俺、可愛い説教を食らう
「今は?」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだ男は肩をすくめた。
「中立の立場だと思ってくれたまえ。しばらく、私はどちらにも与せず宴の行方を見守ることにするよ」
「っ、中立なら! わざわざオッサンを殺そうとしなくても良いじゃねェか!!」
ガチャリと冷たい金属音が響いた。
いつでも撃てるように銃を構えたカイが、隣で叫ぶ。首にかかった十字のネックレスが荒ぶったように跳ねた。
男は悪びれる様子もなく首をかしげる。
「やあ、信用してもらえるなら、殺そうとした甲斐があったというものだよ。呪いも解けたしね」
「……あなたは何者ですか」
怒る少女の反対側で、同じく銃口を男へ向けたソラが呟く。深海の瞳には疑いの色が浮かんでいた。
「……」
それには答えず、平凡な男は俺の耳元にひそひそと身を寄せる。
「お嬢様と結婚しないかというのは、ワリと本当の話だ。いつでも待っているよ。それから、カケラを探す件は是非ともお願いしたいね。それだけでキミは全ての人に望まれる存在になるんだから。いいだろう?」
「っ……」
とても魅力的な、怪しい話。無視できない声が脳に染み込む。冷や汗が頬を伝った。
「選定『八珠の祝宴』の開幕は近い」
口元にニヤニヤと笑みを浮かべる。悲しげな仕草で男は額に手を当てた。
「ああ、時間だ。残念なことに、無情なことに、無念なことに。まだキミは私を信頼してくれていないようだ。選定についても話したかったんだがね。またの機会にあいまみえよう。それから、」
ずい、と顔を近づける。
「キミはずいぶん自分に自信が無いとみえる」
「っ!」
俺の肩に、先程まで首を絞めていた男の手が乗った。ぞわりと鳥肌が立つ。
「前を向いて、背筋をのばしたまえ。そうすれば自ずと自信が湧いてくるだろう。……味方らしくアドバイスだよ。また会おう」
まばたきをすると、特徴の無い凡庸な男はいなくなっていた。
既に記憶のなかの男の顔にはもやがかかり、声に至ってはさっきまで聞いていたのに思い出せない。
「消えた……」
街灯が照らす夜の道路を自動車が行き交い、信号機が静かに点滅を繰り返す。静謐な空気が戻ってきた。
強ばっていた体の力が抜ける。ようやくほっと息をついた。
「戻って来る気配はないですね」
ソラがいう。耳元で十字のピアスが油断なく光った。
「すげえ、本当に腕の呪いが消えてる……」
カイが目を見開いて言った。あれだけ俺を苦しめていた黒いアザは跡形も無い。
「ああ、何でだろうな……」
正直、あの変な男の言うことをすべては信じられない。魂に穴が空いてるどうこうが本当だったとしても、自分がその仕組みを使いこなせるとは思えないのだ。だからどうしろと? と考えざるを得ない。
「でもあいつ、躊躇いなく人を殺そうとしてたぞ。ソラ兄ぃ、だから魔族の依頼なんて受けるもんじゃ無いっていったじゃんか」
「うーん、社長から言われちゃねえ……」
少年は不承不承といった感じだ。
そういえば、俺は双子に拉致られてここまで来たんだったか。
「なあ、俺をここに連れてきたのって……」
「社長の頼みだったんです。是が非でもと」
ソラが眉を下げて言った。
「手荒なことをして申し訳ありません。それに、依頼自体は正規の手続きと報酬を払って会社に申し込まれたものだったので、断れなかったんです。……あれは最初のカイの誘い方が悪いよ」
「えー? ソラ兄ぃだってオッサンに模擬弾ぶっ放してたじゃんか」
「そりゃあ、春人さんから見れば僕らは悪者になってたし、仕方なかったんだよ」
「……」
夜の公園で、ゆるい言い合いを始めた双子を眺める。
その様子は完全に兄妹ゲンカだ。不意に現れて、俺をバイト帰りに拉致っていったやつらとは思えない。
悪意があって俺を襲ってきたわけでは無いらしいし、終わって無事だった。何も言うまい。
「一段落、か……」
謎の男に殺されそうにもなったが、俺としては水に流したい。水に流して、厄介な事件ゴトそのままどこかへやってしまいたい。そしてもう戻ってくるな。うん。
とりあえず双子をけしかけた社長、許すまじ。今度会ったら三回はボコってやるわ。
「結果オーライってことで……」
あいつの言ってたセンテイ? とか、カケラ? のことはよく分かんないけど、まあ必要になったら考えればいっか。切り換えは大事だ。
