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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
24/39

俺、凡庸であり平凡ならざる男に出会う

 同じ紫紺の瞳、同じ銀髪のツインテール、同じ無邪気な声なのに、ぬぐいきれない違和感。


 こいつは、誰だ?


「はるひとくん、キミは選ばれたじんぶつだ。なんて幸運なんだろう! であえて光栄だよ!」


 幼女は鷹揚(おうよう)に片手を差しだした。


 感激する言葉のワリには、こちらをねっとりと見定める視線と、動かない表情。さくらんぼのようなツヤツヤのくちびるが、愉悦にゆがむ。


「……あの子の姿で話すな。気持ち悪い」


 幼女であって幼女ではない、気持ちの悪いズレ。

 俺は目の前の小さな手から目をそらす。

 偽物でも。幼女に対して手を払いのけるなど、乱暴なことをしたくなかった。


「ふむ、キミの好きな人物にあわせてはなそうと思ったんだがね。お気に召さなかったようだ」


 そっくりな幼女は首をかしげると、面白そうに笑う。

 その容姿がふたたび溶けはじめた。


 身長がイビツな音をたてて伸び、銀の長髪が後ろに撫でつけた黒髪に変わる。頬がこけ、くすんだ蒼白い肌が現れた。


「これでいいかね?」


 感情の抑揚が無い、のっぺりとした声。

 立っていたのは、くたびれたサラリーマン風の男だった。


 よれよれのスーツを着て、丸まった背中。

 特徴のない、横を通りすぎても記憶に残らない、どこにでもいるような普通の男。

 平凡すぎて、淡白で、空虚な表情は不気味なものさえ感じさせる。世の中の顔と体格を平均してそろえたような、いてもいなくても変わらない、空気のような男だ。


 特徴がない。それが逆に、不気味さを与えている。


「問おう。聖書を開いて朝の礼拝で祈りを捧げ、食事の前に神に感謝し、欠かさず清貧な暮らしをすることは?」


「っ、」


 男がぐっと顔を近づける。

 やはり、この男の顔は覚えられない。記憶に焼きつけようとしたところで、砂のように脳からさらさらとこぼれ落ちていくのだ。


「どうなのかね?」


 こちらの考えを見透かすような、見続ければどこまでも落ちていきそうな、混沌が渦巻く黒い瞳がこちらをのぞきこんだ。


「い、いや、ないけど」


 思わず気圧されて答えると、男は大きく頷いた。ニィっと薄い唇が引き上がる。


「ほーぅ、それはよろしい! 非常によろしい! いやあ、これこそ神に感謝するべきことだろう!」


 天をあおぎ、壊れた人形のようにケタケタと笑い声をたてる。


「は、何いってんだアンタ」


 頭おかしいんじゃないのか。

 俺はあまりの異様さとペースに飲まれて、相手が何者で、何のために連れてこられたのかまで意識がいかなくなっていた。


「ふむ、実に喜ばしい! そこの優秀な兄妹にも感謝すべきだろう! 何せ、しがない魔族の願いにこたえて、春人くんを連れてきてくれたのだからね。みたところ、彼らはこちらの血も混ざっているようだけど、どこまで──」


 男の足元に銃弾が撃ち込まれる。不意の衝撃音に、ビクリと肩が揺れた。



 少し離れたところ。

 夜の闇に溶け込むように、フードを深く被った二人組が立っていた。


 フードの下から少年が男を睨みつける。感情を()し殺して、それでも(こら)えきれない怒気がにじむ。


五月蝿(うるさ)い。僕たちのことはいいからさっさと話を進めろ」


「ソラ兄ぃ」


 カイが取りなすように声をかけた。


 深夜の公園は冷える。遠くの歩道でチカチカと信号が点滅した。赤いランプが警告するように光り続けている。


 男はわざとらしく肩をすくめた。


「おぉ怖い。じゃ、本題に戻すとしよう。ああその前に」


 混沌が渦巻く瞳が顔すれすれに迫る。あまりの勢いにのけぞった。


「お嬢様のことは好きかね? 気に入ってくれたかい?」


「お嬢様?」


「ベルだよ」


 凡庸な男は腕を組んで片手を顎にそえる。

 未だに壁際から動けない俺をニヤリと流し見た。


「かぁわいいだろう? 健気だろう? キミのことを一途にもとめてくれるのは体がゾクゾクしないかい? 好きにしていいんだぜ?」


「……するわけねぇだろ」


「おや、これもお気に召さなかったようだ」


 怒りを含ませて返した俺に、くつくつと喉の奥で笑い声をたてる。


「本題に移ろう」


 男の声が一段低くなった。




「キミの魂は欠けているんだ」



「穴が空いた器。目の荒いザル。ひび割れた皿。これじゃあ魔力を注いでも、すき間からこぼれ落ちてしまう。そこで、だよ」


「すき間を埋めていた、元の欠片をさがして修理してあげればいいのさ。名案だとおもわないか? もともともはキミの魂の一部なんだぜ? 欠片はそれ単体でも膨大な力を持つ。なにせ聖杯の一部だからね。そうだな、ひとつの世界の秩序を保つことが出来るくらいの力、といったらいいかい?」


「は……?」


 こいつは、何を言ってる?


