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求婚ですか、魔王さま!?  作者: よみせん
天使と悪魔と生け贄プロポーズ
23/39

俺、夜へ逃げる

 

 黒髪に鋭い目つきの少女が、どこまでも冷酷にハンドガンを構える。


「言っとくけど、フリじゃないからな。この対魔族用の銃は本物だ。もちろん人間にだって効く」


 不機嫌な声が静かにいった。

 ぐっと冷たい物体が押しつけられる。その手には微塵(みじん)の震えも無かった。相当使い慣れている。


「一緒についてきてもらうぜ」


「……そうか」


 視線を下へ向けたまま、俺も落ち着いて答える。虚勢を張っているのは、見抜かれているだろう。

 ここから、どうしたらいい。迂闊(うかつ)なことは出来ない。相手は戦闘のプロだ。何か、なにか手は。


「ほら、立てよ」


 続く沈黙に、苛立ちを覚えたのだろう。カイが噛みつくようにいった。


「ああ、悪いな」


 そういって俺は立ち上がり──────





「わッ!?」


 ポケットから取り出した鈴の束を、相手の顔のあたりに投げつけた。


 神社参りで後輩にもらってから、入れっぱなしにしていた過去の俺に、最大限の感謝を送りたい。

 アスファルトに凛とした音が鳴り響く。相手の様子をかえりみずに走った。


 目についた路地裏に飛び込む。


「おい! 大人しくさっさと捕まれよ!!」


 カイが、背後で怒ったように叫んでいるのが聞こえた。


「っ、そう簡単に、捕まってたまるかよ!」


 呟いて、必死に足に力を込める。

 倦怠感のひどい体を無理やり動かした。冷たい風が頬をなでる。



 夕暮れの街は、明るい。


 ネオンと居酒屋の提灯が、光の軌跡になって視界の隅を流れていく。仕事帰りの人々の喧騒が、遠くなった。


 荒い息づかいだけが路地に響く。

 得体の知れない恐怖だけが、俺を逃走へと駆り立てていた。


 疾駆(はし)れ、疾走(はし)れ、走れ、ハシレ。


 逃げなければ。

 出来るだけ、奥へ。

 暗がりへ。

 もっと細い道へ。見つからない場所へ。


 何も悪いことをした覚えはない。しかし、なんとなく捕まったら不味い気はするのだ。

 祓霊するとかいって、こないだの犬モドキみたいに祓われてしまうのは勘弁してほしい。二の舞になんかなりたくなかった。


 駆ける俺の真上に、黒い影が落ちる。


「おい! どんくさいオッサンらしく、止まりやがれ!!」


 チラリと上を見れば、乱立するビルの壁を蹴りながら迫る人影があった。白い街灯の明かりに、十字架のネックレスが反射する。


 発砲音と共に、足元に衝撃が撃ち込まれた。

 ぞわりと身体中の毛が逆立つ。

 息を飲んだ。


「こいつ、撃ちやがった……!」


 これ、頭おかしいやつ! 当たったら死ぬぞ! あと身体能力どうなってんだよ!!


「っ、無茶苦茶だっつうの!」


 息切れもそこそこに、横手の路地にかろうじて体を滑りこませる。



 二発目が爆ぜた。


「これで……」


 カイは、路地を走る白いTシャツに向かって狙いを定める。冷徹な瞳が光った。


「終わりだ」


 そして、発砲。




 静かになった路地。


「なっ!?」


 地面に降り立った少女の足下には、唐草(カラクサ)模様の笠が落ちていた。僧侶がかぶるような、三角形のものだ。


 そこには、誰の姿もなかった。


「いない……?」





 その呟きを、俺は建物の陰で聞いていた。


『小僧、神づかいが荒すぎるぞい……』


 リュックから、タヌキがはい出してくる。

 自称『偉大な変化の神』である、小さな生き物が疲れたように(うめ)いた。


「しっ、静かに」


 複雑な通路と、タヌキの幻術。

 曲がり角を利用して、俺と、笠が身代わりになった偽物の俺が入れかわったのだ。


「別の道で逃げやがったのか……?」


 カイはその場に(たたず)んでいたが、首をひねると引き返していった。そのまましばらく気配を(うかが)うが、戻ってくる様子はない。


 ようやく肩の力が抜けた。


「お前のお陰で助かったよ。頼んだ甲斐があったわ」


『ふん、ワシに感謝するのじゃ!』


 タヌキがふわふわのしっぽを振った。つぶらな瞳が誇らしげにかがやく。


「ああ、本当にありがとな」


 安堵の息をついて、そろりとビルの隙間から出る。ぽつぽつと街灯が夜道を照らしていた。


「念のため、別の道で帰るか」


 もう一度見つかって、追いかけられてはたまらない。

 俺は今、どこにいるんだろうか。見当をつけずに走り回ったせいで現在地が不明だった。


「こっちでいいかな」


 適当に、カイが去った方とは反対の道を選ぶ。疲れた体を引きずって、ゆっくりと歩きだした。


『お主、一体何をやらかしたんじゃ。いたずらか?』


「お前じゃねーんだから、そんなことするわけねぇだろ。でもなあ」


 カイは何故俺を狙ってきたのか……『殺人』『敵対』『裏切り』といった、よくない文字が頭をちらつく。


 完全に日は沈み、電信柱の明かりがチカチカと光る。また一段、夜の闇が色濃くなった。


 網の目状にどこまでも広がる路地は、さながらダンジョンの迷路である。ビルに描かれたスプレーの落書きや、入り組んだ排水用のパイプが雑多なストリート感を醸し出していた。


