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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
27/39

俺、秘密がバレる

「はるひと、それなあに?」


「これ? カップ麺だけど」


 ストックの中からビッグサイズを選んでしまったのも、今日ばかりは目をつぶりたいと思う。


 足にしがみついてこちらを見上げてくる幼女を横目に、ヤカンに水を入れてコンロにセットする。


 カチカチ、ボッ!


 ツマミを回すと、勢いよく火がついた。


「はあ……」


 腹が減った。


 時刻は深夜十二時過ぎ。

 朝からしっかり八時間働いて、帰りに双子と全力ダッシュ鬼ごっこからの、公園で変な男に絡まれる。


「疲れたぁ」


 ポロリとこぼした。


「はるひとはるひとはるひと」


「ん、どした?」


 そんなに何回も呼ばなくても。そのうち「はるひとの呪い」とかかけられそうだ。


 幼女がポンポンと太ももの辺りをたたく。何やら小さな紙切れを差し出した。


「お疲れさま。ベルが体でなぐさめてあげるからね!」


「ありがたいけど変な言い方すんじゃねーよアホ。勘違いされるわ」


 紙切れには、『(かた)たたきけん はるひと(せん)用』とかかれている。

 こういうの貰うと、娘をもった父親の気持ちが少し分かる気がする、が……


「固い肩たたき券……それに戦とか、俺は討伐でもされちまうのか……?」


 盛大な誤字につっこんで、『固たたき券』を受けとる。

 てか、あまり気にしなくなっていたが。こんなことを言わせていると、久しぶりに幼女ユーカイの罪を着せられそうな予感が……


「はるひとなら、ベルのこと好きにしていいんだよ?」


「だから止めんか逮捕されちまうわ!! 普通に肩たたきって言え!?」


 叫んでから、ゼエゼエと息をつく。

 もうヘトヘトのくったくただ。


 体は正直なもので、エネルギー切れを起こすとカロリーが欲しいと腹を鳴らす。胃がすっからかんで、美味いものをよこせと叫んでいるのだ。


「ねえねえ、はるひとはるひと」


 幼女がアメジストの瞳をキラキラと輝かせた。俺のジーンズを、両手でぎゅっと握りしめる。銀のツインテールがぴょこりと跳ねた。


「かっぷめん、ベルも食べたい!」


 夜のキッチンは冷える。

 少しでも暖まろうと、俺は足踏みを繰り返した。


「今食べると太るぞー。止めとけやめとけ。てかベル、この間も貰ったサンドイッチ、夜中に食ってただろ。しかも全部」


「むぅ」


 この間お祓いに行ったときに、知らないおばさんから貰ったサンドイッチ。ベルは三つあったそれを、こっそり食べてしまっていたのだ。


「まあ……」


 ……とかいいつつ、俺の方が腹ペコすぎてラーメンを全部食っちまいたくなってるのは内緒である。


「たーべーたーいー!」


 舌ったらずな声が響く。ちびっこは短い手足をバタバタと動かした。銀の毛先がぴょこぴょこ跳ねる。


「美味しかったんだもん。じゃあベルのお願い、かっぷめん食べるのにする!」


「えぇ? ホントにそれでいいのか?」


 マジで!? せっかく何でもいいって言ってあるのに。他のじゃなくていいのか?