 男はかまわず話し続ける。平坦な声が少しだけ早口になった。


「ああ、安心してくれたまえ。いくら器に魔力を注いだところで、キミ自身は魔法も魔術も使えはしない。ただの人だからね。じゃあ、そんなことする必要無いんじゃないかって? いいやそんなことはない! 聖杯の穴を埋めれてやれば、心の安息がやって来るだろう。臆することはない。満たされてシアワセな結末さ」


 男は俺に背を向け、公園の奥へと歩いていく。


「こぼれ落ちたカケラは八つ」


「ちらばった残りを探してくれたまえ。なに、本体があるのだから、欠片も近くに引き寄せられてくるはずさ。さらに! なんと! とても幸運なことに!」


 男は振り返る。目がらんらんと光っていた。口もとがこれでもかと吊り上がる。


「ひとつはお嬢様が持っているから、見本に見せてもらうといいだろう。ああ、途中でキミに降りかかる災いからも、彼女は守ってくれるだろうさ。必死にねぇ」


 平凡な男は、おかしそうに含み笑いをした。混沌の瞳が光る。


「お優しいことだ。さっさと殺してしまえばいいものを」


 夜の冷気が体の芯まで染み込んだ。

 手をついた地面の、砂利のざらついた感覚だけが、生きているという感覚を思い出させてくれる。


「、それは……」


 誰を? ……俺を? 殺すって、ベルが?



「質問がある」


 何だね、と男は首をかしげた。


「欠片を全て集めるとどうなるんだ」


「ほう、よくぞ聞いてくれた!」


 男は両手を広げた。


「なに、簡単なことさ、欠片を集めきればキミの魂は救われる! キミは楔からときはなたれる! 多くの人に希望を与え、求められる。その存在を渇望されるのさ」


「何バカなこといって──」


「この世界がどれだけキミのことを待ち望んでいたのか、知らないだろう? これは我ら今代の悲願なのだよ! 地べたに這いつくばってでも最初の一歩を踏み出すための(いしずえ)となり! 挑戦へとたじろぐ背中を押そうじゃないか! キミが欠片を集めて満たされた存在に至るのならば! 私はその瞬間のためにすべてをさしだそう!」


 興奮したように言いつのった男は、幾度か咳払いをした。手のひらを上にむけて、人差し指で俺を示す。


 ささやき声が耳に届いた。


「君はそこにいるだけでいい。認められて、みんなから尊敬されるんだ。いいと思わないか?」


「…………」


 ぐらりと心がゆらぐ。


 とても、魅力的な提案。

 ずっ、無価値だと思っていた。この先、誰からも必要とされない人生。ゆっくりと、甘い(コトバ)は心に染み込んでくる。


 ……聞いてはダメだ。疑いを、持て。

 上手い話に簡単に乗ってはいけないと、理性が告げていた。


 口の中がカラカラに渇く。


「もうひとつ、いいか?」


 男は大げさに笑顔をつくる。


「ああ、いいとも。 キミの質問には何でもこたえよう!」


「……何でベルは、俺に結婚を迫る。前から思ってたけど、おかしいだろう。それに俺は、俺なんかが、何かを持っているはずがない」


 突然俺の部屋にやって来た幼女は、毎日騒ぎながらも楽しげに暮らしている。


 その目的は、明かさぬまま。


 こいつはベルを知っている。ならば、目的についても知っているのではないか。


「可愛い子には旅をさせよって言うだろう?」


 男は俯くと、可笑しくてたまらないように唇を歪ませる。


「それにキミは、ソレを持っているとも。すべての人が持っていない、稀有で、貴重で、喉から手が出るほど切に望む存在なんだ」


「ぜひとも、お嬢様をまもってやってくれたまえ。もっともタダの人間のキミが、彼女をどうやって守るのかは分からないけどね。まあ、大人しく結婚してくれればいいんだが」


「だからしねえよ!」


 ベルとやり取りしていたいつものクセで、つい口が出てしまった。男は俺の答えに落胆することもなく、肩をすくめる。


「残念、式の準備まで整えてあるのに。あとはキミが頷くだけだから、気がむいたら教えてくれたまえ」


「…………」


 男は大げさにぴしゃりと額を叩く。

 みるからにワザとらしく、胡散臭い仕草。ギギギ、と首を横に曲げる。


「ふむ、あまり乗り気では無さそうだね」


 しばらく考えていた男はぽんと手を打った。


「そうか、私のことが信用できないのだね? そうかそうかそうか! いきなり他人から言われても信じられないだろうね。私はキミの味方だよ」


 唐突に味方だと言い切った男は、のっぺりとした顔で笑顔をつくった。


「ちゃんとその証拠を見せてあげようじゃないか」

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