俺、禁断を問う
「ベルも、でーとしたい!!」
きっかけは、幼女のそんな一言だった。
窓ガラスに目張りをしていた俺のところまで来ると、小さな両手でぎゅっとトレーナーをつかむ。アメジストの瞳がきらきらと見上げていた。
「今日の夕方から台風だし、危ないからダメだ」
にべもない答えに、幼女の瞳の輝きが失せる。ねだるようにぴょんぴょんと飛びはね、主張をアピールした。
「えーデートしようよ! ベルも神社のお姉ちゃんみたいに遊びたい!!」
「後輩とはデートしてませんー。もう昼過ぎだぞ? 夕方まであと数時間しかないし」
時刻は午後一時半。
平日だが、バイトが台風で臨時休業になった。とつぜん時間が出来たので、のんびりと昼メシを食って一息ついたところだ。
手を組んで頭の上に伸ばし、軽くストレッチを行う。
「体、バキバキだなあ……」
どうやら、昨日の夜は寝落ちしたらしい。朝気づいたら、フローリングの床に寝転がっていたのだ。おかげで体が地味に痛い。
「あっ、ちょっとヨレた……」
ガムテープを貼った窓ガラスをながめる。
バツ印に貼られたテープは、ところどころ浮きやシワが目立つ。作業した奴の不器用さが分かるというものだ。
「もう適当でいいか」
追加のガムテープをビリリと千切る。はがすと跡がついてしまいそうだが、仕方ない。
台風に備えて養生テープを探しまくったものの、ことごとく売り切れていたのだ。
「はあ……ちょっと休憩」
トメばあのおつかいに行ったときに、一緒に買えばよかったなあ。
足下にふわふわの生き物がやって来る。タヌキは、ちょこまかと短い手足で俺の肩に飛びのった。つぶらな瞳がじっと見つめてくる。
おちょくったような老人の声が響いた。
『ふん、行動が遅いんじゃよ。お主、めんどくさくなったらとりあえず雑にやって失敗するタイプじゃろ?』
たしかに。どうしようもなくなったら突き進んじまえ! みたいなとこはあるかもなあ。……ああいや、普段から考えなしに動くとかはしないぞ?
『お主は諦めないで、もっと望んで良いと思うがのう……』
何やらぼそぼそと言っているが、気にしない。
ボリュームのある尻尾をこれ幸いとモフる。ああ、この滑らかな手触り。ほどよいふかふか感。久しぶりすぎてつい手が止まらなくなるわ。
「おっと、嫌味か? 嫌味なのか??」
『わ、ワシは素直な感想を述べただけじゃ! あと尻尾にさわるでない!』
ぽん! と軽い音を立てて、タヌキの姿が消え失せる。
代わりに手の中にあったのは、テレビのリモコンだった。どうやら俺がモフっていたのは、タヌキの変化の術で化けたリモコンだったらしい。
「すまんすまん。お前の変化はすごいな」
『じゃろう!? じゃろう!!? ワシ、偉大なる変化の神じゃからの!!!』
そういって、いつの間にか足下に移動していた小さな生き物は、ふんぞり返った。
このあいだ姿をコロコロ変える男を見て落ち込んでいたタヌキだが、言い返せるほどの気力は戻ってきたのだろう。ひとまず安心だ。
「ねえ、」
ベルがつま先立ちでぺしぺしと俺を叩く。舌ったらずな声には、若干の必死さが混じっていた。
「はるひと、でーとしよう? それでベルをお嫁さんにしよう? 今ならお買い得……あたっ!?」
ぽすりと幼女の頭に手をおいて、雑になでまわす。少し焦っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「だからしないって言ってんだろーが。あと、デートしたからって結婚にはならないの」
「えー? ベルははるひとと遊びたいの! お外も晴れてるからいいでしょ?」
幼女が指さした窓の外は、晴れていた。雲ひとつない青空だ。ベランダで干したばかりの洗濯物がゆっくりとそよぐ。
「こういうのは、嵐の前の静けさっていうの。ゲリラ豪雨とか怖いんだぞ?」
口もとが緩むのをこらえる。
いや、遊んであげたいよ? 正直、めちゃめちゃ可愛い幼女から一緒に遊びたいと言われて堪えないワケがない。俺も心を鬼にして言ってるのだ。
「むぅ……」
まともに取り合おうとしない俺の返事に、幼女はむくれた。柔らかそうなぷくぷくのほっぺたが膨らむ。そうだよなあ、ベルからすると、お願い聞いてもらえないんだもんな。
「大体、デートったって、どこ行くんだよ」
オロオロと銀のツインテールが跳ねた。
「え? えーっとねえ……えーっと……あそこ!」
場所まで考えてなかったらしい。
キョロキョロと視線を泳がせた幼女は、思いついたようにテレビを指さした。
画面には、白くて細長いタワーが映っている。『日本一の高さを誇るニューシンボル!』のテロップがデカデカと踊っていた。
「……いや、遠すぎだろ」
いったい何時間かかるのか。ここは東京ではない。そのへんの隅っこにある、普通の町なのだ。
「えー! じゃあベルひとりでいくもん!!」
玄関のドアに両手をかけた幼女をさっと背中から抱き上げた。
「はいはい、ストップな。お家にいましょうね」
「むぅ。はなして!」
と、手足をばたつかせていた幼女が静かになる。こちらをくるりと振り向いた。あごに手をあて、流し目がキマる。
「はるひと、遠慮しなくていいからさ。ベルとデートしちゃいなよー?」
「ぶッ!?」
諦めてないんかい!?
