俺、秘密がバレる
「はるひと、それなあに?」
「これ? カップ麺だけど」
ストックの中からビッグサイズを選んでしまったのも、今日ばかりは目をつぶりたいと思う。
足にしがみついてこちらを見上げてくる幼女を横目に、ヤカンに水を入れてコンロにセットする。
カチカチ、ボッ!
ツマミを回すと、勢いよく火がついた。
「はあ……」
腹が減った。
時刻は深夜十二時過ぎ。
朝からしっかり八時間働いて、帰りに双子と全力ダッシュ鬼ごっこからの、公園で変な男に絡まれる。
「疲れたぁ」
ポロリとこぼした。
「はるひとはるひとはるひと」
「ん、どした?」
そんなに何回も呼ばなくても。そのうち「はるひとの呪い」とかかけられそうだ。
幼女がポンポンと太ももの辺りをたたく。何やら小さな紙切れを差し出した。
「お疲れさま。ベルが体でなぐさめてあげるからね!」
「ありがたいけど変な言い方すんじゃねーよアホ。勘違いされるわ」
紙切れには、『固たたきけん はるひと戦用』とかかれている。
こういうの貰うと、娘をもった父親の気持ちが少し分かる気がする、が……
「固い肩たたき券……それに戦とか、俺は討伐でもされちまうのか……?」
盛大な誤字につっこんで、『固たたき券』を受けとる。
てか、あまり気にしなくなっていたが。こんなことを言わせていると、久しぶりに幼女ユーカイの罪を着せられそうな予感が……
「はるひとなら、ベルのこと好きにしていいんだよ?」
「だから止めんか逮捕されちまうわ!! 普通に肩たたきって言え!?」
叫んでから、ゼエゼエと息をつく。
もうヘトヘトのくったくただ。
体は正直なもので、エネルギー切れを起こすとカロリーが欲しいと腹を鳴らす。胃がすっからかんで、美味いものをよこせと叫んでいるのだ。
「ねえねえ、はるひとはるひと」
幼女がアメジストの瞳をキラキラと輝かせた。俺のジーンズを、両手でぎゅっと握りしめる。銀のツインテールがぴょこりと跳ねた。
「かっぷめん、ベルも食べたい!」
夜のキッチンは冷える。
少しでも暖まろうと、俺は足踏みを繰り返した。
「今食べると太るぞー。止めとけやめとけ。てかベル、この間も貰ったサンドイッチ、夜中に食ってただろ。しかも全部」
「むぅ」
この間お祓いに行ったときに、知らないおばさんから貰ったサンドイッチ。ベルは三つあったそれを、こっそり食べてしまっていたのだ。
「まあ……」
……とかいいつつ、俺の方が腹ペコすぎてラーメンを全部食っちまいたくなってるのは内緒である。
「たーべーたーいー!」
舌ったらずな声が響く。ちびっこは短い手足をバタバタと動かした。銀の毛先がぴょこぴょこ跳ねる。
「美味しかったんだもん。じゃあベルのお願い、かっぷめん食べるのにする!」
「えぇ? ホントにそれでいいのか?」
マジで!? せっかく何でもいいって言ってあるのに。他のじゃなくていいのか?