「なんか、ちょっとした冒険みたいだなあ」


 暗がりをしばらく歩いて、角を曲がる。さらに進むと建物の壁が道を塞いでいて、行き止まりになっていた。


「あー……引き返すか」





「その必要は無いですよ」



 背後から、優しい声。




 天空から、黒い影が降ってくる。


 欠けた月を背に、ストンと着地した。

 その人物は軽くため息をついて、マウンテンパーカーの裾をはらう。


「まったく、カイがまた乱暴な言い方をしたんでしょうけど」


 月明かりに空色の布地が透けて、片耳につけた十字のピアスが鈍く光った。


「まあ、間違ったことは言って無いんですけどね」


 穏やかな、双子の片割れ。

 ソラは、にこにこと微笑んだ。顔に黒い影が落ちる。


「春人さん、体キツイでしょう? 僕と帰りませんか? 案内しますよ」



「……いや。ありがたいけど、一人で帰るよ」


 口もとに引きつった笑みが浮かんだ。

 背中に嫌な汗が流れる。


「クソッたれ……」


 じくじくと右腕は痛み、(しび)れていた。しかも、先ほどカイから逃げた時に、足を変な方向にくじいている。頭の上でオロオロしている、タヌキの入れかわりも使えない。


 ずしりと圧倒的な疲労感がのしかかる。


 何よりも、後ろが壁。



 ここは行き止まりだった。



「んー、カイの後じゃ、何言っても信じてもらえないですよね……。困ったな、僕らも仕事があるし……」


 少年は首をかしげる。

 深海の瞳が悩むようにさ迷った。


「逃がせない、か」


 暗い路地に不穏な空気が漂う。

 月光が、アスファルトに冷たい道しるべを灯していた。


 少年の片手には、いつの間にか小型の黒い銃があった。カイが使っていたのと同じような形をしている。


 器用に手のひらで回転させると、こちらへ構える。無機質な金属音が鳴った。


 ソラは、おっとりと微笑んだ。


「一緒に来てもらえそうに無いので、一度オチてもらいますね。大丈夫です、実弾じゃないので」


「っ!」


 本能的に、まずいと思った。


 突っ立っている方が的になる。




 所詮、悪あがきになろうが。


 少年の脇をすり抜けようと、ジグザグに駆け出した。



 銃を向けた少年は、眉を下げてみせた。申し訳なさそうな顔でこちらに告げる。


「ごめんなさい、春人さん。依頼なんです」



 その言葉と発砲音を最後に、俺の意識は吹き飛んだ。










「キミは神を信じるかね?」



「え?」


 俺は、灰色の地面に寝転んでいた。


 空気の冷たさに目を覚ませば、辺りは夜の闇に包まれている。身を起こすと近くにベンチや遊具が見えた。どこかの公園のようだ。


 数メートル先。街灯の下に、人が立っている。人工的な光に照されたそいつは、形容しがたかった。



 なぜなら、()()()()()()()()()()



 ぐにゃぐにゃと顔かたちが変わる。


 男が女になり、老婆が幼児になる。


 こちらへ一歩進むごとに、鈍い骨の粉砕音をたてて身長が伸び縮みし、凄まじい速度で髪と瞳の色が変わり、服が目まぐるしく形をかえた。


「な、にが……」


 じりじりと、後ずさる。無慈悲にも背中が硬い壁に当たって、それ以上逃げられなくなった。

 落ち着こうと必死に息を吸うが、上手く酸素を取り込んでくれない。焦りと恐怖で手足が強ばった。


 悠然と人ならざる影は歩いてくる。


 ぱっと見たときに、印象の固定ができない。どう接すればいいのか分からない。想像ができない。そもそもこいつは、人じゃない。人の形態をとった、何かだ。


 生理的な嫌悪感と冷や汗が浮かんだ。


 とうとう、そいつはすぐ目の前までやって来た。形を変え続ける人物の身長がバキゴキと縮む。


 黒いフリルたっぷりのドレスをまとい、どろどろに溶けていた顔が人形のような愛らしい顔立ちに変わる。大きなアメジストの瞳が開き、銀のツインテールが揺れた。


 幼い舌ったらずな声が耳朶(じだ)を叩く。



「こんばんは、はるひとくん。キミは神をしんじるかね?」


 見知った人物が、ニヤリと俺を見つめていた。

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