はるひと?」
ついてこない俺を心配したんだろう。先を行っていた幼女が、再び俺のところまで戻ってくる。
「ああいや、何でもない」
安心させるように笑って、二人で歩き出した。それでも浮かんだ疑問は消えない。
ここでやる必要なくないか? だって俺、何回か殺されかけてるんだぜ?
「はるひと、だいじょうぶ?……まだ選定は始まる前だから。大丈夫だからね」
幼女が心配そうに俺を見上げた。
「……参加資格は『宝珠』を持っていること。それさえ手元にあれば、誰でもいいの。魔族でも、怪物でも、……人でも。強いっていう証拠になる」
「強ければ、何でもアリって感じなんだな……」
──『はるひとこそが、この選定のカギになる』
俺が、カギ?
「俺、何か関係してくるのか?」
幼女はアメジストの瞳をさ迷わせる。ややあって、口を開いた。
「……みんな、必死なの。選定に勝利すれば、もちろん魔界の覇者として立つことが出来るから。…………だけどもうひとつ、理由があってね。それは──」
「春人さん!」
ぽつぽつと住宅が立ち並ぶ、道の先。
笑顔でかけよってきたのは、中学生くらいの少年だった。さらりと揺れる黒髪からは、深海の瞳がのぞく。空色のパーカーを羽織っていた。
「待てよソラ兄ぃ!……って、オッサン!? なんでこんなとこいるんだよ…………その、元気にしてたのか?」
あとから、ソラとそっくりな少女もやって来た。濃紺のマウンテンパーカーを着ている。あいかわらずツンデレ……いやいや、男勝りな口調である。
「よ、二人とも。元気か?」
少年がニコニコと答える。片耳で、十字のピアスが元気よくゆれた。
「はい! 春人さんとベルちゃんも。今日はお出かけですか?」
「ああ、ちょっとそこのタワーまで。ソラたちこそどうしたんだ? 中心街とは反対方向の場所だけど……」
「僕たちは見回りです。朝から町中で、小規模な魔力汚染が確認されてまして。祓霊で大忙しなんですよ」
「そうそう、ここにもなーんかデカイ魔力反応があると思って来てみたら、そこのチビかよ。紛らわしいことすんなってんの」
未だに顔を曇らせている幼女を見ながら、カイがぼやく。
「むう……」
ベルの足下に、茶色いふわふわのタヌキが駆け寄った。
『小娘。ほれ、元気をだすのじゃ。ワシのとっておきの毛並みを触らせてやろうではないか』
「クマさん……んふふ、ありがとう」
ちょっぴり微笑むと、幼女はもふもふの生き物を抱きしめた。
珍しい。人一倍、傲慢で食い意地の張ったタヌキがベルを気遣うなんて。それにクマさん呼ばわりを否定してない。
ちょっと見直したぞ?
この時期の夕暮れは早い。透き通ったオレンジ色のあたたかな光が、遠くの山並みからこぼれている。
「いいなあ……」
思わず手をわきわきと動かした。
ツヤツヤでふわっふわのタヌキをモフり放題とか、俺にやらせてほしいんだが。ああいかん、もふもふ欲が……。こっちにも来てくれないだろうか。
幼女の腕の中から、つぶらな瞳が俺をにらむ。
『む、なんじゃ小僧。その羨ましがるような目は』
「いやあ、俺にも触らせてくれないかなあと思ってさ。桜もち三つでどうよ?」
『三つ!? ……いやしかし、ワシのビューティフルでプリティーな毛並みを小僧なぞに触らせるのも…………いや、三つか……』
飛び上がった小さな生き物は、真剣に悩み始めた。半分ノリで言ってみたんだが、かなり揺れているらしい。
「あのモフモフ、良いんだよなあ。二人もやらないか?」
ちょっと冗談ぽく、双子にも問いかける。
「僕たちが神様にそんな…………、」
「オッサンはそんなだから…………、」
笑って言いかけた双子の顔が、一瞬強ばる。
無機質な、金属音。
気づいたときには、二つの銃口が俺を狙っていた。
「え?」
訳が分からないまま、だらだらと冷や汗が流れる。手汗もヤバい。
なんだ? 今度も『依頼』なのか? 俺、ちゃんとついていくから、お願いだから撃たないで欲しいんですけどお願いしますスイマセンごめんなさい??
「あのー……お二人さん? 俺は何もした覚えが無いんだが……」
双子は険しい顔のまま、何も答えない。だが、銃を向けていたのは俺ではなかったらしい。
「か、会社からの依頼なら、ついていくからその……」
ぽん、と肩に手が乗る。
ゆったりとした、低めの綺麗な声。
「こんにちは、空っぽのお兄さん。……そして、さようなら」
どこかで聞いたような、と思う間もなく。
「はるひと!!!」
ベルの、焦ったような叫び。
目の前を暗い閃光が満たす。
夕焼けの空は意外にも晴れていて、平和そのものだった。
だけどそれは、台風の中心に立っていたから、なのかもしれない。