「いーもん! はるひとと一緒にご飯たべたい!」
幼女はへにゃりとほっぺたを上げる。つやつやの唇がにっこり弧を描いた。
「……そっか」
俺を慕ってくれるまっすぐな言葉に、口もとがゆるんだ。
一緒に時間を過ごしたいということだろう。ちょっと心がくすぐったくなる。
幼女のかっぷめんへの意思は固いらしい。
「はぁ、太っても俺は知らんからな」
キッチン上の収納から、小皿とフォークを取り出した。
カップ麺のフタには、『旨味たっぷり! 鶏ガラ醤油ラーメン』の文字が。……じんわりと舌に染みて、塩分高めでコクのある濃厚な醤油スープ。
想像して、ごくりと唾を呑んだ。
「っと、」
ヤカンが軽快な音を立てた。
フタをはがして、カップの内側の線までお湯を注ぐ。ふわりと白い湯気が立ち上った。
「あとは三分待ちだな」
しかし、深夜に炭水化物だけというのもカロリーが気になる。
「トッピングになりそうなものは……」
冷蔵庫を開けると、いくつか食材が余っていた。
四分の一カットの白菜を取り出して、一センチ幅にきざむ。こう、深夜でも罪悪感を軽くして健康な気分になれるから、食物繊維は大事なのだ。
ゴマ油をひとかけ、カップのフタをあけて注いだ。香ばしい香りがふわりと食欲をそそる。
「そろそろかな」
付属のにんにくペーストをカップに入れて、生卵を落として完成だ。腹の虫が悲鳴を上げている。ぎゅるりと胃がねじれて痛い。
向かい合ってテーブルに着く。
「ふわぁ……!」
きらきらと光る黄色いタマゴ。
ゴマ油の旨みが香り、黄金色のスープの表面に液体となって光る。
うっすらと昇る湯気。
食欲を刺激するにんにくのパワフルな香り。
「いただきます!」
「ん、どーぞ」
テーブルに頬づえをついて、様子を眺める。
ご機嫌でフォークを握った幼女は、おそるおそる金色の麺をくちびるへ運んだ。そして、ひとくち。
「!」
ぱあっと顔が明るくなる。
柔らかなほっぺたをリスのように膨らませて、むぐむぐと動かした。満面の笑みだ。
「はるひと、これ、おいひいねえ!!」
「おー、良かったな」
そうだろう、そうだろう。
深夜に食べるカップ麺が美味しくない訳がない。高カロリーの罪悪感に苛まれながらもつい手が止まらなくなるのがいいのだ。
あまりにも美味しそうに幼女がラーメンをすするので、疲労と相まって空腹感が限界に達していた。
「俺も食うか」
パキリと割りばしを割る。
凍えた指先を温かなカップに添えれば、ゆっくりとこわばりが溶けていった。
「……」
だし抜けに、割りばしを引っつかんで麺をすくう。
前のめりになって、ズルズルと勢いよくすすった。口内で熱が溢れ、絡まったスープがじゅわりと腹に染み込んだ。
白菜もザクザクして良いアクセントだ。ツルツルの麺もいい。
「……うめえ」
ふう、と温まった体で息をついた。あっというまにスープまで飲み干してしまったが、後悔はしていない。
「はるひと、さいきん元気そうだね」
「え?」
ギクリとした。
一瞬、呪い関連の話がバレたかと思ったのだ。
テーブルの向かいで、じいっとアメジストの瞳が俺をのぞきこむ。
「む、怪しい。ベルに隠れてどこかにいってるんじゃない?」
「いやいや、んなことないぞ?」
「ウソだあ! 今日もおそくまで、ベルに隠れて知らない女のひととデートして来たんでしょ! 神社のお姉ちゃんとか!!」
神社のお姉ちゃんとは、巫女服を着ていた後輩のことだろうか。ベルは、彼女と俺が付き合ってると思ったのか?
万年彼女ナシの、俺が?
「勘違いだよ。普通にバイトが遅くなったんだ」
たぶん元気に見える原因は、蠱毒が解けたことだろう。あれ、酷い風邪みたいな感じでキツかったからなあ。
「大体、後輩は高校生だし。付き合ったら色々とよろしくないんだって。未成年者ナントカ法で……」
「なら、いーけど……」
何となく不満顔だ。さくらんぼのようなツヤツヤの唇が、ちょっぴり突き出ている。
いや、なおのこと結婚してくれ攻撃はアカンやつだからな? ベルと付き合ったりしないからな?
俺は、疲れていた。
足がくたくたで、すぐにでもベッドで眠れるくらいだ。腹もふくれて満足した。気が抜けて、注意が散漫になっていたのだ。
だから、独り言のようにぽろっとこぼした。
「まあ、聖杯についてもちょっと見えてきたし、治って良かったわ」
「……そう」
幼女は俯いて、黙ってしまった。
深夜、秋も深まった部屋の空気はひやりと冷たい。部屋の明かりがチカチカと明滅した。
「ベル? ……そっかもう眠いよな。ほれおいで、一緒に寝るか?」
ただでさえ夜更かしをして、夜食も食べておなかいっぱいだろう。かくいう俺も、そろそろ眠くなってきた。
ふわぁ、とあくびが漏れる。
「んーん」
いつもなら喜ぶはずの幼女は、かぶりを振った。トタトタと俺の前までやってくる。
すう、と幼女の笑顔が消えた。
「だいじょうぶ。はるひとはベルが守ってあげるからね」
「なにいっ、て……?」
とん、と額をひとさし指で優しく突かれた。
「ぁ……」
体から力が抜ける。
ずるりと床にへたりこんだ。目の前が暗転する。
「……おやすみ、はるひと」
最後に見えた幼い顔には、何の感情も浮かんでいなかった。