いや、チラチラこっち見るのやめて? 色っぽい美女じゃなくて、おもしろカワイイ幼女になってるぞ? ……いや、可愛いから許すわ。
「んー」
とはいえ、目を放すと一人で飛び出して行きそうな気はする。幼女のガス抜きができるような場所はないだろうか。近場なら、台風が来る前に帰ってこれるだろう。
しょうがない。
「……ベル、近くにちょっと遊びに行くか。すぐ戻るけどな」
「ほんと!? ベル、タワーがいい!」
しぶしぶ頷いた俺に、幼女が瞳をかがやかせた。
「まあ、白じゃなくて黒い展望台だけど」
電車に乗って二駅。
改札を出た視線の先、遠目から黒っぽい展望タワーが確認できる。
調べたら、一番近くにあって、上にものぼれるタワーがここだったのだ。さすがに日本一ほど高くはないが、天をつくようにそびえたつ様子は圧巻である。
『わ、ワシも、あのくらいの高さなぞ鳥に化けてしまえば……』
タヌキがタワーを見上げて、肩の上でぷるぷると震えている。
「高いとこ、苦手なのか?」
『なっ、小僧のクセにやかましいわい!』
近代的なデザインのタワーを目指し、二人と一匹で歩く。
中心街と反対方向にあるためか、いくぶん静かだ。住宅街の一角がところどころ空き地になっていたり、枯れた草が放置されたままの畑もある。寂しげな雰囲気が漂っていた。
「んふふ、タワーだ!」
となりの幼女はご機嫌だ。ぶんぶんとつないだ手を振り回す。
「おお、良かったなあ……」
──『お嬢さまは優しすぎて、選定のことも話していないだろうからねえ』
──『欠片を集めさえすればいい。キミはみんなから認められて、存在を渇望されるんだ』
「俺が、認められる……」
落ち着いて考えると、めちゃくちゃ胡散臭い。なぜあの男はそう言ったのだろう。何かメリットがあるのか。ベルと、ベルをお嬢さまと呼んだあの男との関係は?
そして、『聖杯』と『選定』について。
ベルと出会った初日から、ずっと心のなかでくすぶっていた疑問。
俺は、何も知らなかった。
やっぱりこのままじゃダメだ。いつも訳が分からないまま巻き込まれる。もう少しだけ、頑張るって決めたんだ。
いい加減、情報は自分でつかみに行かなければ。
「ベル」
「なあに?」
幼女は俺を見上げた。銀のツインテールがふわりと風にゆれる。
「あのさ、」
無邪気なアメジストの瞳を真剣にみつめる。
「俺、ちゃんと自分のことが知りたいんだ。みんな、聖杯、聖杯って。まわりばっかり詳しくてさ。出来る範囲でいいから教えてもらえないか?」
つないでいた手が、離された。
「……」
小さな手のなかで、幼女は髪につけていた紫色の花飾りをもてあそぶ。以前、双子のアパレルショップで買って、ベルにあげたやつだ。
そこまで高くはないそれを、幼女は欠かさずつけてくれていた。察しの悪い俺でも大切にしてくれているのが分かる。純粋に嬉しかった。
「……」
無言でタワーへの道を歩く。
やがて、さくらんぼのようなツヤツヤの唇がゆっくりと開いた。
「……選定はね、一度始まったらなかなか終わらないの」
「終わらない?」
ひときわ強く吹いた風が、俺たちの間を阻んだ。銀のツインテールが空中に舞い上がる。
「最後のひとりになるまで、ころさなきゃいけないんだよ」
手のひらの花飾りを見つめて、幼女はボソリとつぶやいた。