「いーもん! はるひとと一緒にご飯たべたい!」


 幼女はへにゃりとほっぺたを上げる。つやつやの唇がにっこり弧を描いた。


「……そっか」


 俺を慕ってくれるまっすぐな言葉に、口もとがゆるんだ。

 一緒に時間を過ごしたいということだろう。ちょっと心がくすぐったくなる。


 幼女のかっぷめんへの意思は固いらしい。


「はぁ、太っても俺は知らんからな」


 キッチン上の収納から、小皿とフォークを取り出した。


 カップ麺のフタには、『旨味たっぷり! 鶏ガラ醤油ラーメン』の文字が。……じんわりと舌に染みて、塩分高めでコクのある濃厚な醤油スープ。


 想像して、ごくりと唾を呑んだ。


「っと、」


 ヤカンが軽快な音を立てた。


 フタをはがして、カップの内側の線までお湯を注ぐ。ふわりと白い湯気が立ち上った。


「あとは三分待ちだな」


 しかし、深夜に炭水化物だけというのもカロリーが気になる。


「トッピングになりそうなものは……」


 冷蔵庫を開けると、いくつか食材が余っていた。


 四分の一カットの白菜を取り出して、一センチ幅にきざむ。こう、深夜でも罪悪感を軽くして健康な気分になれるから、食物繊維は大事なのだ。

 ゴマ油をひとかけ、カップのフタをあけて注いだ。香ばしい香りがふわりと食欲をそそる。


「そろそろかな」


 付属のにんにくペーストをカップに入れて、生卵を落として完成だ。腹の虫が悲鳴を上げている。ぎゅるりと胃がねじれて痛い。


 向かい合ってテーブルに着く。


「ふわぁ……!」


 きらきらと光る黄色いタマゴ。

 ゴマ油の旨みが香り、黄金色のスープの表面に液体となって光る。

 うっすらと昇る湯気。

 食欲を刺激するにんにくのパワフルな香り。


「いただきます!」


「ん、どーぞ」


 テーブルに頬づえをついて、様子を眺める。

 ご機嫌でフォークを握った幼女は、おそるおそる金色の麺をくちびるへ運んだ。そして、ひとくち。


「!」


 ぱあっと顔が明るくなる。

 柔らかなほっぺたをリスのように膨らませて、むぐむぐと動かした。満面の笑みだ。


「はるひと、これ、おいひいねえ!!」


「おー、良かったな」


 そうだろう、そうだろう。


 深夜に食べるカップ麺が美味しくない訳がない。高カロリーの罪悪感に苛まれながらもつい手が止まらなくなるのがいいのだ。


 あまりにも美味しそうに幼女がラーメンをすするので、疲労と相まって空腹感が限界に達していた。


「俺も食うか」


 パキリと割りばしを割る。

 凍えた指先を温かなカップに添えれば、ゆっくりとこわばりが溶けていった。


「……」


 だし抜けに、割りばしを引っつかんで麺をすくう。

 前のめりになって、ズルズルと勢いよくすすった。口内で熱が溢れ、絡まったスープがじゅわりと腹に染み込んだ。

 白菜もザクザクして良いアクセントだ。ツルツルの麺もいい。


「……うめえ」


 ふう、と温まった体で息をついた。あっというまにスープまで飲み干してしまったが、後悔はしていない。


「はるひと、さいきん元気そうだね」


「え?」


 ギクリとした。

 一瞬、呪い関連の話がバレたかと思ったのだ。


 テーブルの向かいで、じいっとアメジストの瞳が俺をのぞきこむ。


「む、怪しい。ベルに隠れてどこかにいってるんじゃない?」


「いやいや、んなことないぞ?」


「ウソだあ! 今日もおそくまで、ベルに隠れて知らない女のひととデートして来たんでしょ! 神社のお姉ちゃんとか!!」


 神社のお姉ちゃんとは、巫女服を着ていた後輩のことだろうか。ベルは、彼女と俺が付き合ってると思ったのか?


 万年彼女ナシの、俺が?


「勘違いだよ。普通にバイトが遅くなったんだ」


 たぶん元気に見える原因は、蠱毒(こどく)が解けたことだろう。あれ、酷い風邪みたいな感じでキツかったからなあ。


「大体、後輩は高校生だし。付き合ったら色々とよろしくないんだって。未成年者ナントカ法で……」


「なら、いーけど……」


 何となく不満顔だ。さくらんぼのようなツヤツヤの唇が、ちょっぴり突き出ている。

 いや、なおのこと結婚してくれ攻撃はアカンやつだからな? ベルと付き合ったりしないからな?


 俺は、疲れていた。


 足がくたくたで、すぐにでもベッドで眠れるくらいだ。腹もふくれて満足した。気が抜けて、注意が散漫になっていたのだ。


 だから、独り言のようにぽろっとこぼした。



「まあ、聖杯についてもちょっと見えてきたし、治って良かったわ」


「……そう」


 幼女は俯いて、黙ってしまった。


 深夜、秋も深まった部屋の空気はひやりと冷たい。部屋の明かりがチカチカと明滅した。


「ベル? ……そっかもう眠いよな。ほれおいで、一緒に寝るか?」


 ただでさえ夜更かしをして、夜食も食べておなかいっぱいだろう。かくいう俺も、そろそろ眠くなってきた。

 ふわぁ、とあくびが漏れる。


「んーん」


 いつもなら喜ぶはずの幼女は、かぶりを振った。トタトタと俺の前までやってくる。


 すう、と幼女の笑顔が消えた。



「だいじょうぶ。はるひとはベルが守ってあげるからね」


「なにいっ、て……?」


 とん、と額をひとさし指で優しく突かれた。


「ぁ……」


 体から力が抜ける。


 ずるりと床にへたりこんだ。目の前が暗転する。



「……おやすみ、はるひと」


 最後に見えた幼い顔には、何の感情も浮かんでいなかった。


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