そばに転がっていたリュックと未だショボくれているタヌキを拾って、立ち上がる。
「オッサン、呪いが解けてよかったな。もう変な事に首突っ込むなよ」
「ああ……」
カイがそっぽをむいていった。濃紺のパーカーの裾をいじっている。普段は生意気だが、思いやりのある発言に、張りつめていた心が暖かくなった。
何ていうんだっけ、こういうの。ああそうだ、
「……ツンデレか?」
「うっせえ余計なお世話だ!!」
少女は毛を逆立てたネコのように憤慨した。黒髪の少年がカイをどうどうと押し留める。
「とにかく、街のパトロールは強化します。あのヤバそうな男が何もしない方がおかしいですから。それに最近、この間の猟犬のような、悪霊の発生や魔力の汚染が増えているんです」
「なんか、前触れみたいで怖ぇな……」
怪しさ満点だったしなあ。また会おうとかいってたけど、出来ればもうゴメンこうむりたい。
「さ、帰るか。待ってるやつもいるしな」
永遠に感じられた恐ろしい出会いは、気絶していたのも含めて数時間ほどだった。今から急げば、日付が変わる頃には帰れそうだ。
「春人さん、気をつけて帰って下さいね」
「おー、お前らもな」
凍えた空気が肌を刺す。心地よい秋の季節はそろそろ終わりそうだ。半分に欠けた赤い月が、夜道を歩く俺たちを照らしていた。
◇
「は、る、ひ、と?」
「はい?」
アパートのドアを開けた俺を迎えたのは、むくれた舌ったらずな声だった。
「こんなに遅くまでどこ行ってたの! ちょっとそこにせーざしなさい!!」
「わ、悪ぃ……」
大人しく狭い玄関に膝をつく。
やばい、色々ありすぎて忘れていた。
「待ってたのか……」
起きていてくれたのだろう。ぷくぷくのほっぺたを膨らませて、幼女は腰に手をあてた。アメジストの瞳がこちらを睨む。単なる上目遣いになっているので全然怖くはないが。
「そうだよ! ベルがどれだけ心配したとおもってるの!」
銀のツインテールがぷるぷると震える。幼女は小さなこぶしでポカリと俺の胸を叩いた。黒いフリルたっぷりのドレスが怒りで膨らむ。瞳にうるうると涙の膜が張った。
「はるひとの、ばか!!」
「ばっ……」
ふっ、と口もとがゆるむ。ベルには悪いが、ちびっこがプリプリしているのは大変愛らしかった。可愛いかよ。
……あ、そういう意味じゃないぞ? いいか、通報案件じゃないからな? 絶対に違うから。110はナシでお願いします。
「なにかいった?」
むっつりとした顔の幼女がほんのり冷たい視線をよこす。
「いや?……ほらベル、悪かったって。バイトが遅くなったんだよ」
笑って、幼女の体を抱き上げる。
呪い云々について、ベルには話していない。だから、幼女は何も知らないのだ。努めて自然に、安心させるように。穏やかに話しかける。
「むう……はるひと、夕方には帰ってくるっていった」
時刻は深夜零時。
大幅な遅刻だった。
俺の首に短い腕をまわして頭を預けたベルは、ご機嫌ななめだ。さらさらの銀髪をなだめるように撫でる。
「んむ……」
幼女の頬っぺたがヘニャリととろける。ご機嫌はとれているらしい。さすがちびっこ。素直で現金である。おれもにやけが止まらないわ。
「よしよし、ごめんな。なんでも言うこと聞くから。な?」
「なんでも……」
「あ、結婚しては無しで」
言いかけた幼女をすかさず遮る。
「え、はるひとズルい!」
何かを思いついた風だった幼女は、ガッカリした顔になった。ふっ、そんなことなどお見通しなのだよ、ワトソンくん。
「ズルくないですう」
幼女を抱っこしたまま靴を脱いで、キッチン横の冷蔵庫へ向かう。
深夜でカロリーも気になるところだが、無性に腹が減っていた。歩き回ってクタクタだ。何か食べれるもん、なかったかな。
「ほれほれ、早くしないと俺は寝るからなー」
「えっ!」
とたんに銀の毛先が跳ねて、ベルの手足がバタバタ動く。さくらんぼのようなツヤツヤの唇が、開いては閉じた。
「えっと! えっと! じゃあねえ、」
「おー、何がいい?」
部屋には乳白色のやわらかな明かりが灯っている。慌てた幼女が口を開くのを、のんびりと俺は待った。
「お?」
部屋を見回していた俺は、あるものに目をとめた。
「あぁ、そういえば」
すっかり放りっぱなしで忘れていたが。コレが、俺の帰りを待っていたんだった。




